第194話 魔神レーゼル
アレンはさらに小一時間かけて、ああでもないこうでもない、これはできるのかと指揮化の検証を進めていた。
指揮化で分かったこと
・50メートルの範囲に召喚獣がいないと指揮化できない
・共有していれば解除は50メートル以上離れていてもできる
・1つの系統で1体しか指揮化できない
・スキル発動に魔力は消費しない
兵化で分かったこと
・指揮化した召喚獣が何体でも兵化できる
・兵化できるのは同じ系統の召喚獣だけ
・指揮化した召喚獣から100メートル離れると自動的に解除される
(何となく、共有に近いな。兵化は指揮化した召喚獣の近くにいないといけないのか。これはデメリットでもあり、制約になっているのか。じゃあ、子アリポンはどうなるんだ?)
「……」
アレンが肩を震わせながら夢中になって検証している。
それを背中越しにセシルが生温かい目で見つめている。
ダンジョン攻略中に召喚レベル6になった時もこんな感じで夢中で検証していたなとセシルは思う。
前世を覚えており年上だと言っているが、今の様子は、初めて父から剣を貰い、寸暇を惜しんで庭で必死に振るっていた兄トマスを思い出す。
「ちょっと、このままだと検証しきれないな。一旦魔王軍と戦いながら検証しよう」
「そうね」
アレンは1時間近く空の上、鳥Bの召喚獣に乗り待機していた仲間達に声を掛け、戦闘を開始することを伝える。
鳥Eの召喚獣で、千里眼で確認できる距離にいる数万の魔王軍の軍勢が対象だ。
はるか先にいるのだが、一気に距離を詰め、まずはセシルのエクストラスキル「小隕石」を発動してもらう。
初撃に小隕石を当てると、この規模の魔王軍の軍勢なら、指揮も作戦もなくなるのでとても戦いやすい。
そして、指揮化した召喚獣達を、倒せなかった魔王軍の軍勢に向かわせる。
(ほうほう、将軍の子アリポンと兵隊の子アリポンとノーマルの子アリポンでステータスも大きさも全部違うと)
魔導書に子アリポンのステータスが表示される。
子アリポンは覚醒スキルを使った虫Bの召喚獣の半分のステータスになる。階級が将軍なのか兵隊なのか、それとも指揮化スキルの影響下にないのかによって違いがはっきりと分かる。
一番強いステータスは将軍の子アリポンで、ノーマルが一番弱いステータスのようだ。
大きさも将軍子アリポンが一番大きい。
「指揮化ってすごいわね。なんだか召喚獣がかなり強くなったんじゃないかしら」
セシルも魔王軍を蹴散らす召喚獣が明らかに強くなったことに驚く。
ステータスが2倍になったので、Bランクの魔獣と5倍近いステータス差が生まれた。
獣系統や竜系統などの召喚獣の特技は、攻撃力などのステータスに依存しているので、特技を連発していると明らかに殲滅速度が早い。
「確かに、これで予備部隊との戦いに目途が立ってきたかな。って、ん?」
「え? どうしたの?」
「いや、そろそろエリーがフォルテニアに着きそうだ」
共有した霊Bの召喚獣が、巨大な木の近くにある大きな外壁のある町を視界に捉えた。
ネフティラを逃したが、霊Bの召喚獣を御供に付いて行かせることに成功した。
『ネフティラ様ほどのお方をお一人で行かせるわけにはゆきませんデスわ』と霊Bの召喚獣が言うと、すんなり付いて行けた。
ほぼ休みなく1日以上かけて移動して、魔神レーゼルのいる、ローゼンヘイムの首都フォルテニアに到着した。
(たしか、この木は世界樹だっけ)
アレンは世界樹についてソフィーから聞いたことを思い出す。
この天まで届きそうな世界樹と言う名前の木は、エルフ達の信仰の対象らしい。
エルフの信仰に序列をつけるなら、精霊王、女王、世界樹の順のようだなと、ソフィーから話を聞いて思ったことを思い出す。
なんでも、この世界樹から精霊達が生まれてくると信じられているそうだ。
信じられているって、精霊王が側にいるのだから、事実かどうか本人である精霊王に聞けよって、心の中でツッコミを入れた。
そんなことを考えていると、巨大な神殿のような建物が見えてきた。
エルフの女王や、精霊王が祀られているとソフィーから聞いた建物の中に、ネフティラと共に霊Bの召喚獣が入って行く。
そして、真っ直ぐひたすら進んだ2階の奥の大きな広間に到着する。
その大広間は、明らかに女王の間だ。
一番奥には玉座が設けられ、1体の何かが腰掛けている。
(こいつが魔神レーゼルか。魔神感というかボス感半端ないな。ん?)
頬杖をついて偉そうに座る魔神レーゼルを初めて見る。
グラスターのように、浅黒い素肌に厳つい角が生えている。
血のように真っ赤な目でネフティラ達を見つめている。
そして、違和感のようなものを魔神レーゼルの顔から抱いた。
『魔神レーゼル様、ネフティラでございます。只今戻りました』
玉座の前、少し離れた位置に跪き、ネフティラが魔神レーゼルに到着の旨を報告する。
霊Bの召喚獣は、ネフティラの横に並ぶことはせず、斜め後ろに同じように跪く。
『……』
ネフティラの到着の言葉に対して、頬杖を突きながら、魔神レーゼルは無言で2体を見つめ続ける。魔神レーゼルは何も言葉にしないようだ。
『ま、魔神レーゼル様、も、申し訳ございません。敗北の責は我らにございます。任せられた軍勢も要塞もエルフの手に。……え? 魔神レーゼル様?』
魔神レーゼルが無言の理由は激怒しているからだと思い、ネフティラがまくし立てるように謝罪しようとする。
そのネフティラに言葉を遮るように手のひらを見せた。魔神レーゼルのその行動に驚きながらもすぐに沈黙し、ネフティラは頭を下げる。
『そうか。敗れたのか。私は何故これだけの軍勢がいるのに、そして鉄壁の要塞を与えたにもかかわらず敗れたのか考えていた。原因はここにあったのか』
(お? 敗北の内容が伝わっている感じか? やはり目玉蝙蝠からの情報は速やかに魔神レーゼルに伝わるとみてよいのか?)
魔神レーゼルの言葉から、少しでも魔王軍側の情報を収集しようとする。
『原因ですか? たしかに要塞を任せられた我らのせいで敗北してしまいました……』
責は全て自分らにあるとネフティラは言う。
『そうだ。確かにお前らの責任だ。私も愚かな配下を持ってしまったな。鼠が侵入したことにも気づかないとはな』
『ね、鼠ですか?』
『そうだ。そこのお前だ。お前は何だ?』
魔神レーゼルが、ネフティラから霊Bの召喚獣に視線の先を移して問いかける。
(お? バレたか?)
『は、ネフティラ様のお世話をしております、エリーと申す者でございますデス』
『ふむ、この状況で一切の動揺が感じられないな。よくできた鼠のようだな。それで、魔獣でも魔族でも精霊でもないお前は何だ?』
(完全にバレているのか。バレるの早過ぎ。残念)
『な!? え、エリーが鼠と?』
ネフティラが後ろを向き、信じられないという目で霊Bの召喚獣を見てしまう。
魔神レーゼルとネフティラが見つめる中、霊Bの召喚獣がゆっくりと立ち上がった。
そして、見下すような視線で魔神レーゼルを見ている。
『ほう、お前達の中にも少しは賢い者がいるのデスね』
『……』
『私はアレン様の召喚獣をしているエリーデスわ』
(ん? 何を言いだすの?)
霊Bの召喚獣が何かを語りだした。
『ほう。ずいぶん不遜な態度だな』
『いえいえ、当然の態度デスわ。世界を統べるアレン様の配下でございますデスから』
『世界をだと?』
(統べた覚えがない件について)
『然り。この世界は全てアレン様の物。それでレーゼルよ。お前は誰の許しを得て魔神など大層な肩書をつけているのデス? アレン様の許しは得たのデスか?』
『世界か。ほう、アレンというものはこういう者を従えているのか』
『こういう者だと!? 魔神ごときが何を言うのデス』
『魔神ごときか。そうか、分かった。お前は消えろ』
そこまで言うと、魔神レーゼルの手の平から真っ赤な光の玉が現れ、すごい勢いで霊Bの召喚獣に激突する。
霊Bの召喚獣は光る泡となって消えてしまい、アレンとの通信も途切れた。ゆえに、ここからはアレンの知らない話になる。
『こ、こんな。我々のせいで魔王軍の情報が、作戦のほとんどが漏れているのでは』
『ふむ、まあ、過ぎたことはしょうがない。それで、アレンという奴の情報は持って帰ったのだろうな?』
『は、はい』
魔神レーゼルは、完全に消えた霊Bの召喚獣がいた位置を見つめながら、ネフティラにアレンの情報があるか確認する。
そして、何か思い出したようだ。
魔神レーゼルの口角が上がり笑みがこぼれる。
『……魔神ごときか。そんなことを言われたのは100年ぶりだな。これは愉快だ! ははは!! そうかそうか、開放者がやってくるのか!!』
2体しかいない玉座の間に、魔神レーゼルの笑い声が響くのであった。





