スポーツジムの女神
初めて短編書いてみました。
半年前受けた人間ドックの結果は、メタボとの診断が下された。
いわゆる生活習慣病だ。
別にショックでは無い。
むしろ毎年同じ診断結果なので、慣れっこになっていたのかもしれない。他にも幾つかあまり良くない結果があった。この年齢になるまで体調の事など気にせずに、毎日だらだらと過ごしていたツケだろう。
だらだら過ごしていると言っても、僕は無職でもなければフリーターでもない。れっきとしたサラリーマンだ。
ただ、仕事が終わればパチンコに行ったり、帰宅するなりオンラインゲームを深夜までやったり。週末は会社の同僚と遅くまで飲み明かす。休日ともなればゲーム三昧で、運動をする事などほとんど無い生活を繰り返していた。
そんなだらしない生活を続けていた僕の体が、ある日突然悲鳴を上げたのだ。
腰に激痛が走り、足にも若干痺れが発症していた。
『椎間板ヘルニア』医師がそう診断した。
痛み止めやシップなど処方できる物はしてくれたが、一番大事な事は日頃の運動習慣と食生活の見直しが大事と厳重注意されてしまった。
しばらくは身動きが取れずに自宅療養だった。仕事に復帰するも、幾分支障を来してしまい同僚に迷惑をかける始末。
このままではだめだと思い、僕は一大決心する事に。
通勤途中にあるスポーツジムに通う事を決めたのだ。
正直、迷いはあった。月謝は高いし、嫌にならずに通い続けられるかとか。そもそもこういう所に行った事が無かったため躊躇いが大きかったが。
それでも気持ちを奮い立たせ、足を運ぶ事にしたのだ。
最初はきつかった。ベンチプレスは棒のような物だけでも重いし、ランニングマシンは歩くスピードより若干速い位でばてた。腹筋など10回程度やればもう上がらない(まあこの辺は、腰の痛みが有りあまり無理しないが)。なかなかのポンコツぶりに我ながら笑えなかった。
それでも何日か通っているとその成果は出てきて、徐々に負荷を上げたり回数を増やせたりして、自分が成長していく過程が楽しかった。
スポーツジムにはいつも大勢の人が通っている。皆真剣にトレーニングしていて、ほとんどの人が自分の流れというかルーティーンみたいな感じで黙々と集中してやっていた。
僕もまだ慣れていないのに、周りに合わせようと急いでウェイトをセットしようとした時、金具にはまらず床に落下させてしまった。
「大丈夫ですか?」
僕はその時少し慌てふためいていたようで、たまたま近くに居た女性スタッフが、側まできて心配そうに声を掛けてくれた。
「あ、ええ、大丈夫です」
落下したウェイトは僕の足ギリギリに落ちたので、危うく骨折する所だった。床が少しへこんでしまって女性スタッフに申し訳なく謝った。
「これ位のへこみなら問題ないと思います。後で私から施設長に言っておきますね」
「すみません、気をつけます」
彼女は笑顔で「それじゃ気をつけてくださいね」と言って、足早に何処かのトレーニング機器に向って行ってしまった。
◇◇◇
だいぶトレーニング機器の扱いにも慣れて、自分なりではあるが筋トレのルーティーンが決まってくると、なんだかマンネリ化して飽きてしまう。
ブヨブヨだった体は、なんとなく締りが出来てきたし、ズボンのベルトサイズなんかは2穴くらい短くなった。
最初は面白い位に減った体重も、今はあまり落ちない。痛みが続いていた腰も、今は落ち着いている。
ほぼ毎日通っていたスポーツジムだったが、週二回位行けば良いほうになっていて、以前より大分モチベーションが低くなっていた。
ある大雨の日。何故か今日は仕事も早く片付いてしまい、家に帰ってもこれといって何もすることが無かった。なにもこんな日にと自分でも思っていたが、足が勝手にスポーツジムへ向いていた。
「ああ、お久しぶりですね」
以前僕がウェイトを落とした時に心配してくれた女性スタッフだ。
あれから彼女とは何度か顔を合わせているが、わりと人気のあるスタッフさんなので、普通に利用客が居ると指導コーチとして誰かに張り付いている。なので、軽く挨拶する程度だった。
今日は大雨のせいだろう、殆どお客さんが居なかったようで、彼女はすぐに僕の方に近付いてきた。
「どうも、こんばんは」
「こんにちは」
夕方というのは何とも微妙な時間帯で、各々挨拶が違っていてもそれはそれでオッケーだった。
「鈴木さん、最初よりだいぶ痩せましたよね」
「ええ、結構体重落ちましたから」
「うんうん、だって顔が引き締まりましたよ」
僕は笑顔で返すと、彼女もにっこりと笑った。
今日もスタートはランニングマシンから。
僕はそこへ向いベルトに乗るとスタートボタンを押した。まずは歩行から。
彼女も隣のランニングマシンへ乗ったが、こちらを向き手すりみたいな所へ両肘を乗っけて腕組をした。どうやらここに居座り長話をする気まんまんらしい。
「仕事しないんですか」
「何言ってるんです? 鈴木さんを見張るのが仕事です」
なんだか当たり前なように言って来たので、「はいはい」と適当に返事をしておいた。
「でも、鈴木さん! 最近あまりジムに来ていないでしょ?」
「え、何で知ってるの?」
「だって、ピーク時よりまた顔がふっくらしてますから。お腹だって少し戻って来たんじゃないですか?」
「いや、最近仕事が忙しくなっちゃって」
「うっそ――っ! 絶対嘘」
彼女はジト目で僕をみる。
「大体来なくなる人ってさぁ、そういう言い訳なんだよね。もっと自分に厳しくしないとさ、折角そこまで頑張ってやってきているのに勿体ないと思うのよね」
非常に耳に痛いお言葉である。
「鈴木さんて、どこに勤めているの?」
「ああ、大八精密部品って知ってる? 坪井地区の北の方にある」
「知ってるしってる! あたしの知り合いに居るよ勤めている人。たしか、佐藤さんて五十歳位の製造何かって言ってたかな?」
「製造二課の佐藤さんね。知ってるよ、前ウチの課にもいて、色々教わったから」
「へー。世間て狭いね」
「そうだよね」
彼女はおもむろに僕の使っているマシンの操作盤に手を伸ばした。こちらに身乗り出した彼女の体から、なんともいえない甘い香りが僕の鼻腔を刺激する。
「この位傾斜付けて走ってみてよ、結構効くよ」
傾斜角度二パーセントへ勝手に上げた彼女。悪戯っぽく僕の顔を覗き込む。
仕方なくその角度のまま、いつもの速度まで設定を上げた。
「で、鈴木さんは何処に住んでるの?」
「……今……南町……高須神社の有名な」
「ああ! へぇー。じゃあココって、丁度通勤途中じゃないですか」
「……そう……です」
さすがに走りながらだと、会話はキツイ。で、この角度は地味にしんどかった。
「じゃあ、来れないはず無いですね。ただのサボりです。ここ二十二時までやってるんで」
「…………」
「そうそう鈴木さん。あたしのレッスン出て下さいよ」
このトレーニングジムは広いスタジオもあって、専任スタッフがダンスレッスンとかヨガやボクササイズなんかもスケジュールを組んで行われている。
彼女は何を専門にやっているのだろうか。
「あたしは、水曜日の二十時から筋トレメニューやってますからお願いしますね」
それって一番キツイやつ出と思う。でも気の弱い僕は、
「……わかりました」
即答。別に帰ってもやる事無いから、何かしら強制イベントがあった方が自分的にはいいかも。
「ふふん。約束ですよ」
彼女の上手い営業手口にやられてしまった。そんな彼女に釣られた人って一体どの位いるのだろう。合唱。
まあ、可愛い彼女にレッスンしてもらえるなら何も文句は無い。
がんばろう。
「……えっと」
「ん?」
「もう一つ訊きたい事があって」
「……はい……」
「鈴木さんて……。あっくん……ですよね?」
その呼び方。
昔に呼ばれていた僕のあだ名だった。
思わずマシンの停止ボタンを押して、彼女の顔をじっくりと見る。
彼女は少し頬を染めながら、上目づかいでこちらを見ていた。
すっきりとした小顔に大きな瞳。キュッと締まった体は流石スポーツジムのスタッフさんだ。
汗をかく仕事のせいだろう化粧気は全くないその顔は、昔見たややぽっちゃりした女の子の面影があった。
「……もしかして、ミコちゃん?」
「思い出してくれた」
彼女は満面の笑みで喜んでいた。
「あー。そっかぁー。全然わからなかったよ…………そっかぁ」
このあと僕と彼女は意気投合し、連絡先の交換をした。
先ずはお友達から。当面彼女と会う約束は筋トレからだけど。
「わたしがあっくんをもっとカッコ良くしてあげるからね」
「おてやわらかに」
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