負けるは勝ちだがややこしい
「なんで女になってんだよ…………」
俺は股間に長年共に戦い抜いてきた、今は無き相棒に思いを馳せる。
まぁ、一度も使われてはいないんだけれど。むしろずっと鞘に収められていた。
鞘の意味は深く考えて欲しい。いや、やっぱり考えないで欲しい。
ともあれ、僕は二度目の人生を迎えることが出来たのだ。女って言うのも案外悪くないのかも知れない。
見た目もかなり可愛いし。
きらめく金髪はナチュラルブロンドのようで、陽光に透けるとツヤツヤと美しくきらめく。瞳は青空のように深く澄み渡っており、肌も陶磁器のように白く輝く。
絶世の美少女と言っても差し支えなさそうだ。
「とりあえずは街にでも行くかなぁ」
顎に人差し指を突いて思案する。
今日から僕のレディースライフの始まりなのだ。それなりに女の子っぽい仕草はしておくべきだろう。
中身が男だから付き合うとかは無理だけど。女の子なら全然オーケー。
なにこの百合小説。
そんな自分に興奮──じゃなくて萎縮しつつ、待ちへの道を歩いて行く。
町並みは洋風な感じでレンガ町の建物が並び立ち、人通りの多い大きな道では野菜や果物、魚なんかが威勢の良い声と共に売られていた。
食材には困ることは無さそうだ。金無いけど。
おい、エリス。どーすんだこれ。
「とりあえず何か何かーっと…………お?」
きょろきょろと辺りを見回していると、一際大きな人だかりを見つけた。
屈強な男共が所狭しと喚き、騒ぎ、歓声を上げている。
「何してるんだろ?」
のぞき込んでみると、そこでは屈強な男達による腕相撲が行われていた。
誰もがゴッツい腕を組み、合図と共に勝負する。
その様子を観戦していると、1人の男に声を掛けられた。
「ようお嬢ちゃん。あんた強そうだしよ、やってくかい?」
「いやいやいや!ぼく──私こういうの弱いので!やめときます!」
こんな華奢な身体であんなオークみたいな男共に勝てるわけねぇだろ。目腐ってるのか?
あとさっきから太ももばっかみるのやめろ。切り落とすぞ。
「いやぁー、見るからにって感じだな。よし、俺とやるか!」
「いや、だから……!」
話きかんかいぃぃ!!
結局は嫌々、不承不承にリングに立つ僕がいた。
もうここまでくればヤケクソである。内股になって可愛い声出すまである。
もはや男としての僕は三分の一ほど死んでいた。
「それじゃあ始めるぞ……」
レフェリーの合図にゴクリと息を吞む。
こうなったら全力で腕を倒して負けるしか無い。そんで早く帰ろう。寝よう。
ため息を一つつくと、レフェリーが息を吸う。
「…………はじめっ!」
その瞬間、僕は全力で腕を倒す。わざと負けるように、だ。
だが、異変は突如として起きた。
「サァッ!!」
「うひぇっ………?」
卓球少女ばりのかけ声と共に腕を倒した僕だったが、確かに僕の手の甲は机に着いている。負けているのは確実だろう。
だが、異変はそこじゃ無かった。
男の身体が、宙を舞っていたのだ。
「「…………oh」」
感嘆の声を上げる野郎共。
そして──。
「「うぉぉぉぉおっ!!!!」」
拍手喝采の嵐へと変わった。
「いやぁ~……あはは…………」
ぽりぽりと首を搔いていると、やけに恥ずかしくなってくる。
そりゃそーだ。現実の世界じゃこんなに褒められることも無かったし。正直言えば、やっぱり嬉しい。
「やっぱりあんた強いな!」
先ほど宙を舞った男が声を掛けてきた。
それにしても、負けたのに強いってどういうことなんだろう。
「あのー……私負けましたよね?」
もはや私を使うのにも慣れてきた。
「あぁん?あんたの勝ちだぜ?」
「…………え?いやいやいや、だって……」
「あんた、どっから来たんだ?」
ぎくっと身体が固まる。
ここで異世界から来ました♡なんて言ってしまえば言及は必至!!
それだけは避けねば。
「あぁ~…………ちょっと……ね?あはは…………」
いや、しかたねーじゃん。笑って誤魔化すしかねぇよ。
だが男達も遭わせるように歪んだ笑みを浮かべる。
おーおー、引きつってる引きつってる。
「ま、まぁ……なんだ。よそ者なら教えてやろう。この世界の理は『負けるが勝ち』だ」
「………………はぁ?」
いっけね、素が出ちゃった……てへぺろっ♡
「あー……は、はぁ……あはは」
「は、はは…………でな?とにかく、この世界じゃ負ければ勝ちなんだよ。敗者は肯定され、勝者は否定される。そーゆーとこだ」
「ふむぅ…………」
つまり、負ければ勝ちで、勝てば負ける、と。
なんだそりゃ。
さっきの腕相撲は負けたから僕の勝ちで…………めんどくせぇなぁ……。
「まぁ、わかったわ。ありがとう!それじゃ!」
「ちょっと待ちなよお嬢ちゃん!!忘れもん!」
「え?忘れ物とかしたっけ?」
何も持ってきてないぞ?忘れ物と言っても……。
振り返ると、男共が金貨やら銀貨やら紙幣やらを集めて分配している。どうやら僕らの勝負に賭け事をしていたらしい。
「ほれ、お嬢ちゃんの取り分だ」
そう言って渡されたのは重みだけでもかなりの額だと思われる巾着袋だった。
「あの……これは……」
「お嬢ちゃんの取り分だ。受け取ってくれ。また来いよな!」
手を振って送り出してくれる屈強な野郎共に、僕も多少取り繕った笑みで可愛らしく挨拶をすると、その場をあとにした。
「あそこはカモだな…………」
とりあえずお金、ゲットだぜ!