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3話 オーバースリープ

轟音と共に玉座が爆散する。瓦礫の中から跳躍した白い影は空中へと退避し、十数メートルほどの高さで停止した。



「うわー、短気だなぁ青年。いきなり【紅炎(プロミネンス)】なんて放つものじゃないよ?」



「仕留めると言ったぞ、俺は」



頰に添えられた石化術式を起動される前に相手の手首を掴み古式魔術【制約解除(ディゾルブ)】で魔法陣ごと解体。間髪入れず火属性対単体殲滅級魔術「三対六翼」の一翼【紅炎(プロミネンス)】を放つがトレミーは回避。しかし避けられるのが分かっていたかのようにニクスは次の行動に出る。



「ーーー解錠」



ニクスが腕を肩の高さまで上げ、さらに両掌を開くと何もない空間が捻れ、歪な穴が開く。魔力を込めると同時に空間の歪みから武器が出現する。右手には金の装飾が施された漆黒の弓、左手には同様の装飾が施された漆黒の手袋がはめられている。




「……出したね。M3W:インドラ。よもや古神の名を冠するとは些か傲慢な気がするんだけどーーーその名に劣らぬ力はあるかい?」



「身を以て吟味したらどうだ?幾千幾万と撃ってやるから」



ニクスが両手に魔力を集中させると弓と手袋の装飾に魔力光が灯る。弦を引くと左手の魔力光から漏れ出る粒子が矢を構成、さらに弓の魔力光が前方に小・中・大の魔法陣を重なるように展開する。



倍化術式(ダブル)か…そんなもので」



「ーーー古式弓魔術」



ニクスが呟くと同時に魔法陣が回転を始める。徐々に速さを帯びる手前の小の陣…右回転。



「ーーー散照倍華(サンショウバイカ)…」



間の中の陣は左回転。それを見た瞬間にトレミーは青ざめ、回避の選択肢を消す。これはまずいと言わんばかりに結界陣を展開し、80層ほどの見た目にも頑強そうな多重障壁を一瞬で構成した後も幾重に層を重ねていく。



「…【彼岸花(ヒガンバナ)】」



奥の大魔法陣が右に高速回転すると全ての陣が同様に高速となる。それと同時にニクスがトレミーへ矢を放つと魔法陣に飲み込まれた矢が次々に増えていく。全ての魔法陣をくぐり抜け、トレミーへと向かう矢の数実に百万。



「言葉通りってわけかい!?」



自身を何百層もの結界で覆ったがニクスが放つ弩砲の如き幾万の矢により悉くがガラス細工のように崩壊していく。トレミーは結界越しに伝わる衝撃に顔をしかめていた。



「何てセンスだよ…。中陣を逆回転させることで位相をずらし倍化術式(ダブル)をわざと狂わせて拡散属性を付与、回転速度を上げることで増加術式(インクリース)にする。で、大魔法陣は既存の千倍化式だから強制的に百万の矢が出来上がるって寸法か。大魔法陣3つよりも射出に負担が無くなる上に最大火力はバカみたいに上がる…ご丁寧に矢には追尾術式(ホーミング)まで張って」



「お前への手向けの花だ」


「いいや、いらないねこんな徒花!!」




トレミーの魔力が跳ね上がる。ニクスは今だ放たれ続ける彼岸花の弾幕越しに、凶悪な笑みを浮かべるトレミーを捉えた。嫌な予感がしたニクスはすぐさま魔法陣を収束させる。




ーーー結界はほぼ破った。何本かは刺さっててもいいと思うが…あの様子を見る限りその可能性は低いな。さて次はどう出る?




ニクスは思考と手を止めることなく次の策を打つ。右手に魔力を込めると漆黒の弓は鎖へと変貌した。一定間隔に十五センチ程度の金色の円錘が付いた長大な黒鎖。ニクスが右腕を横薙ぎに振ると魔力で浮遊し、自信を囲むように無造作に漂わせた。



直後、大小様々な規模の魔法陣にニクスは包囲される。即座に補助魔術【術式分析(ディセクション)】を発動するニクス。




ーーーちっ。認識阻害レコグニションジャマー済みか……属性が読めん。唯一分かるのは法円帯の型に誘発付与(インデュース)が組み込まれていることくらい。属性が何であれ周囲にこれだけ術式をばら撒かれたのなら今俺は可視状態の地雷原に立っているに等しい……発動時間まで残り七.二秒…ならばーーー




ニクスは黒鎖の片端に垂れる錘を足元に突き刺す。すると鎖は意志を持つ蛇が這い上がるように身体の周囲を取り巻いた。無数にある錘の幾つかが鈍く輝く。それを確認しつつ、何かを囁くトレミーの唇を読んだ。




「遅いよ、青年…か。それは早計だろう、白いの」




七.二秒経過ーーー渦を巻きながら無数の水の激流がニクスに襲いかかる。トレミーが放ったのは水属性対単体殲滅級魔術「海神の六槍」の一振り。


「【遍く全てを屠る槍(ティタノマキア)】」


近づいてくるほどに先端は尖り、螺旋を描く“それ”はまるで殺意に塗れた大槍だった。先程撃たれた百万の矢に勝るとも劣らない威力で今まさにニクスを貫かんと猛威を奮う。




すると、黒鎖に付く全ての錘が発光する。鎖はまるで球体を作るかのようにニクスの周囲を一瞬で覆い激しく動き回り、錘は遠心力で外側を向く。全ての錘に魔術式が付与され、球体型の魔法陣…魔法球陣が完成。


勢いの衰えぬままニクスへと向かう水槍。しかし球陣に触れるとその凄まじい威力を殺さぬままに飲み込まれていく。次々と吸収されていく自身の魔術に困惑の表情を浮かべるトレミーはすぐさま目の前の事態を解析しようと思考を巡らせる。



属性も分からないまま何故ピンポイントで吸収術式(アブソープション)なんて撃てる!あらかじめボクを水属性と見ていた!?違う、ボクの属性が読めるはずはないし読むような動作も無かった!後の先を取ったのか…いや、これはーーー!!



「【水器の綉球花(ハイドランジア)】…」





ニクスが呟くと鎖は解き放たれ、吸収した激流が群生する紫陽花のように宙を舞う。




「インドラに仕込んである受動反撃術式(カウンタースペル)だ。黒鎖形態を使うのはお前で2度目か…褒めてやるよ」


「やっぱりか…いやはや、お褒めに預かり光栄だよ青年。【遍く全てを屠る槍(ティタノマキア)】が呑まれるのは予想外だったから……ちょっとムカついた」






反撃へと移行しようとした矢先に背後を取られたニクスの横顔を突風が急襲する。間一髪で回避した背後からのそれは、禍々しい形の長槍による凄まじい速度の刺突だった。




「ちっ…起きたか…」


「あぁ、まだ半分だけどね」






距離を置き、トレミーを正面に見据えるニクス。小柄な身体に見合わないサイズの赤黒い槍を携えたトレミーはニクスに対し槍を構えるでもなく、ただニクスを見ていた…








…魔力光が漏れでる紫色の片目で。






「ずいぶん寝起きが悪いんだな?」


「君の起こし方に問題があると思うけど?」


「優しすぎたか?」




余裕である様を見せながら問うニクスだが、実際は得体の知れない悪寒に包まれている。三の凶禍(アジ・ダハーカ)など比にならないほどの凶暴な存在が今自身の目の前にいることに肌が粟立つ。




「そうだねぇ。ま、ボクの寝起きの悪さは一級品だから」


「…狂ったように眠るんだな」


「あはは、いいね、それ。じゃあ狂眠(オーバースリープ)とでも名付けようか。で…」




一瞬で眼前まで距離を詰める白い影に反応できないニクス。




「ボクを狂眠(オーバースリープ)から半分でも起こした落とし前はどう清算するんだ青年?いや…ニクス・レギオライト?」


「…!!」




首筋に鋭い槍の刃先が当たっている。睨めあげるように自分を紫色の眼が見ている。






ーーーー動けない。




今、口以外を動かせば恐らくこの刃は何の躊躇いもなくこの首を狩るだろう。下手をすれば口ですら…




「と、まぁこんなところでいいかな」


「…?」


「いやはや、楽しかったよ青年。こんなに早く眼を使わされたのも武器を手にしたのも何百年ぶりだろうねぇ。あぁ、楽しかった、本当に」


「……は?」


「別にキミと戦いたくてこの場所に連れ込んだワケじゃないんだよ?ちょこーっと力を測りたい気持ちは確かにあったさ…ただあまりにもキミが短気だからさ、ついボクもねー」




一歩後ろへと下がるトレミー。ふと首筋の感触に気をやると、いつの間にか刃先ではなく石突き側を首に当てがわれている。




「仕掛けてきたのはそっちだろう」


「いいや、そもそもキミがキミの時代でボクにちょっかいかけるから悪い」






まるで友のように微笑みながら話しかけてくる相手にニクスはぐうの音も出ない。まだ片目を開いたままの目の前の存在を見れば、なんとも少年とも少女とも言い難い整った顔をしている。小柄な容姿も相まって、まるで構って欲しい子供を相手にしている気になってきた。






「はぁ……。で?お前は俺に何の用があるんだ?」


「いや、特に何も?」




その時トレミーは、上から呪詛の如く降り注ぐ視線を察知した。恐る恐る上目遣いで上を見るとまるで光の無い瞳で自分を呪ってやらねばとジト目で見つめるニクスがいる。








「嘘!ウソウソ!ちゃんとあるから!!だからその視線やめてぇぇぇーー!!!」




たった二人の戦闘で荒廃の極致にまで達した荒野に、トレミーの悲痛な叫びが木霊した。




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