第227話 討伐報酬
ハミルトン伯爵の騎士団が中心になって、新領主キールの凱旋が行われた。白竜討伐の知らせも一緒に行なわれたことにより、新領主の到着と共に、カルネルの街に運ばれた白竜の頭を多くの町民が見ることになった。
既に大通りにはカルネルの街の町民が殺到している。
ハミルトン伯爵が、新領主であるキールとその仲間たちが白竜討伐をやってのけたことを、この短時間で騎士達を使い町中に広く知らせたからだ。
中には白竜の頭を見て泣き出す者もいる。
数年前に白竜が急に領内に現れ、犠牲になった者の遺族なのかもしれない。
白竜はミスリル鉱の採掘場所をいくつも破壊したと言われている。
その際に犠牲になった鉱夫も多いと聞いている。
歓喜と感謝と、そして、その頃の悲しみが蘇っているのかもしれない。
白竜の頭は、まだ見きれていない町民のために、街の中央になる広場に騎士の護衛の下しばらく置かれることになるらしい。
アレンたちは、騎士団の流れに身を任せて進み、しばらくするとカルネルの館に到着した。
(ああ、王城の役人か)
グランヴェル子爵の館より大きな館の中に入ると、王城で見かけた服装の者が何人もいる。
キールはカルネル領の男爵になったのだが、それからまだ数日しか経っていない。
まだ、王領から男爵領になる引継ぎなど色々やらないといけない事務的な作業があるのかなとアレンは思う。
そんな中、数か月前まで一緒に暮らしていた少女が目に入る。
「キールお兄様! よくぞご無事で!!」
「ニーナ!」
(やっぱり駆け寄り方に貴族感があるな。うちのマッシュとミュラとは大違いだ)
A級ダンジョンで手に入れた豪華な服(男用)を着せられたキールに、妹ニーナが泣き出しそうな顔で抱き着いてくる。
キールと抱き合う所作を見ると、つい先日、2年ぶりくらいの再会を果たしたマッシュとミュラとは育ちが違うんだなと思う。
「こ、これはカルネル男爵様」
「え? はい」
兄妹の感動の再開に水を差すように揉み手をした役人がキールに寄ってくる。
「わたくしは王家の使いをしている者です。この度は男爵になられましたこと誠におめでとうございます。つきましては……」
「ふむ、そのような話は、もう少し場所を選んではどうなのだ?」
「も、申し訳ありません。ハミルトン伯爵様」
(ハミルトン伯爵は王家の使いにも屈さないと。さすが上級貴族だな)
上級貴族である地位と、同盟派とよばれる派閥の中でも有力な地位にいるハミルトン伯爵は、王命を携えてやって来ている王家の使いにも苦言くらいは言えるのかと思う。
そうですか、では今後のお話を、と王家の使いが言うので会議室に移動する。
館に着いたばかりだが、王家とはとっとと話を済ませるに限る。
アレンたちもキールと一緒に行く。
ハミルトン伯爵、キール、アレンと仲間たち、ニーナと王家の使い、館の使用人が数名、会議に参加する。
会議の中心にはハミルトン伯爵とキールがいる。
「男爵になられ、カルネル領の再建おめでとうございます」
「再建はこれからですが、ありがとうございます」
改めて祝辞を言われたのでキールがお礼を言う。
キールに確認したのだが、今回男爵の地位だったことも、返ってきた領が半分だけなこともそんなにショックを受けていないと言う。
キールは、領主になりニーナや使用人達が帰る場所を作ることを目標にしてきた。
(別に、これから俺と一緒に旅に出るキールにとっても管理しないといけない領が半分なのは決して悪い話じゃないからな)
キールはまだ14歳だ。
そして、領主としての教育を父であるカルネル子爵から受けてきていないので、まだまだ学ぶことも多い。
領主として始めるなら、管理する領土が半分から始めてもいいのではということだ。
「キール男爵。ハミルトン伯爵から代官を置くと聞いておりますが」
(まあ、代官置くけどね)
「そうですね。そのようにお願いしています」
王家の使いとハミルトン伯爵に囲まれて、キールも丁寧な言葉使いだなとアレンは思う。
「うむ、人選は済んでいるゆえに、まもなく到着する予定だ」
領主が必ず領内にいないといけないわけではない。
代官という、領主を代行させる制度があるので、そちらに任せる予定だ。
キールは回復ポジションとしてずっと冒険の仲間に入れると、ハミルトン伯爵には伝えている。
そんなキールの代わりに領主をしてくれる代官を、グランヴェル子爵に探してくれるようにお願いしたら、ハミルトン伯爵が豊富な人脈から探してきてくれると言われたのだ。
「そ、それにしてもあの白竜を倒すとは。しかも着任早々に。国王陛下もお喜びになるかと」
「そうですね」
「……」
(何見つめてんだよ)
キールが王家の使いから見つめられる。
「ぜひ、王家に献上いただけたらと思うのですが?」
(はい、きた。マジでそんな気がした)
白竜を差し出せと王家の使いが言ってくる。
アレンは、白竜の死骸をカルネル領再興に使ってもらうため、食べる分の肉以外何も求めていない。
当然、魔石も求めず、全てキールの男爵としての門出のために使ってもらう予定だ。
王家に白竜を捧げるつもりは毛頭ない。
「白竜を差し出せとはどういう了見か?」
ハミルトン伯爵も黙っていないようだ。
「い、いえ、全てを差し出せと言っているわけではありません。そもそも」
王家の使い曰く、そもそも領内で出た利益を王家に献上するのは、貴族の責務である。
全て献上する必要はないが、白竜の体の一部を献上するようにと言われる。
「ハミルトン伯爵」
「ぬ? なんだ? アレン殿」
「利益という話なのですが、白竜に破壊された採掘場所の復旧や、いなくなってしまった鉱夫の募集をしないといけません。こういった領内を運営するのに必要な費用を引いたものを、利益と言うと思うのですが、いかがですか?」
「まあ、そうなるな」
白竜によって失った損失はあまりにも大きい。
恐らく、白竜の体を全部売ってもお釣りが出るか分からない状況だ。
キールからは、白竜に襲われ亡くなった遺族のために、弔い金を出したいという話も聞いている。
それを聞いて、アレンはほぼ原形を留める方法での白竜討伐に拘った。
「すみませんが、そういうことです」
最後はキールが払うものがないと王家の使いに告げる。
「……」
王家の使いが息を呑む。
就任早々の男爵が王家への献上を断ったのだ。
(まあ、これだけだと王家と無駄に対立する形になって得るものはないな)
「ただし、国王陛下も新たに国王として着任されて、権威を示したいことと存じます」
「は、はあ」
アレンの言葉に王家の使いは返事する。
アレンが国王の気持ちになって話をしているので、王家の使いはすごく違和感があるようだ。
国王は数ヶ月前にラターシュ王国の国王になったばかりの王太子だ。
王国内で白竜を倒して献上させたのならば、国王の地位を盤石にする1つの材料になる。
「でしたら、数日の間街の広場に置いておく白竜の頭を買い取りませんか?」
「買い取る?」
「まあ、ここだけの話、お金さえ出していただけるなら献上したという体でもいいですよということです」
「そ、それは……」
アレンは悪い顔をして「ご検討ください」という言葉で締めくくる。
それを聞いて、アレンの仲間たちはまた始まったと出されたお茶を口に運ぶ。
(こっちもやっておかないとな)
「ああ、あとで、この街の冒険者ギルドに行くぞ」
「ん? 何か用があるのか?」
アレンがキールに冒険者ギルドに行くと言い、何の用事だとハミルトン伯爵が聞く。
「いえ、王家が白竜討伐の依頼を数年前に出しています。討伐が完了したので、金貨1000枚を貰いに行かないといけません」
「な!?」
王家の使いがその会話を聞いて絶句する。
(グランヴェル子爵には白竜討伐の報酬を速やかに取り下げてと言っといたからな)
グランヴェル子爵は、もう何十年も前から白竜討伐の依頼を冒険者ギルドに出していた。
その報酬は金貨1000枚である。
グランヴェル家の懐事情としては破格の報酬の依頼であるが、これは領内を治める領主としての勤めである。グランヴェル家に限らず、討伐困難なAランクの魔獣が居ついた領の領主は冒険者ギルドに依頼を出すものだ。
そして、白竜がカルネル領に移動し、王領にカルネル領が編入された際、王家も白竜討伐の依頼を冒険者ギルドに出した。
その報酬も金貨1000枚だ。
白竜を討伐することをグランヴェル子爵に伝え、まだ白竜討伐の依頼を出したままであることを知ったアレンは、直ぐに依頼を撤回するように言った。
日頃からお世話になっているグランヴェル子爵から褒賞を貰うつもりは毛頭ない。
なお、王家からはがっつり白竜討伐の褒賞を貰うつもりだ。
これは冒険者チーム”廃ゲーマー”が国王から討伐報酬をせしめるということだ。
王家の使いはこれ以上何か吹っ掛けられないように黙ってしまった。
「お兄様はいつまで滞在されるつもりですか? いなかった間のお話も聞きたいのですが?」
そんな中、ニーナが兄であるキールの今後のことを心配する。
「えっと」
少しでも滞在してほしいと言う眼差しでキールはニーナから見つめられる。
「そうだな。たしか、ここに来る前に数日中に許可証が発行できると聞いたが、それまでは館に滞在してはどうなのだ」
「許可証?」
「ああ、ニーナ」
キールはニーナにこれからバウキス帝国に出掛ける用事があると言う。
ローゼンヘイムの依頼に、王家が答えた形だ。
「そうですか」
(ミュラも出かけると言ったとき、結構寂しそうにしてたけど、そういうもんなんだな)
ニーナが寂しそうにする中、カルネル領から出発する話が続いた。
こうして、カルネル領で数日宿泊し、白竜の肉を届けにアレンの実家のある開拓村、グランヴェル子爵の館にも立ち寄り、アレンたちはバウキス帝国に向かうのであった。





