第228話 誘い
アレンたちは王都にある王国で最も大きい魔導船の発着場にいる。
「では、セシルを頼むぞ」
「はい、何から何までありがとうございます」
アレンは深くお礼を言う。
今日はこれから、バウキス帝国に向けて出発する。
アレンとその仲間たちは、グランヴェル子爵とセシルの兄であるトマスのお見送りを受けている。
今アレンがお礼を言ったのは、アレンの妹のミュラについてのことである。
ミュラは僧侶の才能を精霊神につけてもらった。
その件で、グランヴェル子爵が回復魔法を教える神官の派遣を教会に依頼してくれると言う。なお、ラターシュ王国でも世界でも『教会』と呼んでいるが、『エルメア教会』が正式名称だと言う。
たくさんの神々がいる中で、創造神エルメアが一番祈りを捧げられている。
元々、去年から作り始めた開拓村で、順調に村が出来ていることから教会を今年から建築し始め、それから神官を招く予定であった。
スケジュールを早めて神官を呼び、回復魔法の指導をしてくれるようにグランヴェル子爵が対応をしてくれたのだ。
回復魔法さえ覚えてしまえば、離れたところからでも回復魔法をかけることができるようになり、レベルは簡単に上がる。
村ではボア狩りを秋にやるので、安全面も全面的に配慮するため、召喚獣のサポートもする予定だ。
毎年一定の速度でレベルを上げて行けるだろうとアレンは考えている。
最後にセシルがグランヴェル子爵にお別れの挨拶を済ませ、皆魔導船に乗り込んでいく。
魔導船は高速艇と呼ばれる速く移動できるものや、巨大なもの、小さめなものなど、さまざまなタイプがある。
今回乗ったのは通常の速度で移動するタイプだが、国家間を移動するかなりの大きさのものだ。
そこそこ大きめな部屋を2つ予約し、男女が分かれて宿泊をする。
既に何度か魔導船には乗っているので、慣れたものだ。
しかし、荷物を置いたら今後の話でもと思い男部屋に集合する。
修学旅行のような気分が学園にいたころからずっと続いている。
「それにしても、金貨1000枚って何に使うのよ?」
「職人を呼ぶのも金がかかるらしいからな。あとは治水とか」
アレンは父であり村長でもあるロダンに金貨1000枚を渡してきた。
村の開拓費用にとも伝えてある。
それについて、村を作るのにそんなに費用はかからないことを知っているセシルが質問をしてきた。
農奴が村を作るだけなら、そこまでお金はかからない。
クレナ村もそうやって開拓してきた。
しかし、建築、土木、治水の知識や、魔獣に対応した村づくりの専門家を雇うにもお金がかかる。
村の開拓に拘れば金貨などすぐに無くなるだろうとアレンは考えている。
「キールも金を随分おいていったな」
「俺は領主だからいいんだよ。ドゴラ」
ベッドに横たわったドゴラは、キールがハミルトン伯爵に金貨1000枚を預けたことに触れる。ドゴラはこういう打合せでも眠ってしまうことが多い。
その横のクレナは既にウトウトし始めている。
それを見ながらアレンは、自分がベッドにクレナを運ぶのかとクレナを見る。
妹や使用人の生活が困ったときに使ってほしいと、キールは有り金のほとんどをハミルトン伯爵に渡してある。
この金貨1000枚は、ローゼンヘイムで女王から貰ったものだ。
アレンはお礼でローゼンヘイムの参謀になったが、他の皆に、お礼が無かったわけではない。全員金貨1000枚を貰った。
「S級ダンジョンはAランクの魔獣が大量にいるだろうからな。売ればすぐに金が手に入るだろう」
お金に頓着のないアレンは今後も稼ぎができるだろうと楽観的に言う。
「それはそうね。それにしてもメルルは大丈夫なのかしら?」
「王都からですが、既にローゼンヘイムを通してメルルの卒業と私との同行をバウキス帝国に依頼しております。きっと誠意のある対応をしてくれるかと」
今度はセシルの疑問にソフィーが答える。
今回、バウキス帝国のS級ダンジョンを攻略する上で、メルルの同行は必須であると考えている。
仲間であることは当然として、バウキス帝国についても知らないことが多い。
ドワーフのメルルに色々聞きながら攻略しようと、アレンは仲間たちと話し合ってきた。
そこで、今回の戦争でメルルが活躍をしたことを前提に学園が卒業証書を発行し、ローゼンヘイムからはメルルについてもバウキス帝国のS級ダンジョンの攻略に同行させてほしいとお願いをしている。
「返事はまだなんだよな?」
王国の魔導具を使って、ローゼンヘイムに連絡を取ったが、バウキス帝国の回答はまだだという。
「はい。ですが、これまでも無下なことをバウキス帝国から言われたことはありません」
アレンの疑問にソフィーは問題はないと思っている。
それからほどなくして魔導船内での会議は終わり、爆睡したクレナをアレンは女性用に借りた部屋に運んだ。
数日が経ち、魔導船は順調に空の上を航行している。
アレンたちは飯を一緒に食べたり、たまには思い思いに別行動を取ったりしながら時間を過ごしていく。
「アレン? ご飯の時も作っているわね」
「ああ、まあ王国で結構散財してストックが無くなったからな」
アレンは、思い思いの行動をする時間は、全て魔力消費によるスキル経験値の獲得と、天の恵みの作成に充てている。
(まあ、絶対無事に帰れるとは限らんからな)
無事に帰れるか分からない。だから金貨をロダンに渡してきたし、何かあったときのために天の恵みも多めに置いてきた。
それで減った天の恵みを、食堂で借りた個室で作っているのでセシルから疑問の声がでたのだ。疑問といっても何となくの普段の会話だったりもする。
アレンはいつもこんな感じだ。セシルも、「魔力回復リングを手に入れてから頻度がすごいことになったわね」くらいにしか思っていない。
食事をするとき個室を頼んだのはソフィーのためだ。
エルフは他国だと戦場の前線か学園くらいにしかいないため、長い耳はとても目立つ。
ソフィーは顔立ちも綺麗なので人目を引きやすく、それを避けるための配慮からである。
そういうわけで、人目のある場所にいるときは、ソフィーは普段フードを被っていることが多い。
「こちらにアレン様はいらっしゃいますか?」
「わあ、ごはんだ!!」
個室のため、扉は閉めているのだが、扉の先で丁寧にアレンがいるか確認する声がする。
そして、クレナの歓声がアレンの横から聞こえる。
(店員に注文したばっかだけどもう来たのか)
アレンはそう思い、収納に天の恵み作成セットを仕舞っていく。
「いえ、わたくしはギアムート帝国のものです。少しお話をしてもよろしいですか?」
「え? はい、どうぞ」
アレンは霊Bの召喚獣を壁の中に忍ばせ、入ってもいいと了承をする。
いきなりの来訪で仲間たちは警戒をしているようだ。
(あれ、この人は王城で話しかけてきた人では?)
扉を開け入ってきたのは、何日も前に会ったことがある人だった。
それは、王城での社交の折、ギアムート帝国の外交官をしていると名乗った女性だ。
話があるので時間が欲しいと言われたのだが、かなりの数の貴族に囲まれており話すことができなかった。
ぴっちりとしたスーツのような服を着ている。
年は20代前半くらいだろうか。
(うん? 俺たちに付いて魔導船に乗って来たのか)
空いている席に座ってもらい、食事もまだと言うことなので料理も注文してあげる。
「恐縮です」と腰の低い感じだが、その視線はずっとアレンに向けられている。
「大皿で頼んだので、一緒に食べてください」
いつも大皿で頼んで、皆で分けながら食べる。
クレナやドゴラは大食いで、エルフのソフィーとフォルマールはかなりの少食だ。
しかも、肉はほとんど食べない。
魔獣の肉は全くと言っていいほど食べないので、開拓村で焼いたせっかくの白竜ステーキも口にしなかった。
「うん!!」
クレナが元気よく返事をし、外交官が頭を下げたので一緒に食べることにする。
「それで私に何か御用でしょうか?」
スープをスプーンですくって飲みながら、外交官に尋ねる。
「実は、皇帝陛下がアレン様をお呼びなのです。ぜひ、このまま一度ギアムート帝国の帝都にお越しいただきたく存じます」
(まあ、そんな話だろうという気はした。なるほど、今の今まで待っていたのか)
「申し訳ございません。私たちはこれから予定があるのです」
「皇帝陛下からのお呼び以上のことですか? まもなく帝都に着きますが?」
皇帝を無視するのかと言ってくる。
実は、ラターシュ王国からの魔導船にバウキス帝国への直行便は無い。
ラターシュ王国とバウキス帝国は正式には国交を結んでいないからだ。
ハブ空港として、ギアムート帝国の帝都にある空港経由でバウキス帝国に向かうことになっている。
明日にでも、ギアムート帝国の帝都に着くといったところでギアムート帝国の外交官が、皇帝がお呼びだと声を掛けてきた。ずっとこの日を待っていたようだ。
「申し訳ございませんが、特に呼ばれるような覚えもありませんので。大陸の盟主には恐れ多いかと」
「どうしてもですか?」
「申し訳ありません。ただ」
「ただ?」
「普段はラターシュ王国の王城にいらっしゃるのですよね。もし、お力がどうしても必要になったらお声を掛けさせていただきます」
一緒についてきた外交官が、またラターシュ王国の王城に戻るのか確認する。
(まあ、中央大陸の盟主っていうくらいだからな。帝国にしかないダンジョンや何かがあるかもしれないからな。伝説の武器とか)
今は用がないから行かないが、何かあれば外交官であるあなたに声を掛けますねとアレンは言う。
「……分かりました。ヘルミオス様もそうですが、なかなか難しいですわね」
「いえいえ、世界を救うようなお方と一緒にされて大変光栄ですよ」
外交官はそれ以上何も言ってこないようだ。
こうして、ギアムート帝国の外交官の誘いをアレンは断ったのであった。





