第179話 100万②
アレンはエルフの斥候部隊の指揮官に今回の作戦を伝えた。
斥候部隊の指揮官は、そんなことをという顔をしたが了承をしてくれた。作戦を伝えた場所は将軍が並び立ち、奥にエルフの女王が鎮座する広間だ。
この広間にいる全員が、アレンの言うとおりにするようにと視線を送っている。指揮官に選択の余地などなかったが、元々斥候部隊は他の部隊に比べて暗躍する作戦が多いためか、割とすんなり納得してくれていたと思う。
そして、精霊使いガトルーガはこの作戦に入れるのかという話にもなった。
ローゼンヘイム最強の男はいた方が、たしかに魔王軍との闘いを有利にするだろう。
しかし、今までアレンの作戦で共に戦ったことがないこと、ティアモの街に魔王軍がやってくることが前提の作戦であることを踏まえ、ティアモの街に残ってもらうことにした。
ティアモの守備を固めることも大切なことだ。
既にネストの街にも100万の軍勢がティアモの街にやって来ることを伝えてある。
急ピッチで魔導船の稼働を急がせ、完治した負傷兵達をティアモの街へ、ティアモの難民をネストの街へ移動させるという。
避難民の全員までは移動できないが、みすみす殺されてしまう理由もないので女子供などを優先して移動させるようだ。
作戦を伝え、確認すべきことの確認も終えたので、アレン達は軽く睡眠をとり、夜が明ける前にティアモの街を離れた。
夜襲を掛けてもあまり効果はないので、体力温存を優先させた。これからの戦いは長期戦になる。
魔王軍が地平線の向こうからどんどん現れ、世界を埋め尽くしてくる。
これまでと同じく、夜明けと同時に行動を開始したようだ。
「すごい数ね」
今日も鳥Bの召喚獣に2人乗りして、お互い正面に向き合った状態でセシルがアレンに話しかけてくる。アレンは常に天の恵みを生成しているからこんな座り方になる。
「そうだな」
アレンは今日もぎりぎりまで天の恵みを作りながら、セシルに返事をする。
「怖くないの?」
「う~ん。俺は怖くないかな」
俺は怖くないと言う言葉には、自分が死ぬことは怖くない。だけど、仲間が死ぬことはとても怖いという思いがこめられている。
アレンの言葉にセシルの顔が緩む。
「ありがとね」
「ん?」
「色々教えてくれて。言ってくれるとは思わなかったわ」
セシルにとって、従僕としてグランヴェルの館にいる頃から、アレンは明らかに常人離れした存在であった。以前は思うところを聞くことはできなかったが、精霊王との会話を機に、躊躇いが無くなったような気がする。
「まあ、そうだな。戦う前にお礼なんて言ってはいけないぞ」
(余計なフラグは立てないでほしい)
「何それ?」
「まあ、前世の話だよ」
「それも今度聞かせてね」
「そうだな。それもこれもこの戦いを乗り切らないとな」
アレンは今一度魔王軍を見る。
(魔王軍か。何も考えず脳筋に一塊に襲ってくるって、一番困る作戦をついてくるな)
時間をかけて戦ってくれたら、敵軍を毎日削っていくことができた。
ティアモ攻防戦のようにいくつもの街に分散した戦いをしてくれても、魔獣を多く倒すことができる。
そうやって魔王軍の数を減らして、そのうち魔王軍に落とされた要塞や街を取り戻そうと思っていた。
しかし、その状況はまずいと魔王軍はすぐに気付いた。ティアモ攻防戦の敗北からすぐに作戦を変えた。
(魔王軍にとって魔獣が100万体死のうが200万体死のうが関係ないと。要はローゼンヘイムが滅びればどうでもいいと)
抵抗できないほど、守り切れないほどの数の暴力で挑んでくるというのは、シンプル故に打開するのが難しい作戦だ。
アレンが魔王軍の進行状況を確認していると、黒い大群が魔王軍に向かっていく。魔王軍に比べたら小さな小さな群れだが、その数は1万近くに上る。
「アリポン達も来たわね」
「ああ、さて始まるぞ」
タイミングはばっちりだと思う。1万体近い子アリポンを先頭に、昨晩からずっと歩かせた30体の虫Bの召喚獣が、もう少しで魔王軍に接敵する。
(既に召喚している虫Bの召喚獣30体を合わせてだけど、今召喚できるのは47体か)
・ロダン開拓村に2体
・グランヴェル子爵の元に1体
・中央大陸北部の応援に8体
・ネストの街に1体
・ティアモの街に2体
・そのほか3つの街に3体
・アレン達の乗っている鳥Bの召喚獣5体
・アレン達の上空を索敵している鳥Eの召喚獣1体
召喚できる召喚獣の数を確認する。1体でも多く魔王軍を狩るために、ぎりぎりまで召喚できるように数を調整した。
なお、中央大陸の北部に送った召喚獣達は既に魔王軍と戦っており、数が8体まで減ってしまった。中央大陸北部の要塞を守る5大陸同盟軍を陰ながらサポートしている。
「始めるぞ!!」
「「「おう!!!」」」
鳥Fの召喚獣を使い、鳥Bの召喚獣達に乗っている仲間達に声を掛ける。
「じゃあ、セシル。先頭の団体を狙ってくれ」
(足の速い魔獣が先頭を走っているようだからな。少しでも進行を遅くしないとな)
アレンはセシルに、塊になって突っ込んでくる魔王軍の先頭付近を狙うように伝える。
セシルがその姿を陽炎のように揺らめかせながら、両手を目の前に突き出す。
「プチメテオ!」
真っ赤に焼けた巨大な岩が、魔王軍の先頭の集団を焼き尽くす。
地獄絵図となるが、それでもしばらくすると、後方を走っていた魔王軍はそのまままっすぐ進行してくる。真っ赤に焼けた大地など関係ないかのようだ。
「よし、降下して戦うぞ!!」
「「「おう!!!」」」
上空にいたアレン達は、既にアレン達の下を通過した虫Bの召喚獣の後方に降下する。
咄嗟に離脱可能なように鳥Bの召喚獣に乗っているため、地面には着いていない。
「ドラドラ達、ケロリン達、ハラミ、フカヒレ、ゲンブ出て来い!」
竜Bの召喚獣が10体、獣Bの召喚獣が4体、魚Dと魚Cと魚Bの召喚獣を1体ずつ召喚する。これがベストな布陣だろう。
そして、セシルのエクストラスキル「小隕石」を受けても迷わず真っ直ぐ突き進む魔王軍とまもなく接敵する。
地面に生えた木々も粉砕しながら、全てを飲み込み魔王軍が突っ込んで来る。もう鳥Eの召喚獣でなくても見えるくらいの位置に魔王軍は迫っている。
(全力で来い、全て薙ぎ払ってくれる)
アレンはヌルゲーが嫌でこの異世界にやって来た。目の前の光景が、画面いっぱいの敵を倒すため明け暮れた日々を思い出させる。
高揚する自分を戒め、どうすればより多くの魔獣を倒せるか考える。十分な数を減らさなくては、ティアモの街の多くの避難民も兵も死ぬ。
魔王軍が1万の虫Bの召喚獣に接敵した。1万体の子アリポンも100万体の魔王軍にとっては大した数ではないようだ。
せっかく1万体まで増やした子アリポンは、魔獣の数とその勢いでどんどん数を減らしていく。魔獣達は攻められても一切躊躇なく、子アリポンを攻め続ける。
(しかし、虫と獣系統が魔石1つで召喚できるって助かる)
竜Bの召喚獣を作るのに必要なBランクの魔石の数は29個だ。15回の生成と14回の合成を繰り返さないと1体の竜Bの召喚獣を召喚することはできない。
時間的なロスは高速召喚により解消されたが、必要な魔石の数は変わらない。
しかし、獣Bと虫Bの召喚獣はBランクの魔石1個で済む。
現在の魔石と天の恵みの在庫
・Bランクの魔石10万個
・天の恵み6000個
これからティアモ防衛戦と3日に渡る個別撃破で貯めに貯めた魔石と、天の恵みもフルに使い、魔王軍を殲滅するつもりだ。
ドゴラとクレナも最前線に出て、武器を振るい、魔獣を狩り始める。
「クレナとドゴラはしっかり子アリポンを壁にしながら戦ってくれ!」
「うん、分かった!」
「おう!」
前面を埋め尽くす子アリポンを使い、立ち位置を変えるように指示をする。
上空にいる魔獣も竜Bのブレスやフォルマールの弓矢、セシルの魔法で撃ち落としていく。
(やはり、魔王軍はわざわざ俺らを倒してから進むなんてことはしないと)
正面の魔獣は確かにアレン達や召喚獣達と戦っている。しかし、100万の軍勢はアレン達が占める幅をはるかに超える。
魔獣達の多くは、目標であるティアモの街陥落のため、アレン達を無視してティアモに向かって前進を続けている。
「構わず、目の前の魔獣を倒すぞ! 最後尾まで倒せば、最前線に移動するぞ!」
「「「おう!」」」
こうなることも承知の上だ。目の前の敵を倒し終えたら、前進してしまった魔王軍の最前線に躍り出て同じように戦う。少しでも最前線で魔獣を狩り、行軍速度を遅くする。
こうして、アレン達と100万の魔王軍との戦いは続いていくのであった。