試案3
暗くかび臭い通路の突き当り。普段ほとんど使われていないのか、鉄錆が混じった水が薄く床を覆っている。俺の見守る前でヒロイン1が剣を抜く。鯉口を切る澄んだ金属音は、今まで俺が浸かっていた澱んだ世界を切り裂く剣戟の音の様で、俺は思わず拳をきつく握りしめる。しかしそれとは反対に、ヒロイン2は、俺の服を固くつかんで不安そうな顔を向けてくる。
「いくぞ」
覚悟はいいかという圧力を込めてヒロイン1が言う。その言葉は表面だけを見れば俺たちに引き返すための最後の選択肢を与えるものだったが、その内側にはこれから始まる冒険への期待と俺たちに覚悟を決めるように促す気迫が満ちていた。
ヒロイン1が分厚いコンクリートに剣を突き立てる。何千匹もの鈴虫が鳴くような音とともに、剣を突き立てられたところからコンクリートの壁が崩れていく。少女が剣を押し込むたびに、その穴は深く大きくなっていく。
その穴から、一筋の光が差し込む。
もしヒロイン1の言うことが本当なら、それは、今までさんざん光ファイバー越しに見てきた太陽光のはずで、何の変哲のない光のはずだった。なのに、その光が壁の中を照らしたとたんに、俺は歓声を上げていた。光に圧倒されるようにして後ろに下がろうとするヒロイン2を引きずるようにして、俺は一歩一歩その光へと近づいていく。これから始まるのだ、という高揚感は、もはや爆発寸前まで高まっていた。
穴がある程度大きくなったところで、ヒロイン1が声をあげて剣を大きく振るう。目の前の壁が切り崩されるにしたがって、今まで俺の心を覆っていた靄が取り払われるようだった。一陣の風が壁の中に吹き込み、嗅いだことのないほど甘く瑞々しい空気が俺の肺を満たす。
「さあ、行こうか?」
そういうとヒロイン1は、壁の内側を振り返ることもなく外へと歩み出る。
「ねえ、やっぱり戻ろうよ」
まるで禁忌にでも触れたような顔のヒロイン2。俺の服を引っ張って壁の中に戻ろうするその頭を、おれはポンポンと軽く撫でてやる。
「何言ってんだよ。これから始まるんだろ?」
「う、うん……」
その言葉で少しは安心してくれたのか、ヒロイン2の抵抗が弱くなる。俺は彼女に前に進むように促しながら、分厚いコンクリートの壁を潜り抜ける。
目の前に広がるのは、光差す一面の草原だった。
くるぶしほどの下草が一面に生え、嗅いだことのない濃い臭気を含んだ風が吹き抜ける。その風は生まれてからずっと感じていた壁の中のものよりもずっと冷たく、高まった気持ちが急速に冷却されるようだった。そこに降り注ぐ光は壁の内側の何倍も強く、空には見たことのない真っ白なものが浮かび、足元には緑色の下草が一面に広がる。それらが放つ色彩は、目が痛いほどに強烈だった。感じた事のないような強烈な刺激の連続、俺は目まいを覚えるが、不思議と嫌な感じのものではなかった。それはどうやらヒロイン2も同じらしく、目と口をまん丸に開いて目の前のものを味わっている。
「ああ、そうだ。村長に伝えてくれ。頼んだぞ、風精霊」
目の前のものに圧倒されているばかりだった俺の耳に、かすかに声が届いた。なんとなくそれが気になった俺は、目の前の後継から無理やりそちらに目を向ける。そこには、空中に向かって手を差し出し、その上に載っている何かと話すような仕草をするヒロイン1の姿があった。だが俺の目には、彼女は何もない空間に向かって話しかけているようにしか見えなかった
「ウィンディーネ? 何してるんだ、何もないところに向かって話しかけて」
その言葉に、ヒロイン1は不思議そうな顔をする。
「何もない、か。なるほど。君たちにはそう見えるのか。ふふ。まあいいさ。いずれ解るだろう」
そう言って笑う彼女の顔は、希望と、不敵とさえいえる力強さに満ち溢れていた。




