異変
「ど、どう言うことなのだ?」
誰とも言わず尋ねた龍也の声は、微かに震えている。
「どうもこうも、ね・・・」
「心霊現象、としか言い様がないさ」
「ヒッ?!」
真桜と朝陽の1トーン低い声に、龍也はビクリと体を飛び跳ねさせ、隣にいる亮輔の腕に巻き付いていた。
「お、おいおい、そんなすぐ結論出さねぇでも・・・」
「だが、その可能性が高いんだぞ」
「このスマートフォンは、外部からの妨害の類のアクセスは、一切受け付けない筈なのですよ。画面が割れたとしても、よほどの衝撃でない限りは不可能であり、一機単体ならば未だしも、こんな風に同時になど、普通の状況ではないのですよ」
緊迫した場の雰囲気に、輝が軽い声を搾り出すも、瑛琉は表情を硬くさせ、しっかりとした理由を告げながら、楓も俯いてしまう。
「おぉ! なんだか、起こりそうな気がするのさ!」
「ワクワクしちゃうねぇ! いっそ、もう一回探検しに行っちゃう?」
「それ、良いアイディアだよ! 今度こそ、肝試しなの!!」
騒ぎ始める夕陽と遥。そのふざけ混じりの提案に、他の者達が反応していた。
「夕陽、もう時間が遅い。止めーー」
「おやおや、もしかして、ゆき君、怖いのかい?」
「え? そうだったの?!」
幸弘は朝陽の笑顔と、夕陽の驚いた様子に、ウッと言葉に詰めた。
「そ、そんなことはない・・・」
「それにしては、随分と行きたくなさそうに見えるけど? 無理はしない方が良いんじゃないかい?」
どこまでも穏やかなその笑顔が、幸弘にどこをどう見ても、悪魔の笑みにしか見えなかった。
その隣で無邪気に、朝陽の言葉を肯定し、心から心配して来る夕陽。
「問題ない。こんな所、一人でも行ける」
二人の手前、行かないと言えば、いろいろと後が悪い。
朝陽に負けるのは御免であり、朝陽に夕陽を任せるのは心配だから。
そして、プライドも後押しして、思わずいらないことまで言ってしまったことに気付くのは、その発言に周りが反応した後だった。
「一人でッ?! ゆッ君、それ面白そうだねぇ!!」
誰よりも素早く切り替えしたのは、パッと輝かしい笑顔を浮かべた遥である。
「だ、ダメなのですよ! 何が起こるかも分からないのに!!」
「楓ったら何言ってんのぉ?! 何が起こるか分かんないから、楽しいんだよぉ!! でも、一人はちょっと寂しいしぃ、ここは少人数に別れて、ってことで良いねぇッ!! ってことで楓! 行こッ!!」
慌てて止めに入る楓の手を掴んだ遥は、もう止まる気がない。
「は、遥! ダメなのーー」
「んじゃ、好きに分かれて肝試しと行こうじゃない。全部、回ったらここで集合だよ。さて、俺は一人で行かせて貰うとするかな」
「ま、真桜様ッ?!」
玄関を抜ければ、一階廊下と二階へ続く階段がある
真桜は楓や周囲の声を無視して、一階廊下へと入って行く。
「あぁッ! 真桜くんったらズルゥイ! 楓! 遥達もレッツゴーだよぉ! 一番奥から行ってみよ!」
「えッ?! は、遥、待つのですよぉ!!」
必死に止めようとしている声は虚しく、楓は興奮状態の弟に手を引かれる形で、階段を駆け上がって行った。
「行っちまったな・・・。どうすんだよ?」
「行くしかないさ。夕陽、一緒に行こう」
呆れた声音の輝に答える形で呟いた後、朝陽は夕陽微笑み掛ける。
「うんっ! ゆきも行こッ? あ、一人の方がーー」
「一緒に行く」
「あれ? 一人で行けるんじゃなかったのかーー」
「行けるのと行くのは別。ここまで来たら、さっさと終わらせて、さっさと帰るだけ」
素早い切り返しの末、幸弘は夕陽の手を引き歩み出す。
夕陽が抗うことなく踏み出したことで、朝陽もゆっくりと進み始めた。
「やっぱり怖いのかい?」
「黙れ」
「ゆき、無理に付き合わなくても良いよ?」
「大丈夫」
そんな会話を交わす三人の雰囲気は、相も変わらず良いとは言えないが、いつものことなので放って置こう、と輝は一階に踏み込んでいく彼等を見送りながら思ったのだった。
「全く、本当に何かあったら、どうするつもりなんだ・・・。今は護衛も付けていないし、スマフォが動かない以上、連絡も取り合えないんだぞ?」
「ま、どうにかなんじゃねぇの? 別れるたって、全員校舎内にいる訳だし・・・。つぅことで、俺らも適当に行って・・・あぁ、大丈夫かよ、龍也?」
プンプンと効果音を出す瑛琉を諌め、輝は何かあったらその時はその時だと割り切る。
そして、龍也に声を掛けた。
「お、俺は行かん!! 行きたければ勝手に行けば良いのだッ!!」
「の割には、僕から離れてくれないんだね・・・」
「ッ・・・りょ、亮輔も行きたいのか?」
腰に抱き着く龍也の、ウルウルとした上目遣いを前に、亮輔は全くと言いたげに息を吐く。
「そう言う訳だから、ぼく達はここで待ってるよ。その方が集合し易いだろうからね。二人も好きに回って来てよ」
亮輔がそう告げて見せれば、龍也はホッとした様に微かに笑んだ。
「輝と二人で、か・・・」
「何か文句でもあんのかよ?」
「いや、他の奴に振り回されるよりは、輝を振り回す方が楽しそうなのは事実だぞ」
「・・・おめぇ、俺のことなんだと思ってんだよ?」
「弄り甲斐と振り回し甲斐のある奴」
「・・・俺、おめぇ嫌い」
酷くやるせない輝の背中と、なぜそうなるのか分からない様子の瑛琉の姿。
二人が少し迷った末、階段を上っていくの見届け、亮輔は龍也に呼び掛ける。
「立って待つのは疲れるし、椅子に座ろう?」
玄関の扉を背に、亮輔は壁際にあるソファを示した。
「そんなに引っ付かなくても、ぼくはどこにも行かないよ」
そうして動こうとするも、龍也が巻き付いている故に動き辛い。
その意味も込めて告げれば、龍也も理解した様で、少し迷いながらもしっかりと立ち上がる。
「・・・絶対なのだぞ。先に帰っては駄目なのだからな」
「うん。龍也は勿論、誰も置いていかないよ。帰るなら、みんな一緒に決まってる。だから、一緒に座ってーー」
亮輔の言葉を遮ったのは、背後で響き渡った扉の開く音だった。
ビクリと飛び上がった龍也が、声にもならない叫びをあげて、今度は亮輔の腕に抱き着く。
それを受け入れながら、亮輔は咄嗟に身構えながら、背後へと振り返った・・・




