第245話 スカーレット①
アレンはヘルミオスからこの階層のSランクの階層ボスの名称と特徴について聞いていた。
アレンたちは3階層にいる唯一のSランクの階層ボスでスカーレットと呼ばれる魔獣の下に飛んでいく。
(うわ、これはひどい。ゲンブの視界が100メートル近く上空だな)
砂の中を泳いでいたはずの体長10メートルのアーケロンの姿をした魚Bの召喚獣の体が遥か高い上空にいる。
スカーレットに地面から力ずくで引きずり出されて、上空に持ち上げられたことが分かる。
召喚獣には重さがあり、魚Bの召喚獣はアレンの持つ召喚獣の中でもかなり重たい方だ。
「アレン、みんな逃げていくよ!」
砂の中から突如現れたスカーレットから必死に逃げる冒険者が砂の上を駆け抜けていく。冒険者たちは誰も戦おうとしないようだ。
「ああ、あれから逃げているんだろ。って、ゲンブはもたなかったか」
アレンの目の前で、体力がなくなった魚Bの召喚獣は光る泡になって消えてしまった。
魚Bの召喚獣を倒した巨大なワームの形をした魔獣を見る。
「こいつがこの階層最強の階層ボス『スカーレット=サンド=ワーム』か。何てデカさだ。いいねいいね。これはいいぞ!」
「ア、アレン何を言っているんだよ。僕らにこんなの無理だよ」
メルルは絶望しながら、砂の中から這い出てきた圧倒的強者を見つめる。
「何を言っている。無理な敵なんていないぞ」
体長数百メートルを超える長いワーム状の体は朱色に染まり、節のような部位から棘が生えている。
仲間たちが引く中、今までにないサイズ感の魔獣が出てきてアレンは胸の高まりが止まらない。
(スカーレットの武器は見た感じだと頭先端の牙の生えた口だけか? 体表の棘も当然気を付けるとして)
頭の先端にある巨大な円状の口からも不揃いな牙が何百も生えており、ゲンブの硬い甲羅をがっしりと咥えていた。
「皆あの口に捕まったらやばそうだ。天駆を使うから落ちるなよ! クレナとドゴラは旋回しながら、胴体部分を狙ってくれ。口はこっちで攻めるから絶対に口の部分に近づくな!!」
「分かった! いくよグリフ!!」
『グルル!』
クレナが鳥Bの召喚獣の頭をポンポンすると、鳥Bの召喚獣は一気に加速する。
スカーレットの体の周りを旋回しながら、体に渾身の一撃を加え続ける。
「よし、残りは頭を狙うぞ。セシルはまた弱点の属性がないか確認だ。エクストラスキルを使うタイミングは合わせよう」
エクストラスキルの解禁を宣言する。
エクストラスキルの使用は、最高のタイミングでこそ絶大な効果があるとアレンはずっと仲間たちに説いてきた。
(いったん全員こっちに戻すぞ)
アレンは岩山の中を探すため召喚していた霊Bの召喚獣をこっちに戻す。
遠くに飛んでいても、共有していれば、側に戻すことができる。
スカーレットの巨大さから、体力がかなり高いことを想定し、総攻撃によって倒し切ろうという作戦だ。
「やああ!! って、アレン、何かすぐジュクジュク回復しちゃうよ!!」
「ああ、なんだこいつ。全然効いていないぞ!!」
クレナが長いスカーレットの胴体を切りつけると、切りつけた先からどんどん再生し傷を塞いでいく。
それはドゴラが攻撃しても同様のようだ。
「ああ、分かった。攻撃自体は通じているみたいだから続けてくれ。何度も言うが、スカーレットに捕まるなよ」
(おかしいな。これって耐久力がほとんどないんじゃないのか? それを補う回復力って感じか?)
魔獣にもステータスがある。
同じランクでも耐久力が高かったり低かったりする。
クレナやドゴラの攻撃を見ながら、Sランクと呼ばれる魔獣にしては耐久力がずいぶん低く、殆どないのではないのかと予想する。
守りを捨てても、それを補って余りある回復速度があるから良いということだろうと推察する。
「ちょっと、アレン。たぶん耐性なんてないわよこいつ!!」
(物理防御力だけでなく、魔法も耐性全くない感じか?)
「ああ、そうみたいだ。セシル。たぶんあらゆる属性の攻撃に耐性がない。耐久力も限りなく低い。そのうえで余りある体力と回復速度で戦うタイプの魔獣だ。めずらしいな」
レベルがカンストに近づきつつある仲間たちの攻撃を全身で受けながらも、一向に倒れそうにない。全身の傷をあっという間に治して向かって来る。
「ちょっと感心していないで、作戦はないの!?」
「ある。クレナは限界突破だ。クレナの攻撃に合わせてセシルとソフィー以外もエクストラスキルを発動してくれ」
「分かった!!」
クレナがエクストラスキル「限界突破」を発動させる。
そして、鳥Bの召喚獣の覚醒スキル「天駆」を使い、全力でスカーレットの胴体を切りつける。
今まで以上に血と体液をまき散らすスカーレットに対して、仲間たちの総攻撃が始まる。
アレンも今回ばかりは魔石を惜しげもなく使い、覚醒スキルを中心に霊Bや竜Bの攻撃を加え続ける。
(よしよし、ダメージを与える速度の方が高くなったな。傷が治る速度を超えたぞ。もう一押しか)
アレンは前世で自然回復をする敵とも戦ってきた。
自然回復をする敵を倒すには、それを超えるダメージを相手に与えないといけない。
ギリギリまで体力を削り、クレナのエクストラスキルが消えそうなタイミングに合わせて、アレンはセシルに声を掛ける。
「セシル。プチメテオだ。頭を潰してくれ」
「分かったわ。任せなさい」
魔法攻撃をしながらも、覚醒スキル「小隕石」のタイミングを計っていたセシルの体が陽炎のように揺らぎだす。
「クレナ、ドゴラ!! そこから離れろ! プチメテオが来るぞ!!」
「ああ、分かった」
「行くわよ! プチメテオ!!」
今回もエクストラスキルを使用しようとして、結局発動できなかったドゴラが、しぶしぶ離れると、そのタイミングで小隕石が頭上から降ってくる。
どういう理屈か知らないが、ここはダンジョンの中で天井があるはずなのだが、天井を破壊することなく、天井付近から突如現れる直径数十メートルの真っ赤に焼けた岩の塊が降って来る。
ダンジョンで小隕石を使用できるのは、学園都市にあったダンジョン内で検証済みだ。
スカーレットが持ち上げた頭を潰すように、小隕石が激突する。
体液を沸騰させながらスカーレットが頭を小隕石で潰され、力を失った胴体が砂煙を上げて地面に叩きつけられる。
「やったわよ!」
(くそ、即死ではないと。これは回復するかもしれないぞ)
魔導書を見るが、即死なら瞬時に魔導書に倒したログが表示される。
しかし、一切表示されないので頭を失ったスカーレットはまだ生きていると判断する。
「いや、まだだ。倒し切れていない。ソフィー『精霊王の祝福』を使ってくれ」
アレンがエクストラスキルの回復効果がある、精霊神が使う「精霊王の祝福」を皆に使うように言う。
アレンの予想は合っていた。
スカーレットがうごめく様に全身を躍動させる。
クレナや皆の総攻撃を受け、そしてセシルの小隕石を受けてボロボロになったスカーレットの体が再生をしていく。
そして、潰した頭までも完全に再生をしたのだ。
魔神レーゼルとの戦いでも活躍をした小隕石に、絶大な自信を持っていたセシルが絶望の表情を見せる。
「いや、まだ戦いは終わっていないぞ。振出しに戻っただけだ」
おぞましい姿のスカーレットとの攻防がさらに続いていく。
そして、数十分が経過する。
「いや、全体の火力が低すぎて、これは倒し切れないな」
「そ、そうですわね……」
アレンは倒せないと決断をする。
今回はビービーと違い、ダメージはしっかり通じる相手であった。
しかし、こちらの攻撃を超える回復速度が常時維持される敵のようだ。
回復速度が弱まるかもという期待もあって粘ってみたが、一切回復速度に衰えが見えない。
既にドゴラ以外の全員が2回目のエクストラスキルを発動し終え、攻撃の威力の減ったアレンたちの攻撃では回復速度の方が圧倒的に早くなってしまった。
そんな状態が続いたため、今ではスカーレットは無傷の状態だ。
(こいつを倒すにはこちらの火力が足りないと)
「もっと強くならないとスカーレットの攻略は厳しそうだな。ここは撤退しよう」
「うん」
アレンの言葉でクレナとドゴラも攻撃を止める。
スカーレットの移動速度は大したことないので、余裕で逃げることができる。
ある程度離れたところで、スカーレットは追うことを止め、また頭から砂の中に潜っていく。
こうして、3階層のSランクの階層ボス「スカーレット=サンド=ワーム」との戦いは撤退と言う形で終わった。