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夏に咲う

作者: 花










「どう過ごしたい?」

その問いに願いを口にする。


「自然を側で感じたい」と––––––––––。





それは淡く切ない一夏の出会い。


















きっともう、これが最後だ。

ならせめてこの季節と共に。















淡々と過ごしていた日常に変化が訪れたのは俺がまだ何も知らない学生の頃。

ある年の春の終わり頃から見かけるようになったその少女は、まるで夏を引き連れてきたような元気で眩しい笑顔の持ち主だった。


住んでいる場所も通っている学校も分からない俺と同い年ぐらいの彼女は、いつも元気に走り回っていた。

大体見かけるのは下校時で、山の麓でセミ捕りをしていたり川辺で釣りをしていたり、ある時は盛大に滑って田んぼに突っ込んでいる姿もあった。周囲の大人と仲が良いらしく、泥だらけの彼女を焦って救出するご近所さんには満面の笑みで楽しそうにお礼を言っていた。

毎日毎日見かける度に楽しそうに過ごす彼女は自然と目を引き、いつの間にか学校帰りに彼女の様子を観察することが最近の楽しみになっていた。


俺はどちらかと言えばインドアで、部屋で絵を描く方が好きだ。夏なんて日差しに勝てず夕暮れ時にやっと「少し写生にでも行こうかな」と思うぐらい。

だから彼女のように暑い日差しの下で元気に走る姿は、俺の目にとても眩しく映った。まるで毎日を精一杯生きる花々のように綺麗だと思う。




そんな正反対な彼女と俺はその夏を共に過ごすこととなった。

なんて事はない、ある日の帰り道で木の根元で蹲る彼女を見つけたことがきっかけだ。

お気に入りなのか、彼女はいつも菜の花色のワンピースを着ている。瑞々しい木々の緑色の中でその色はとても目立ち、俺は驚いて声をかけた。


「ねぇ、大丈夫?」


「・・・・・ず。」


「?」


「・お・・お水。喉乾いた。」


どうやら彼女はこの暑さで干からびるところだったらしい。俺は持っていた水筒を渡しながら、こんなに夏の似合う彼女でも日差しに勝てない事もあるんだなと苦笑した。

それから彼女はすぐに復活し、俺にお礼を言うと「飲み物を取りに帰る」と大きく手を振りながら颯爽と去って行った。


それが彼女との最初の接点で、それからは見かける度に向こうから話しかけてくれるようになった。学校と家だけの生活だった中に明るい彼女の笑顔が色を咲かせた。






彼女は破茶滅茶に元気だった。懲りずにまた田んぼに突っ込んだと思えば、川に飛び込み泥を落とし、服を乾かすためにと走り回って、大きな木に登り天辺から太陽のような笑顔で俺を呼ぶ。

ぶっちゃけついて行くのに必死な俺は返事をする余裕もなく、息が整う前に走り出す彼女を追うという何ともアグレッシブな日々を送った。きっとこの夏で大分鍛えられただろう。俺の母さんは、アウトドアにチェンジし日に日に生命力に溢れていく俺を見て大層嬉しそうだった。今までもやしっ子で体調を崩す事も少なくなかったから安心したのだろう。申し訳ない。




彼女が通れば花が咲い鳥が歌う、そんな言葉が似合うような天真爛漫で自然の似合う彼女にぴったりの"咲"という名は、呼ぶ度に心が弾む。

学校が夏休みに入り日がな遊ぶようになると、俺は咲に絵のモデルをお願いするようになった。じっとしていられないかという失礼な考えは杞憂に終わり、只々佇む彼女はいつもと打って変わり儚げだった。

日差しの高い日中は屋内で様々な絵を描き、暑さが和らぐと外で駆け回る。そんな日々はひと月以上も続いた。




日に日に大切な存在となる彼女に想いが募り俺は彼女に告白した。


「・・・咲のことが好き。付き合いたい。咲は俺のことどう思う?」


俺の言葉を聞いた彼女は何故か泣きそうだった。そして俺から一歩離れてこう告げた。


「私も大切に思ってるよ。でもそれは恋とは違うと思うの。・・・だから、ごめんなさい。」


俺の人生初の告白は断られてしまった。悲しいとかどうしようとか色々な思いでぐちゃぐちゃだったのは俺のはずなのに、とてもとても泣きそうな顔をしていたのは咲だった。


それからも遊ぶことはあったけど前ほど頻繁ではなく、徐々に彼女を見かけることが減っていった。

断られた後も側に居たくて、気まずくならないように想いを風化させようと心掛けても、彼女の眩しく明るい笑顔が頭から離れなかった。





その日は彼女を見かけなくなって一週間経った頃のこと。病院で働く父さんに弁当を届けるため、暑い日差しの中せっせと足を進めていた。

病院に着くとそのまま父さんを探す。院内はそこまで広くないので数分もすれば直ぐに見つかった。


「父さん、お弁当持ってきたよ。」


「ああごめんね、ありがとう。外は暑かったろう。」


そう言い近くにあったタオルで俺の汗を拭う父さんの背後に見慣れた菜の花色が目に映った。



「・・・咲・・?」




最近見かけなかった彼女は目をまん丸に見開き驚いたように俺の名を呼んだ。


「・・・・・広くん?」



呆然とする俺たちをよそに父さんが声を掛けた。


「おや、二人は知り合いなのかな?もしかして広がよく遊んでもらっていたのは咲ちゃんだったのかい?」


「そうだよ。父さん、咲どこか具合悪いの?また干からびてたの?」


そんな俺の問いに父さんが口を開こうとするより先に咲が声を上げた。


「先生。・・・広くんに話しても良いですか?」


何のことかよく分からなかったが、父さんは意味を理解したようで「咲ちゃんの自由だよ」と優しく頭を撫で、荷物を片付け席を外した。




暫く静かな沈黙が流れ、やがて咲が俺を促す。


「広くん久し振りだね。こっちに来て私のお話し聞いてくれる?」


「うん。」


俺は彼女の座るソファの隣に座り視線を投げかけた。


「私ねあまり長く生きられないの。」


「え?」


「あとちょっとしか生きられないですよーって私が住んでたところのお医者さんに言われてね。お父さんとお母さんが出来るだけ好きな事をして過ごしてねって言ってたから、自然がいっぱいあるところで過ごしたい!ってお願いしてここに来たんだよ。」


「・・・長く生きられないって、どのくらい・・・?」


「この夏で最後。」


「・・・このなつ・・。」


「だからね、最後なら精一杯生きよー!と思って自然の中でやりたいこといっぱいやっちゃった!」


彼女はとても楽しそうに笑っていた。本当に毎日を楽しく過ごしていたんだろう。いつも見かける度元気に走り回っていた彼女は、まさに自分の人生を輝かせていたのだ。


「・・広くんがね、好きっていってくれて嬉しかった。でもこの先一緒に過ごすことは出来ないし、悲しい思いさせちゃうから会わない方がいいと思って。今日は会えて嬉しかったよ!でもここへはもう来ないで、私のことも忘れるの。いい?」


「駄目!!!!」


俺は咄嗟に大きな声で叫んでいた。


「咲の事すっごく好きだもん!後で悲しくなっても、今会えない事も同じくらい悲しいもん!咲がやりたい事、俺も最後まで一緒にやりたい!」


荒い俺の息遣いが聞こえる静寂を打ち消すように、彼女はとても優しく笑って言った。


「じゃあ、広くんが嫌って思うまで私の我儘に付き合ってもらおうかな。」






そうして俺と彼女の短い夏が再スタートした。















そう、これがきっと最後。

ならせめてこの季節と共に逝こう。


暑い日差しに負けないぐらい、温かで優しい想いを胸に抱いて。

















おわり


※読み通しありがとうございました

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