プロローグ
僕・影野真守がこの世界を後にしたのは、中学卒業を間近に控えた3月のある日ことだった。
田舎道に転がる1人の男子中学生の身体と、そのすぐそばに停止した軽トラック。
運悪く頭を打ってしまった、とある男子中学生は、1人のおじさんに看取られるという形でこの世を去ってしまった。
──というか、それが僕だった。
次第に遠ざかっていく野太いおじさんボイスをBGMに、僕は暗闇の中へと落ちていく。
思えば負けてばかりの人生だった。
学校では蔑まれ、家では家族にののしられる。味方と言えるのは好きだったゲームやマンガやラノベだけ。
というか、味方というより心のよりどころだった。
とにかく負けっ放しの人生だったな……。
諦めるように、目を閉じる。
しかし、感覚的に言えば、ほんの一瞬。
真っ白な空間。
精神と時の部屋みたいな空間で、可愛らしい女の子の声をBGMに身体を揺さぶられて目を覚ます男子中学生が、そこにはいた。
──そしてこれも、僕だった。
「…………起きて………………起きてっ!」
ガクンガクン身体を揺さぶられて、慌ただしく目を覚ます。
「んん~……あぁ、お母さん……まだ起きるには早いよ、ぐぅ……」
「誰がお母さんですかっ!早く起きてください、影野真守さん!」
先ほどと同じように、可愛い声と小さな手が僕の身体を揺さぶり続ける。
確かに、さっきから違和感はある。
まず僕のお母さんはこんなに可愛い声じゃないし、僕を起こすときは「はよ起きない」と一声かけて終わりだ。
ここまでしつこく起こしたりはしない。むしろ見放されてるまである。
それに僕は軽トラックに──。
ということはだ。
これは……つまり…………。
「…………はぁっ!!」
「わひゃぁっ!!」
ガバッと身体を起こすと、すぐそばで僕の身体を揺さぶっていた少女が身をのけぞらせて腰を抜かす。
えーっと……誰君?ってそんなことより!!
周囲を見渡して、僕は一言。
「どこだ……ここ………………」
「ようやく目を覚ましてくれましたか……ふぅっ」
わざとらしく額をぬぐう少女。いや、汗搔いてねーだろ。
目を覚ましてみて、今自分の置かれた現状に気付く。
「ここは……僕は…………死んだんですか?」
「ええ、死にましたね」
さらっと言う少女は白衣の裾からタブレットのような物を取り出すとシャシャーっと画面に指を滑らせている。
あぁ、文明って素敵!iP○dがあるあたり僕はまだ死んでいないみたいだ。
たぶんこれはドッキリ?かなんかだろう。ちょっとビビらせて僕がびっくりしたところで、パンパカパーン!ドッキリでした~、みたいな。
なわけあるか。
目の前に佇む少女は見た目こそ現実離れして美しいが、それ以外も現実離れしている。
天使のような白衣、天使のような羽、天使のような可愛さ。
oh……これがエンジェルクオリティ……!
「私の名前はエリスと申します。さて、時間も限られていますのでそろそろ説明させていただきます」
「あ、はい。お願いします」
正座して話を聞く僕に、エリスと名乗るエンジェル少女は死後の説明を始めた。
僕は軽トラックに撥ねられて死んだこと。
これから別の世界に飛ばされること。
何か一つ好きなお願いを出来ること。
まぁ、簡単に言えば異世界サービスというヤツだった。
「さて、それでは影野真守さん。何か要求はありますか?」
「えーっとですねー……」
いきなりお願いを求められても困る。
こちとら引きこもりがちだった上にまともに人と話すことは久しぶりなんだぞ。
女の子と話すのは数年ぶりですらある。
影野くんちょっと困っちゃう!
とはいえ待たせるのも悪いので僕は早速お願いを申し出た。
「あー……スキルとかどうでもいいんで、らくーに過ごせたらそれでいいかなーっと」
「らくーに、といいますと?」
少なからず僕の真似をして小悪魔的な笑みをみせるエリス。
なんだ、可愛いなこの野郎。惚れちゃうだろうが。
笑顔が眩しすぎて勝手に惚れちゃうレベル。そんでもって勝手にフラれるレベル。
やだなにこのチートスキル。
「そうだなぁ……まぁ、適当なところでいいや。働かなくてもいいし、バトルも基本無し。そんなとこかな」
「怠惰ですねえ…………」
おい、どこの怠惰担当だよ。何ギウスだよ。怒られるぞ。
まぁ、怠惰でもなんでもいい。僕の夢『専業主夫』だから。
ニート万歳!引きこもり万歳!無職万歳!
僕が心の中で万歳三唱していると、エリスがタブレットの画面をスライドしていく。
だからなんなのそれ。俺も欲しい。充電とかどーすんだろ。
ケツの穴にでもぶちこみゃ出来るかな?アホか。
アホなこと考えているうちにエリスが「おおっ」と声を上げた。
「影野真守さんの提示した条件に当てはまる世界がヒットしました!良かったですね!」
「あ、あぁ……良かったですね」
「それじゃあ飛ばしますんで、そこに立ってください」
そう言われ数歩、歩く僕にエリスは笑みを浮かべて掌をかざした。
僕もその笑みに応えるように、苦手な笑みを浮かべる。
「それでは、よい人生を」
「うん、ありがと」
そして僕の身体は光に包まれて、消えた。
× × ×
目を覚ますと、そこは小高い丘の上だった。
「おぉ……マジだ」
眼下に広がるのはキレイな草原と、その先に見える街へと続くのだろうか、1本の道。
そして振り返れば一戸建ての一軒家がひっそりと佇んでいた。
人里から少し離れていて、家もある。家のすぐそばには小川も通ってるしそれなりに景色も良い。
なにこの優良物件。エリスさん良い仕事するじゃないっすか!
「さぁーて、どーすっかなぁー」
初めての第二の人生!いやまぁ当たり前なんだけども。
ともあれ、僕はこうして第二の人生を迎えたわけだし?それなりにエンジョイしたいわけよ。
僕はさっそく家のドアを開けて中に入る。鍵はドア裏のフックにかけられていてなかなか使い勝手が良い。
「家の中どんなだろ…………」
まず気になったのは室内の間取り。見た感じ2階建てだし部屋数も多そう。
てくてくと屋内を歩いて行く。リビング、寝室、トイレ、和室っぽい部屋。何でもござれだった。
「…………やりますねぇ」
これだけ充実してれば困ることは無さそうだ。キッチンも広いし、トイレも何故か現代の洋式便所。
ウォシュレットが装備されているのは最強チートだと思いました。
こうして屋内を歩いているとリビングに1枚の紙が置いてあったのに気付く。
けどまぁ、ただの注意書きだろうと思って華麗なるスルー。
廊下を歩いていると突き当たりに風呂場があった。
「でけぇ……」
いやなにこの広さ。銭湯かよってくらい広い。ただただ広い。
完全に無駄なキャパシティだった。
そしてぽつんと置いてあった姿見を前に、僕は立ち尽くす。
無言で、唖然と、立ち尽くす。
「……………………………………………………!」
感覚的に言えば一分くらいだろうか。
立ち尽くしていた僕はリビングへと。詳しく言えばリビングに置いてあった1枚の置き手紙へと、走った。
「はぁっ……はぁっ……………はぁ~~……」
荒い息を整えて、置き手紙へと恐る恐る手を伸ばす。
『影野真守さんへ
この度はご不幸に遭われましたこと──以下略』
とりあえず、置き手紙を一通り読んでからもう一度、風呂場へと向かう。
そして姿見を前に、僕は一言呟いた。
「なんで女になってんだよ…………」
僕っ子美少女、ここに爆誕!!
…………笑えねぇよ。