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どうぞ蔑んでください  作者: 渚シエロ
3/6

ゴーギャン

4


昨日の電話は成功だった。初めての成功だ。あの女の間抜けな声。今思い出しても笑える。

「誰?」誰だろうな。俺も昔はよく考えた。自分が誰か、どっから来たのか、どこへ行くのか、なんてことを。あんたらはゴーギャンって画家を知ってるか?あいつもそんなような命題の絵を描いてる。一度見てみるといいよ、本物をな。ネットなんかに載ってるのじゃダメだ。あんなのはただの記号でしかない。本物のゴーギャンは命なんだ、そう命。生きてるんだよ。生きてるものも記号だなんだって言う奴はクソして寝ろ。もう少しはましな人間になれ、俺みたいにな。何故俺があんないたずら電話(俺は愛の電話と呼びたい、俺は本気なんだ)をしたかっていうと、まああいつが自惚れのクソ人間だからだ。だってそうだろ?頭は悪いし、自分を美しい少女かなんかだと勘違いしてやがる。結局は同じなんだ、あいつがいつも馬鹿にしているクラスメイトとやらとな。親の手伝いもろくにしないで、全てが自分の手柄だってような甘ったれた考えで、毎日のうのうと生きている。コーヒーだなんだ音楽だなんだ幸福だなんだってな。要するに現実から目を背けているわけだ。そういや夢の世界が自分の居場所なの♡なんて事まで言ってたな。バカ言え、お前は正真正銘、この世界の人間だ。本当の居場所なんてものはない。それが全てだよ、分かるかいお嬢さん。



5


私はリビングで朝食を食べながら、昨日の電話のことを思い出していた。着信履歴は母親の番号しか残っていないし、番号を警察にたたき出すなんてことも物理的に不可能だ。ましてや話したところで、あんなこと、信じてもらえないだろう。忘れるしか無いのだろうか。もう一度あの言葉を心の中で復唱してみた。


「お前は汚くて醜い。悪い、悪い子だ。」

「自分の醜さがお前には分からないのか?」

「今に分かる。」


醜さやなんだかんだはもう考えないことにして、今に分かる、ってどういうこと?私が何か罰を受ける運命になっている、ということだとしたらそれは大問題だ。もしそうだとしても、その罰はどんなかたちをして私にふりかかってくるのか。私は昔から、叱られたり、誰かから注意されたりなんてことは大嫌いだったし、叱られるようなこともしたことはない。だから、要するに、罰に慣れていないのだ。良い子でやってきたのだ。それなりに上手くやってきた。心の中で毒を吐くようなことはあっても、それを表に出すようなことは絶対にしなかった。人を傷つけることを恐れていた。傷はどうやっても癒えないことを知っていたから。衝突は死を意味する。それなりに上手くやってきたはずだ、そう上手くやって…。


ぷるるるる ぷるるるる ぷるるるる


身体がビクッと、まるで急に後ろから誰かに覆い被さられたかのように反応した。電話だ。


「はい、もしもし」

私は震える手を抑えながら、その電話に出た。

「俺だ。覚えているだろう。」

あの男だ。私は自分の中にある正義を精一杯かき集めて、男に戦いを挑んだ。

「ねぇ、どこから私の電話番号盗んだの?いたずらもいい加減にして。今すぐに警察呼びますよ。」

「呼びたきゃあ、呼べ、じゃじゃ馬お嬢ちゃん。俺は捕まらないがな、人間ではないから。まあ、でも、あんたにまだ、俺に対して、隠しておいた牙を剥く元気などというものがあって俺は安心している。あんたは醜くて、きったねぇ女だが、運には恵れているな。星回りに感謝しろ。だが、まあ、昨日言ったとおりってわけだ。"今"はもうすぐそこだよ。今に分かる。今に分かるよ。お前は、歳を1つ1つとる度に、分からないことが増えていくなんて感じる種類の人間か?知識が増えれば、その分疑問も増えてく気がするか?恋愛ってほんと分かんない、とかなんとかお前もため息まじりにカフェでぼやく時がくるって思っているんだろう。それかもうお前は経験済みか?お前はくだらないものな。だがなあ本当は違うんだ。"分かってしまったこと"が増えてくんだよ。それって結構恐ろしいことだと俺は思うね。なにせ、」

「あの、ちょっといいですか。人間じゃないとかなんとか、色々でたらめなこと言うのは今すぐにやめてください。分かる、分からない、とかの話も本当にどうでもいいですし、とにかく、あなたの目的は何なの?私をいじめて、自分の中にある欲求とか好奇心とかを満たそうとかなんとか、そういう魂胆?私そういうの大嫌いです。品が無くて、自分勝手で、気持ちが悪い。」

「お前の悪いところがまたでている。お前は他人の言うことを信じない。だろ?もう少し謙虚になって、他人から何かを学んで吸収しようなどとは思わないのか。」

「質問の答えになってない。」


電話が切れた。朝から無意味な口論を、しかもどこの誰かも分からない男とするなんてことは初めてのことだ。まだ私は18にもならない歳だから、そんなのは当たり前のことだけれど、まったく良い気分になるようなことではない。それにしてもまた電話をかけてくるようなら、何か対策を考えなければならない、と思った。私はある1つの顔が頭に浮かぶのを感じた。あいつだ、あいつなら何か良い方法を考えてくれるかもしれない。

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