第206話 仲間
激怒したドゴラが立ち上がり、テーブルを殴る。
攻撃力の高いドゴラが殴ったため、テーブルは凹み料理が一瞬皿ごと浮いてしまう。
「なんで、2人だけで行くんだよ!!」
ドゴラは勇者ヘルミオスに噛みつく。
ヘルミオスが、魔神討伐にはアレンと2人で行くと断言したからだ。
「そりゃ、足手まといだからだよ」
ドゴラの凄みに、ヘルミオスは一切の怯えもなく断言する。
「何だと!」
ドゴラ以外のアレンの仲間達は「どういうこと?」と、ヘルミオスではなくアレンの方を見る。
(ふむ、別に勇者と2人で行くつもりじゃないが、まあ、なるほど。だが言っておかないとな)
アレンはヘルミオスと2人で魔神と戦う予定ではなかった。
しかし中央大陸でヘルミオスから聞いた話も十分に共有できていない。
アレンは仲間達を見ながら語りだす。
「ヘルミオスさんは、2人で行くと言っているが、最終的なところは各々で決めてほしい」
「それは魔神と戦うかは自分で決めて良いってこと?」
「そういうことだ。ただ、これからヘルミオスさんから聞いた魔神の強さについて話をするよ」
そう言ってアレンは魔神の強さについての話をする。
ドゴラもアレンが語りだしたので、もう一度椅子に深く座り直す。
ヘルミオスは2体の魔神を倒している。
しかし、倒せたのは5回の魔神との戦いで2体だと言う。
そして、剣聖や聖女など、レア度の高い仲間達で構成したパーティーでも、何度も死人を出している。
ヘルミオスは目をつぶってアレンの話を聞いている。
アレンが、そんな話をヘルミオスに聞かせたいわけではないことくらいは分かるようだ。
アレンの仲間達の判断材料になるならと黙っている。
「なるほど、厳しいのは分かったわ。アレンは魔神との戦いの勝率はどんなものだと思うのかしら?」
勝率は、Aランクの魔獣などの強敵と初めて戦うときに、アレンがたまに口にする言葉だ。
アレンは必ずこの魔獣に勝てるみたいな言い方はしないので、こういった言い方に仲間達は耳が馴染んでいる。
「魔神は俺が考えていたよりかなり強い。多分ヘルミオスさんがいないと勝率は1割。いても5割と言ったところだ。魔神は強さに結構違いがあってすごく強い魔神もいるらしい。それどころか、上位魔神の可能性もあるんだって」
魔神とひとくくりに言っても、形態がかなり異なり、強さも違うとヘルミオスから聞いた話をする。そして、魔神には、さらなる上位互換の存在がいる。
「上位魔神?」
「言葉通り、魔神の上位版だ。恐らくこれが出てくると勝てない。ヘルミオスさんも一度、上位魔神と戦ってたくさんの仲間を失っている」
失った仲間は、今のアレンの仲間達より強いと言う言葉を付け足す。
さらに勝率というのは、この場合死亡率に繋がると言う話もする。
1割しか勝てないと言うのであれば、9割くらい死ぬ確率があると言うことだ。
ヘルミオスを入れて5割ということは、世界の英雄ヘルミオスがいても5割の確率で死ぬかもしれないという話になる。
「「「……」」」
沈黙の中、腕組みをしているドゴラにヘルミオスが話しかける。
「ドゴラ君っていったね。ドゴラ君はなんで魔神と戦うの? 君はローゼンヘイムの人間じゃないよね?」
わざわざ危険を冒して戦う理由はないでしょとヘルミオスは諭すように問いかける。
「仲間だからだ」
「え?」
「仲間が強敵と戦う。仲間の国が襲われた。他に戦う理由が必要なのかよ」
「そっか。そうだね」
ドゴラの即答に、ヘルミオスはどこか残念そうに答えた。
「アレン、魔神が強くて勝てないとわかったらどうするの?」
クレナが空気を変えようとしてか、アレンに問いかける。
「当然逃げる。即行で逃げの一択だ。これからの会議はどうしたら逃げられるかという話になると言っておこう」
アレンは決め顔で断言した。アレンもクレナと一緒になって空気を変える。
「ぶっ! お、おい」
キールが吹き出した。今までの緊張感が何だったのかという話だ。
「いや、真面目な話、ヘルミオスさんの話を聞くと勝ちに確証が持てない。エルフ達には悪いが戦局次第では首都フォルテニアを奪還するのも、世界樹を拝むのも数年待ってもらうことになる」
(初戦で倒せないボスが出たら、修行して再挑戦が常識だろう)
ここにいるアレンの仲間達だけがこの言葉の本当の意味を理解する。
アレンは、数年修行すれば、魔神を超える力が手に入ると断言したということだ。
「でも、それだと精霊王様との約束はどうなるのよ? 大魔導士になれないじゃない」
(おい、本音が出ているぞ)
セシルは、アレンが交わした、精霊王との約束が果たせないことを心配をする。
約束というよりセシルが大魔導士になれないことを心配する。
「それは問題ない。何故なら精霊王様との約束は既に果たしているからだ」
「「「え?」」」
円卓にいる全員の視線がアレンに集中し、驚きの声が漏れる。
「思い出してほしい。俺が約束したのは、『ローゼンヘイムを救う』だ。決してフォルテニアや世界樹の奪還ではない。俺はエルフ達を救ったという認識だし、エルフ達もそういう認識だ」
アレンはさらに説明をする。
ローゼンヘイムの存亡の危機はもう消え去ったようなものだ。
700万にも及ぶ魔王軍の魔獣達もほぼほぼ殲滅した。
それに比べたらローゼンヘイムの国土の3分の2近くを数年失うなんて大した話ではないだろうと言う。あくまでもエルフが絶滅するのに比べたら、の話だが。
当面ラポルカ要塞を国境線として魔王軍と戦うことになるかもしれないが、現時点で魔王軍を狩りつくしたので少なくとも来年いっぱいは戦いにならないだろう。
「「「……」」」
ここにきてアレンの仲間達がアレンの作戦と精霊王との約束について気付く。
(達成が可能な範囲で、具体的な内容を言わずに精霊王とは約束したからな。魔神に勝てるか分からなかったし)
アレンは確実に精霊王から褒美を貰おうとした。
無駄に褒美を貰うハードルを上げる必要はなかった。
「もちろん、これ以上を求めるわけではありません。たしかにアレン様の言う通りです」
ヘソ天の精霊王を膝に置いた女王がローゼンヘイムを代表して答えた。
さっきまで、アレンが「魔神がいるので戦いは終わっていません」と言っていたことなど気にしないようだ。
「アレン君は本当に珍しい考え方をするね。その強さでその考え方は正直怖いかな。でも、蛮勇で無理されるよりいいかな」
ヘルミオスはアレンの考えに賛同する。
「ここまで言いましたが、少しでも安全性を上げて、なるべく勝てるように頑張りますよ。その点についてはご安心を。それで、作戦の前に私のパーティーの基本情報ですけど」
アレンは基礎知識として魔神戦の話の前に、アレンや仲間達の戦闘スタイルや、普段の戦い方についての説明を始める。
ヘルミオスはなるほどなるほどと言いながら小一時間ほど、アレンの話を聞く。
皆の視点での話も聞きたいとヘルミオスが言うので、仲間達も話に参加しながら、前衛や後衛視点での話をしていく。
「そうか、ありがと。ちょっと学園の授業での戦闘形態と違うけど、大体のことは分かったよ。あとは会議室じゃなくて、外に出てからでいいかな?」
(もう会議室での話は十分と言うことかな)
会議室で作戦を練るのもいいけど、実際に体を動かしたほうがいいだろうとヘルミオスは言う。
ヘルミオスとしては、もう会議室で聞ける内容は全て聞けたのかなと思う。
「連携を動きで合わせるってことですか?」
「それもあるけど、皆の実際の強さが知りたいからね。ちょっと外に出て、皆の強さと戦い方を見せてよ。僕が相手するからさ」
「いいですね。武術大会で戦ったのは私だけですからね」
アレンは賛同する。言葉で語るより、実演の方が身になる。これから魔神と戦うためには、連携が大切だ。
「ドゴラ君って言ったね」
「あ?」
「さっきあれだけ威勢が良かったんだ。私を唸らせるだけの物は当然あるんだろうね?」
ヘルミオスは腰に差した剣の柄に手をかけ、ドゴラを挑発する。
「……」
無言で、ドゴラは足元に置いていた斧を握りしめ、肩に乗せて部屋の外に出る。
「なんだか、険悪ね? 大丈夫なの?」
「ヘルミオスさんも、ドゴラに死んでほしくないんだよ」
アレンはヘルミオスの気持ちを汲み取る。
アレン達もドゴラと一緒に建物から外に出る。
建物から少し離れたところにある広場に向かった。
「前衛は剣聖と斧使いか。本当にアレン君のパーティーは少数だね」
皆を見ながら、一言つぶやく。
「バウキス帝国に帰った仲間が1人いますけど、まあそうですね」
「それじゃあ、ドゴラ君からでいいよ。エクストラを見せてほしい」
「……」
ドゴラは返事をしない。
その様子にヘルミオスが何かに気付いたようだ。
「ああ、なるほど。分かっていると思うけどエクストラも使えないで、魔神と戦おうなんて思っていないよね?」
そういって腰に差している金色に輝くオリハルコンの剣を抜いた。
「……」
「どうしたの無言で。来なよ。甘い考えを叩きのめしてあげるよ」
ヘルミオスがドゴラに対して挑発を続ける。
ヘルミオスの挑発にドゴラは斧を握りしめ、全力で向かって行くのであった。