第233話 ヤンパーニの神殿
アレンたちはあまりに巨大なS級ダンジョンから少し離れたところに鳥Bの召喚獣たちを降下させる。
ヌカカイ外務大臣に言われたとおり、S級ダンジョンの入口には結構な人がいるので、驚かさないように配慮する。
塔の入り口の行列にアレンたちは向かって行く。
(この円柱の塔には、窓はないのか。塔の下には扉がかなりあるようだな)
塔の存在感から、学園のダンジョンと違い、別次元ではなく物理的に存在するダンジョンと判断する。ダンジョン攻略も兼ねてどんなダンジョンなのか分析を始める。
鳥Eの召喚獣を使い塔の外貌を確認するが、窓はなく1階と思われる地面に接したところにある大きな門からしか中に入れないようだ。
塔のてっぺんがどうなっているのか確認するため鳥Eの召喚獣を上昇させ続けているが、いつまで経ってもてっぺんまでたどり着けない。
(まあ、魔導船のある世界だからな。屋上から入れば楽に攻略できるってわけにはいかないだろうしな)
その門は塔に1つだけではなく等間隔に配置されている。
その配置された入口の1つに並ぶ。
「ん?」
「あん? 何見てやがる!」
行列に並ぶ目の前の男を見てアレンが思わず声を出してしまった。
アレンより頭2つ分大きな体に、上着を着ずに半裸で大剣を背負っている。
随分毛深いなと思って頭を見ると、今までこの世界で見たことのない耳があった。
この冒険者と思われる男には犬のような耳が生えている。
そして、アレンの視線に気づいたのか、振り向きざまにアレンを睨み犬歯をむき出しにする。
「いえ、何でもありません」
「ふん」
しかし、犬耳の男は、アレンが子供だったからか上から下までジロジロ見た後に、視線を行列の前に戻した。
(獣人だ。って獣人が結構いるな。南の獣王国から渡って来たのか。この世界の獣人って結構毛深いんだな)
並ぶ行列には、ドワーフだけでなく人もいる。
そして、結構な数の獣人もいるようだ。
バウキス帝国の南には獣王国の大陸がある。
冒険者の風体をした獣人がここに多い理由は、ダンジョンを攻略してお金を稼ぐためなのかなと思う。
しばらく待つとアレンたちの順番になる。
アレンたちがいろんな種族で構成されているためか門番に一瞬奇怪な目で見られるが、冒険者証を提示すると普通に中へ入れてくれた。
「「「おおお!!」」」
門を抜けると思わずアレンたちの声が漏れてしまう。
塔の中には巨大な街があったのだ。
「すごいな。街がダンジョンの中にあるのか」
とんでもない人ごみなので、歩みを止めると迷惑になると思い、歩きながら周りの様子を確認する。
「うんうん。中央にヤンパーニの神殿があるよ!」
「中央か」
アレンは上空に鳥Eの召喚獣を召喚し、上空から街の全容を確認する。
半日ほど前に街中で召喚獣を出してはいけないと偉い人から言われたような気がするが、たぶん気のせいだろう。
(随分広い空間だが天井はあるのか。それにしても、随分大きな街だな。1階は街で2階以降がダンジョンってことか? お! あれがヤンパーニの神殿か)
上空は何キロメートルもあり悠々と鳥Eの召喚獣は飛ぶことができる。
地上からだと見えないくらい高い位置に天井があることが、鳥Eの召喚獣を通してわかった。
まだ夕方には早い時間であるが、街全体を照らしているのか、窓のない塔の中とは思えないほどの明るさだ。
街の作りも、塔の中心から円状にできているのか、道も建物も年輪のように丸く配置されている。
その中心にあるのが、S級ダンジョン招待券を貰った時に言われたヤンパーニの神殿と言われる建物のようだ。
「アレン、これからどうするの?」
「ん? ああ、セシル。そうだな。思ったより早く着いてしまったし、ちょっとヤンパーニの神殿に行ってダンジョンの話でも聞こう」
その言葉に仲間たちは頷く。
新しい街に着いても基本的に観光はしない。
アレンが街中を見て回るような性格ではないことを、仲間たちはよく分かっている。
「ああ、あそこに魔導列車が走っているぜ」
「魔導列車まであるのかよ。本当にここはダンジョンなのか?」
キールの言葉にドゴラが反応する。
鳥Eの召喚獣で線路の先を見ると街の中央である神殿付近まで走っているようだ。
皆で乗り込むことにする。
「ヤンパーニの神殿からS級ダンジョンに入るんだろ? なんで、外にも冒険者がいたんだ?」
「えっと、たしか試練の塔の周りにもダンジョンがいっぱいあって、それが目当ての冒険者もいっぱいいるって」
列車から街中を見ながら呟いたアレンの疑問にメルルが答えてくれる。
この試練の塔と呼ばれるS級ダンジョンの周りにはCからA級までのダンジョンが無数にあって、それを目当てにやって来る冒険者もかなりいるという。
このS級ダンジョンが街を提供することで、ダンジョンを中心とした1つの世界が出来ているとアレンは思う。
そんなことを考えていると、神殿に到着する。
確かに神殿であるが、ローゼンヘイムの精霊神ローゼンを祀る木目調を基調とした神殿とは違うようだ。
どこか、魔導具感のある建物で、何かの動力が動いている音がそこら中でする。
神殿への出入りも激しく、アレンたちは流れに任せて神殿の中に入ろうとする。
「な!? おい、ガキども。ここはお前らのような者が来るところじゃないぞ!!」
神殿の門番がアレンたちに反応して、怒鳴りつける。
「え?」
「ここは、S級ダンジョンへの参加資格者だけが入れる場所だ。とっとと帰るんだ!」
(え? まじか……)
神殿の門番はアレンたちを見て、S級ダンジョンへ入る資格はないと判断したようだ。
アレンは驚きながらも、S級ダンジョン招待券を神殿の門番に提示する。
「こ、これは申し訳ない。こんな子供が」
体で進行方向を塞がれていたが、驚愕しながらも入っても問題ないと退いてくれる。
「なによ。見た目で判断して!」
セシルがさっきの門番の反応にぷりぷりしている。
セシルはこういうことに反応しやすい。
「そうだな」
「って何よ。アレンも驚いていたじゃない!」
周りの様子を見るアレンの反応が小さいため、もっと同じくらい怒りなさいとセシルが抗議をする。
「いや、まあ、あそこで止めないと若い冒険者が無理にS級ダンジョンに入って死んだりとか色々あるんじゃないのか?」
(門番は入口を塞ぐものだろ。門番の寝てる夜間に忍び込まないといけなかったりするから結構大変なんだ)
アレンも怒鳴りつけられたが、アレンは門番の態度に何とも思っていない。
「え? まあ、そうね。じゃなくて、アレンも驚いていたでしょ?」
「ああ、驚くだろ。見てみろ、この神殿の中の冒険者の数を。さっき門番が言っていただろ。神殿にはS級ダンジョンに入る資格をもつ者しか入れないって。世界は広いんだな」
アレンは、この塔の中に入るとき冒険者証しか見せていない。
Aランク冒険者証だったが、冒険者なら誰でも入れる。
街に入るときに、この街にはS級ダンジョンの招待券を持っている者以外も大勢いるのだろうとアレンは思った。
学園で担任からS級ダンジョンに入る資格を持つ者は王国にはいなくなってしまったと聞いていた。しかし、ここにはS級ダンジョンへの招待券を貰ったであろう冒険者がかなりの数いる。
世界は広く、全世界からS級ダンジョンの攻略を目指して集まって来たのかなと思う。
セシルは確かにと思って辺りを見回す。
ドワーフ、人、獣人が結構な数いる。
皆、S級ダンジョンの招待券を持った者たちだ。
「あら? あちらが受付かしら?」
ソフィーが神殿内の一角に受付が並んでいることに気付く。
「本当だ。少し話を聞いてみるか」
アレンたちは、他のドワーフとは見た目が違い統一された神官服のようなものを着たドワーフたちのいるカウンターに並ぶ。
「あら、若い冒険者の方々。いかがされましたか?」
(なんかいいよな。ドワーフって自分らが小さいことに一切の劣等感がないんだろうな)
神殿の受付担当の神官は、自分より頭1つ分大きなアレンを見て幼さを感じたようだ。
「S級ダンジョンの攻略を目指しているのですが、話が聞けたらと思いまして、ここに並んでも良かったのでしょうか?」
「もちろんです。って、あら? ドワーフもいるのですね」
アレンたちの中にドワーフのメルルがいることに神殿の受付担当が気付く。
「うん!」
メルルが元気に返事をする。
「もしかして、ゴーレム使いですか?」
(よく分かったな。まあ、メルルは武器も防具も持っていないからな)
学園にいた頃に使っていた槍と盾を今は持っていない。
「そうだよ」
「魔導盤はお持ちですか?」
「ううん。持っていないよ。返さないといけないって言われたんだ」
(魔導盤ってなんだ?)
「そうですか。どうしますか? こちらでも貸与できますが?」
「うん。貸してほしい!」
メルルの顔が明るくなる。
そうですかと言って神殿の受付担当は一旦別室の方に下がり、何か黒い板のようなものを持って戻って来る。
「こちらでございます。冒険者証をお出しください。魔導盤の貸与を記録しますので」
(なんだ? 図書館で本を借りるような流れだが)
「えっと、魔導盤って何ですか?」
メルルと神殿の受付担当だけで会話を進めているので、アレンが何だと尋ねる。
「え? はい。これはゴーレム兵を出すのに必要な魔導具でございます」
「うんうん。そうだよ!」
「ゴーレム兵を出す魔導具だって?」
アレンは受付のカウンターに置かれた漆黒の金属板のようなものを見つめるのであった。





