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ある戦記

さようなら、私 -1-


パトラが泣いている。幼子(おさなご)の様に、わんわんと声を上げて。


思わず一歩前に出ようとする私の肩をナノハが掴んだ。


「...駄目」

ナノハの哀しそうな声が私の耳に入る。肩を掴む彼女の手から、彼女の決意が滲んでいるように思えた。


私はいつものようにパトラの傍に寄り添って、哀しみを共有してやらねければと思った。

いつも一緒にいたあの子の背中が、今はこんなにも遠い...



あの子が一人ぼっちでこれからの道のりを超えていけるだろうか。


...そんなの無茶だ。無茶に決まってる。


これまでは私と一緒だったから、何とかなってきたのだ。


人見知りで意気地なしなあの子が他人と話す時、私がいなかったらどうやってコミュニケーションを取るのだろう。


気弱で優しいあの子は、モンスターや盗賊たちでさえ攻撃するのを躊躇ってしまう。私がいなかったら、あの子はきっとモンスター達の餌食になってしまう。


負けず嫌いで甘えたがりなあの子が、無茶なことを周りの人に言い出したとき、私がいなかったら、誰がフォローをすると言うのだ。


私はナノハの方を振り返る。


彼女は項垂(うなだ)れている。彼女の使命を私はちゃんと理解している。今から私がすることがただの我儘だということも嫌というほど理解してる。だけど...


私は肩にかかった彼女の手首をそっと掴んだ。


「...クレオ。やめてよ。そんなことをしたら、私はまた貴女を...」


ナノハは私にではなく、自らの使命を遂行しなければならないことに怯えているようだった。


「分かっているのよ。でも...」


私は彼女の手首を持つ力を強くする。


「やっぱりあの子を一人にしてはおけない。」

「ごめんなさい...ナノハ。いえ...調停者よ。」


私は切り札で用意しておいた待機呪詛の解放術式を発声する。


「クェイタ!」


用意していたのは、"死の沼"。レベル6の高位呪術。


指定範囲内の地面を対象に発動。その上にある森羅万象を5つの状態異常にする。

拘束、遅延、麻痺、混乱、そして即死

調停者たる彼女に即死の状態異常を与えるのはほとんど不可能と言っていいだろう。

だが、まだ未熟な彼女にならば拘束。せめて遅延を与えることが出来れば...


しかし現実は想像は遥かに下回った。

呪術は発動すらしなかったのだ。


「な...なぜ!?」


ナノハは憐れむように、私を見つめていた。


「...あなたの魂は既に現世を離れているの。だから、もう魔術回路を構築できない。...肉体が無いもの。」


「そんな...」


私はその場に膝をついた。


これで、あの子の元へ戻る手段は失われた。


彼女を泣き止ませることは、もう叶わない。


...ああ、可哀そうなパトラ。


「クレオ...貴女に与えられた猶予は無くなりました。本来であれば2年前に失われていた命でしたが、世界の循環に不可欠な貴女という存在をこの世に生かす為、我々は仮の命を吹き込んだのです。そして、今回その役割を全うしたと我々は判断し、貴女を黄泉へと返します。」


ナノハが用意された口上を私に向かって述べている。


私は終わるわけにはいかないのに。


パトラは"お姉ちゃん"と何度も私を呼び続けている。私はあの子の為にもここに残らなければならない。


「私はまだ役目を終えていないわ。ナノハ」


「...いえ、貴女は終えたのよ。クレオ」


「貴女達姉妹は"時の祭壇"にて陰陽の扉を開放した。」

「これは卓越した2人の光と闇の術者が、完全に同等の魔力を捧げることでしか開けない。」

「魔力には固有の波長が存在する為、完全に同等の魔力を捧げるには同じ人間を二人用意する他ない。しかし、それはどう考えても不可能だった。」

「そこで、この到底無理な条件を突破するには、魔力の波長が同一な双子であり、光と闇の卓越した術者同士である貴女達に託すほかなかった。」

「そして見事、我々人類の悲願を達成させたのです。だから、もう...」


「役目が終わったらすぐに捨てるってことね?」


「違う!それにそういう契約で貴女の命を延ばしたのよ。貴女もそれに納得したじゃない。」


「でも、あの子があんなに泣いてるのに。あの子が笑ってないじゃない!」


私の頬に自然と涙が伝った。


「あの子が笑顔でいられるように。ただそれだけを願って、契約を結んだのに。私の願いは叶ってない!」


ナノハは唇を噛んだ。わなわなと体を震わせている。


「猶予はあった!役目を捨てて逃げてしまえばよかったじゃない!のこのこと素直にやって来るんじゃないわよ。」


口調を荒げる彼女は調停者ではない。私の親友。素のナノハ=イルミナスが顔を出した。


「私は来るなって言った!何度も!それなのに何なのよ。どうして来るのよ。どうしてちゃんと役目を果たしに来るの!」


彼女もまた私と同じように、その場に座り込んで、涙を流した。


私はこんなにも優しい女の子を泣かせてしまっている。私はなんて愚かな人間だろうか。


「私だって...何度も逃げようとしたわよ。何度もあの子と二人で調停者の干渉のないところまで...でも、駄目だった。どこまで逃げたって運命の歯車は私をこの場所に誘おうとしてくるのよ。」

「いっそあの子と二人で死んでしまおうとしたこともあるの。でもね、どうしたって上手くいかないのよ。何をしても定められた道を進むように世界が私たちをコントロールしてくるんだもの...」


私はこれまでに行ってきた運命への抵抗を思い返し、虚しさを噛みしめていた。


「そうか...仮の器に与えられた"祝福の印"...あれは、調停の従者達を過酷な運命に縛る"呪いの印"という訳ね」


ナノハは何かに気づいたのか、独り言を呟いていた。


やがて彼女は立ち上がり、私を見つめた。


その表情はさっきまでの彼女ではなく、覚悟をその瞳の奥に宿しているようだった。


「私が未熟であるが故に、叶わない希望を持たせ、苦しめてしまったことを...まずは謝罪します。」

「ですが、貴女を現世に帰すことはできません。既に現世に魂を持たない貴女を仮の肉体の中に縛り続けるには莫大な魔力と技術が必要です。しかし、これを行う手段は私にはないからです。」

「私に出来るのは、貴女の魂を安全に黄泉に送り届けるだけです。」


「だけど...」


そう言うと、彼女は私の前に膝をつき、項垂れる私の肩を掴んだ。


彼女は優しく微笑んだ。


「最後のお別れくらい言わせてあげるわ。だって私も調停者である前に人間なんだから。お別れも言えないで旅立ってしまうのは悲しすぎるものね。」


それはきっと調停者として、決してやってはいけないことをするのだろうと、私はすぐに予測がついた。


けれど私はその彼女の優しさに縋るほかない。


だってパトラが泣いてるんだもの。


私はコクリを首を縦に振った。







さようなら、私 -1-  -終-

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