試案7
伊織は現在追い詰められていた。場所は遠い昔は賑やかな商店街であったことをうかがわせる廃墟。二体の警備ロボット(バグ)によって路地裏に追い込まれていた。手には警備ロボットなど瞬殺できる最強の武器である和鏡がしっかりと抱えられているが、警備ロボット八体を葬った今までの戦闘のせいで、体のほうは限界だった。膝が笑い、足裏はしきりに痛みを訴えかけてくる。正直に言って、ピンチだった。最強の武器を手にしているいが体力的に限界を迎えた少女と、手にしているのは一般的な銃火器だが疲れ知らずのロボットが対峙しているのだ。長引けば長引くほどに、伊織の生存確率は低くなっていく。
意を決した伊織は、路地から恐る恐る顔を出してみる。
出した瞬間にひっこめた。
居た! 警備ロボットだ。アサルトライフルを手にしたロボットが二体、ちょうど伊織のいるところに向かって歩いて来ていた。彼らは伊織を確認するが早いか、機械ならではの正確無比かつ無駄のない動きで、抱えていた銃を撃った。ついさっき伊織が頭を出したあたりの建物の壁が粉々に粉砕される。
これまでに何度も経験した弾雨を前にして、伊織はもう悲鳴を上げることはなかった。さりとて恐怖心がなくなったわけでもなければ、死の恐怖を克服した訳でもない。そんなことをするよりも先に体が動いてしまったというだけの話だった。そんな自分にうんざりしつつ、伊織は古代の銅鏡ほどの大きさの鏡をお腹のあたりでしっかりと固定して、敵が弾倉を交換するために生まれた弾雨の晴れ間に路地から飛び出した。
お腹の鏡に映る景色は、朽ちかけのコンクリートから草生した通り、銃弾とそれを発射しまくる一体のロボットと、徐々に変わっていく。その変化事態は自然なことなのだが、それ以外に、不自然なことが一つ、伊織の目の前で起きていた。
伊織の鏡が銃弾を映し出した瞬間に、鏡の表面から色とりどりの宝石があふれ出し、伊織の足元に落下していったのだ。その数は、十や二十では収まらない。合計で五十八個。実にマガジン二本分であり、アサルトライフル二丁分であると同時に、警備ロボットが発射した弾丸と同じ数だった。
だがそれ以上に不自然なことに、伊織を醜い肉片に変えてしまうはずだった銃弾の群れは、伊織が鏡を使ったとたんに勢いを失い、その場で静止して地面に落ちてしまったのだ。一瞬、警備ロボットがたじろいだように見えた。それはおそらく、弾丸が不自然な動きをしたからではなく、これまでの戦闘で、次に伊織の心臓が一度鼓動するよりも短い時間の間に自分がどんな運命をたどることになるのかを知っているからだ。
一瞬の動揺を隠すように、大慌てで鏡の視角から外れようとするロボット。いくらロボットでも光より早く動ける訳はないのだから、それが無駄な事は火を見るよりも明らかだが、彼のその動きを無駄なものと断じてしまうのは酷だろう。特に、伊織と一度でも戦ったことのある者からすれば、それは致し方のないことだ。
何しろ、鏡に映っているのがロボットだけになった瞬間に、銃弾の時と同じように鏡から宝石――今度のは先ほどまでより少し大きめだ――が出現し、代わりにロボットは動かなくなってしまったのだから。伊織はロボットが地面に倒れるよりも早く、その宝石を空中でとらえると、足で木っ端みじんに砕いてしまった。これでもう、あのロボットが復活することは絶対にない。
硫黄の焼ける匂いが伊織の鼻になんの前触れもなく届いた。そういえばロボットは二体いたんだったとか、ライフルは一人一丁じゃなかったっけとか、伊織が思い出すよりも早くその腕は動いていた。こちらに向かって飛んでくる手榴弾に向かって鏡を向ける。その正確な攻撃により、手榴弾は完全に無力化されて地面に落ちた。鉄がアスファルトの上を転がる乾いた音が響くが、手榴弾は一向に爆発する気配がない。驚くことに、導火線を伝う火でさえも、伊織の前では生命を失っていた。それどころか、いつの間にか伊織の後ろに回り込んでいたロボットもまた、手榴弾と同じ運命をたどっていた。




