遭遇
「「「えっ・・・」」」
重なり合う声。
肩に掛からない様に切られた、銀色の髪が風に靡く。緋と藍に照り輝くオッドアイが、亮輔と龍也を映して大きく見開いていた。
自分よりも一回り小さなその存在に、亮輔と龍也は思わず目を奪われる・・・のもつかの間。
「ッ!! 下がってッ!!」
「え? いや、あのーー」
「早くッ! もうすぐ、奴らが来ますッ!!」
ハッとした様に怒鳴る存在の迫力に、二人は訳が分からないまま、思わず後退していた。
それを見守ることなく、自らも入った存在によって、扉は閉められる。だけでなく、なぜか傍に置いてあった、植木やソファなどを持って来て、瞬く間にバリケードが作り上げられていく。
「お、おい?! 何をしてるのだ?! そもそも、貴様は一体、何者なのだッ!!」
まだ小学生、しかも、少女にしか見えぬ容姿のどこに、そんな力があるのか唖然としながらも、龍也は突然の事態に声をあげた。
「・・・静香、です」
その声に一旦、行動を止めた後、謎の存在は振り返ることなく呟く。
「しず、か・・・?」
「静かな香りと書いて、静香・・・ぼくの名前です。それと名前って、人に聞く前に自分から名乗るべきだと思いますよ。今回は時間がないので良いですけど」
無感情に淡々と告げられ終えると共に、静香はまたバリケードを作り上げていく。そして、その作業はすぐに済んだ。
「え、えっと・・・なんで、バリケード?」
「一時的な足止めです。でも三分も持たないし、入り込まれたらすぐに校舎中に大量発生なので、すぐに屋上に逃げ込みますよ・・・」
「足止めって一体・・・どういうーー」
「貴方達だけですか?」
「ッ・・・」
ようやく振り返った静香。
その容姿は無表情なこともあり、精密なフランス人形を思わせた。
息を呑む二人を前に、煩わしげに眉を潜める姿は迫力があった。
「聞こえてます? ここに来てるのは、貴方達二人だけか、と聞いてるんです」
「う、ううん。他に八人、校舎の中を見て回ってる・・・」
「連絡は? 今の大体の位置は分かってますか?」
「え、えっと・・・それが、スマフォは壊れてるし、みんな、少人数で分かれてるから、・・・分からない・・・」
亮輔の答えが見るからに気に食わなかった様で、静香の表情は怒りとも憎しみとも捕らえられぬものへと歪む。
二人が怯むのを見て、もう一つ何かに気付いた様で、舌打ちをしながら、バリケードで塞がれた扉の向こうを睨んだ。次の瞬間、
「ヒッ?!」
「何・・・?」
ガクンと地面が激しく揺らぐ。
突然の事態に、龍也と亮輔は倒れそうになるのを必死に堪えた。
続けて、ダンと扉の向こう側から、何かが激しくぶつかる音がした。それは一つだけでなく、何度もいくつものものが叩き付けられる音が、玄関に永遠と木霊す。そして、その度に扉、バリケードが激しく揺れた。
「最後に一つ・・・」
それを一人冷静に眺めながら、静香は二人に声を掛ける。
「先に二人で家に帰りますか? それとも、みんなで家に帰りますか?」
静かに挙げられた二択。
はっきり言って、亮輔も龍也も意味が分からない。だが、
「み、みんなで帰るに決まってるのだ! オバケだろうが、幽霊だろうが、何でも来れば良い!! 俺達は絶対に、全員で家に帰ってみせるからなッ!!」
涙目ながらも、自らを奮い立たせるべく、高らかに宣言した龍也。
「・・・そう、だね。置いてなんか帰れない。何が起こってるのか分かんないし、どうすれば良いか分かんないけど、それだけは確かだよ」
その姿に亮輔も、強く自分を持って、静香を真っ直ぐに見据えた。
少しの沈黙。
静香は二人と視線を合わせ、何かを確信した後、一つ息を吐いてどこから取り出したのか、リュックを投げ渡した。
「奴らは音と光に反応して襲って来ます。その中の道具を使って、他の八人回収しながら、屋上まで逃げて下さい」
淡々と告げながら、階段を示す静香を前に、リュックを受け取った二人は、上手く飲み込めない。
「や、奴らとは一体、何なのだ? この扉の向こうにいるのは分かるが・・・」
龍也は少し崩れ始めたバリケードを横目に、静香に問い掛けた。
「奴らは生物兵器であり、感染ウイルスです。噛み付かれれば感染しますよ」
どこまでも淡々と話す静香は、至って真剣で真面目であった。少なくとも、二人にはそう伺えた。
しかし、内容はどう聞いても普通ではない。
「・・・え、えっと、なんだか、ゾンビゲームみたいだね。脱出ものの」
「そんな解釈で大丈夫です。唯、甘く見ないで下さいね。命懸けですから」
冗談を言っている様に見えない静香を前に、龍也と亮輔は顔を見合わせる。
頷き合い、そして、改めて静香へと視線を戻した時、バリケードの一部が本格的に崩れ落ちた。
「もう行って下さい」
「だ、だがーー」
「早く他の八人回収しに向かって下さい。ここで時間喰ってたら、逃げ損ねて全員終わりですよ」
それ以上の会話は許されなかった。
バリケードの半分が破壊され、扉が開き始める。
「「ッ・・・」」
扉の間から、ついにそれは姿を表す。
尋常でない腐敗臭が鼻を突く。不気味なうめき声達が重なり合い、地獄の底から響くハーモニーを奏でていた。
だが、そんなものよりも、二人の意識を奪ったのは、扉の隙間から見える外の世界だった。
「なに、あれ・・・」
目に入ったのは、いくつもの腕だった。だが、それ等は全て、真新しい赤で染まっている。何かを求める様に、扉の隙間に手を突っ込んでいる。
赤い手が伸びて来るその光景、微かに除く狂気しか感じられない真っ赤な瞳に、臭いと音が全ての感覚を支配して、亮輔は顔を青冷めさせ、無意識に口元を押さえて後退した。
「早く行って下さい」
静香の声が玄関を木霊す。
だが、亮輔の視線は扉に釘付けになっていて、声が届いていない。
それが分かったのか、静香が舌打ちしそうになる。だが、
「亮輔、行くぞ!!」
その前に、龍也が亮輔の手を取った。
「た、龍也・・・」
「大丈夫だ! 亮輔は俺が守る!! 走れるな?!」
二人の視線が重なる。
扉の隙間から見える赤とは違う、炎の様に温かく真っ直ぐな赤。見慣れた力強いその瞳に、亮輔は反射的に頷き手を握り返していた。
「貴様はどうするのだ?!」
一階の廊下に踏み込む前、一度立ち止まった龍也は、玄関でその後ろ姿を見ていた静香に振り返った。
「屋上で待ってます。その時、生き残ってたら、ある程度の状況は説明してあげますよ。・・・気を付けて下さい。奴ら、先回りしてますから」
静香は二人に背を向けながら、地獄のハーモニーが鳴り響いているにも関わらず、良く通る声で告げる。
「え?! で、でも、それじゃあ、屋上でもダメなんじゃ・・・それに、さっき行った時、鍵が掛かってーー」
「大丈夫です。鍵は開けて置きますし、あそこは安全なんです。あ、後、無闇に部屋に入らない様に。奴らの出現確率大ですし、逸れますよ。・・・扉が開きます。もう行って下さい」
静香の言う通り、既にバリケードは崩壊して、扉が開き始めていた。
亮輔が怯むのを感じ取り、龍也は聞きたいことが山程あったが、後にすべきだと割り切り、亮輔の手を握って階段を駆け上がって行った。
「行きましたか・・・」
その足音を聞き届けた後、静香は虚空を見上げ、瞳を閉ざした。
「守る、か・・・。あの様子じゃ、ホントに何も知らないみたいですね・・・。ここがどこで、どうして自分達がここにいるのかも、何をすべきなのかも・・・」
盛大な音を立てて開かれる扉。踏み込んで来る奴ら。校舎内に木霊した悲鳴や足音達。
「いっそのこと、この手で殺せてしまえれば良いんですけど・・・」
それ等を全て聞きながら、自嘲気味に呟いた静香は目を開ける。
「それはそうと、まずはここにいる奴らの注意を引きますか。そういう時は・・・こんな感じですね」
静香の手の平上に浮かぶ小さな光。それは楕円形を変え、天井のシャンデリアの中心の円盤の上に置かれる。
その見た目は、金の装飾が施された、妖精をモチーフにした柄の、可愛らしいタイマーの様なものである。
静香が綺麗に指を鳴らして見せれば、ピリリ・・・、と言う単調的な音が、玄関中に鳴り響いた。
玄関の扉を潜った奴らが、その音に反応して天井を見上げては、気味の悪い声を発する。
「玄関はこれで二時間は持つ筈ですね。後は彼等の運と覚悟次第、です。ぼくはのんびり、高みの見物としますかね」
玄関から背を向けて、階段を駆け上がった。
その足取りに迷いはない・・・。




