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試案5

 その古刀を握った瞬間、目の前に少女が現れた。歳は一二、三歳。歳の割には起伏に乏しい体を包むのは、紅い小札を黒い糸で威した、いかにも古風な鎧だ。そのあまりにも非常識な事態に俺が声を上げるよりも早く、少女は胸をそらして言った。

「我を眠りから呼び覚ましたのは貴様か、小僧? 我が名は愛新覚羅溥儀である。さあ、喜びに打ち震えよ、小童。我は世界の覇者なり。その我とこうして会話できるのであるからな」

「……」

「……」

 それはそれは、長い沈黙だった。相手は俺が反応しないせいで二の句が継げないし、俺は俺で突っ込みどころ満載のあいさつにどう返していいものかわからなかった。ただ、一言だけ言わせてもらえば、

「いや、お前絶対に愛新覚羅溥儀さんじゃないよね? それ満州国皇帝の蒔苗だよね? 何パクってんの? ていうか、パクるにしてももうちょっといい名前あったでしょ? 溥儀って(笑)。今時の若い子、知らないよそんな名前」

 一言と言いつつ結構しゃべってしまったが、我ながら相手の精神を抉るいい仕事をしたと思う。思うのだが、こいつは一体誰だ? というか、なんだ? 刀を握った瞬間に何もいなかった空間に少女が現れるなんて、尋常なことじゃないだろう。これがヒロイン1の言っていたシードってやつなのか? いや、いくら何でもそれはないだろう。あいつの話だと、シードっていうのはもっと威厳漂うもののはずだ。それなのに、今俺の目の前に居るのはどう見てもただの小娘。一人が一生に一人しか出会えない特別な精霊なわけが……

「う、うるさ~い!」

 そこで少女が、ようやくしゃべった。しゃべったというより、叫んだ。そしてそのついでに、俺がせっかく自分に対してしていた言い訳を、粉々に打ち砕いてくれた。

「ああ、そうだよ! あたしの名前は菊花ですよ! 決して大陸生まれハワイ死亡の皇帝陛下と同じ名前なんかじゃありませんよーだ! ていうか、奈良刀の系譜に連なる由緒正しいあたしを起こせる人間がいると思ったら、なんでこんなクソガキなのよ! あーもう! 運命だか神様だか知らないけど、あたしをこんな目に合わせたやつ、絶対に切腹させてやるんだから! どうしてよ! 白馬に乗った王子様ぐらい届けてくれたって……」

 これ、まだ付き合わなくちゃだめ? いいよね? もう五行分も付き合ったし。てか、叫びたいのはこっちだし。なんでかって? 刀がシードでうれしくないのかって? そりゃあ、うれしいよ。少しはテンション上がるよ? 鎧を着た少女とか、ロマンだよね? でも、目の前にいるの、これだよ? 初対面の人間に向かって皇帝の名前を騙っちゃう痛い娘。絶対にかかわっちゃダメな娘だって。さっさと進路指導室なり心療内科なり連れて行かないとやばいって。

それに、こいつ奈良刀とかのたまいやがったけど、それ要はお土産物として大量生産された鈍ら刀のことだからね? 修学旅行生がお土産に木刀買ってくのと同じ感覚で農民が買っていったお土産品だからね? 出自と性格が完全に一致してんじゃねえぇか!

「畜生め!」

 気づけば、俺は刀を床に向かって投げつけていた。いろいろとやるせなくなってきていたし、もしかしてこうすれば目の前の少女が視界から消え去って、今起きたことがチャラにならないかと思ったからこその行為だったのだが、それは完全に徒労に終わった。

「痛った! ちょっと、レディーに対して何てことすんのよ! このバーカ! あたしの呪いをくらえ! 親指落ちろ!」

 少女は視界から消えるどころか、俺に向かって呪術的なポーズで呪いを放ってきた。ただし、俺の親指は呪いやら不可視の刃やらに切り落とされることはなく、薄皮が切れて少し血がにじむ程度のことしか起きなかったが。

「見た目も中身もポンコツとか、勘弁してくれよ……」

 俺のそのつぶやきは、

「ちょっと! 誰がポンコツよ! こんどそんなこと言ったら、あんたをポンコツの語源通りの状態にするわよ!」

 というわけのわからない叫びにかき消された。

 ちなみに。ポンコツの語源は、ポンと一発殴るとコツンと死ぬだったか、コツンと殴るとポンと死ぬだったか、そんな感じだ。

 こっちこそ、お前をポンコツの語源通りにすんぞ、このポンコツ娘!


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