旧校舎
いつもの学園。
いつもの放課後。
いつものメンバー。
違うことと言えば、ちょっとした暇潰しを兼ね、学園の最奥地にある旧校舎に、オバケが出るとの噂を聞き付け、肝試しへ来ていたと言うことだ。
旧校舎と言えど、そこは他の学校とはまるで違う。
教室一つ一つに存在する、天井のシャンデリアはきらびやかに光を反射し、廊下に敷き詰められたレッドカーペットには、シミ一つ存在しない。強化ガラスの窓は埃一つなく、一流の職人達が手がけたであろう、机と椅子、棚、教卓などは、まるで新品の如く君臨していた。
電気も水もガスも通っており、現在でも機能している様な仕上がりだ。
流石は世界有数の名門私立学園。旧校舎の整備も完璧だと、一見して感心したのは誰だったか・・・。
とは言え、肝試し感覚は消えてしまい、完全な探検モードに切り替わってしまっていたが。
そんなこんなで、旧校舎を堪能し終えた一同は、帰り道をのんびりと歩んでいるのであった・・・
「結局、何もなかったではないか! 誰だ? オバケが出るなどと言い出したのはッ!!」
鮮やかな赤毛の少年、大道寺 龍也の不機嫌そうな声に、周囲の九人は各々、三者三様の反応を見せる。
そこに共通していることは、何かを思い出す様な沈黙である。
「本当、何も出なかったよね。なのに、悲鳴だけが響くなんて、可笑しな話だと思わない?」
その中、笑いを堪える様な態度を取っていた、桃色の髪を短く切り揃えた少年、宇都宮 真桜はニヤニヤとした笑みを龍也に向けた。
「ッ?! あ、あれは、貴様等が事あるごとに、脅かして来るから・・・」
「あの程度の小細工で、あれだけの絶叫をあげるのは、龍也だけさ。証拠に、君以外誰も悲鳴あげてないんだから」
ね? と周囲に穏やかに微笑み、同意を求めたのは、紫色の髪を肩下で緩く纏めている少年、綾小路 朝陽だった。
「ホント、スッゴい悲鳴だったよねぇ! あれ聞けただけで、来た甲斐あったよぉ!」
「は、遥、少しは龍也様のお気持ちを考えるのですよ」
長い緑髪を靡かせるうり二つだが、雰囲気や態度、服装が正反対な双子。
「えぇ? でも、楓も笑ってたよねぇ」
ニコニコと無邪気さをアピールする、女子制服にツインテールの片割れ、有栖川 遥。
「はぅッ・・・え、えっと、そのぉ・・・ご、ごめんなさいなのですよ、龍也様」
その隣で怯んだ末に、申し訳なさそうに謝罪する、男子制服にポニーテールの、有栖川 楓。
因みに、一卵性の双子で、どちらも正真正銘の男である。遥の心は自称、女の子だが・・・
「謝られた方が、辛いんじゃねぇの? 実際、落ち込んでるし・・・」
黒髪をオールバックにしている少年、九条 輝が示したのは、俯いてしまっている龍也だ。
「べ、別に落ち込んでなどいないのだからな!!」
「いや、思いっ切り涙目で言われても、説得力全くねぇ・・・ってうわっ、泣くなよ?!」
「な、泣いてなど、グスッ、ないのだからな!!」
慌てて顔と声をあげる龍也だが、その反動で堪えられなくなったのか、ぽろぽろと泣き出してしまう。
「泣かせてはいけないんだぞッ、輝!」
天王洲 瑛琉は、整った白い髪を揺らしながら、輝に向かって高らかに発言した。
「いっつも思うけど、俺のせいじゃねぇだろッ?!」
「だが実際、君が発言する言葉やタイミングで、龍也は泣き出すんだぞ! 龍也の怖がりと泣き虫は、もう誰もが知る常識とは言え、こう毎度の如く似た様なシチュエーションで、成長もなく泣き出すのは、きっと君のーー」
「止めてやれッ!! もう俺のせいで良いから、それ以上何も言うなッ!!」
瑛琉の発言がさらなるダメージになっているのを察し、輝は慌てて待ったを掛ける。
「だ、だが、こんな中途半端に止めては、また繰り返さ、ムグッ?!」
「良いから黙れッ!!」
瑛琉はまだ言いたそうだったが、口を塞がれては何も言えなかった。
「龍也様、泣かないで欲しいのですよ」
「そうさ! せっかく楽しかった冒険、涙で終わらせるのは勿体ないと思わないの?!」
龍也を泣き止ませに掛かる楓。
その隣から、元気いっぱいに訴えかける、オレンジ色の髪を無造作に振り乱した少年、綾小路 夕陽である。
「夕陽の言う通りさ。龍也君、君が泣きながら思い出を終えるのは至って結構だし、正直、物凄く大歓迎だけど、人の思い出まで台なしにしないで貰えないかい?」
母親は違うが、実の弟の如く溺愛している夕陽の発言を受け、朝陽はとても迷惑だと言いたげに口を挟む。
「いや、泣く原因の半分以上、お前が原因だよな、朝陽」
「嫌だな、変な言いかがりは付けないでおくれ、輝君」
「白々しい・・・」
穏やか笑顔で知らぬ損ぜぬを噛ます朝陽を前に、フワフワな金髪を揺らしながら、源楼坂 幸弘は、呆れた視線を向けた。
「夕陽はこんな兄を持って可哀相」
「何が言いたいんだい、ゆき君?」
「そのままの意味」
誰もが戦く視線を、軽くスルーする幸弘を前に、彼がもう何も言わないことを察したのか。朝陽は不満が残りながらも、それ以上は何も言うことをしなかった。
代わりに、夕陽の手をギュッと握りしめる。
「どうしたの、朝兄?」
「手を繋ぎたかっただけさ。ダメだったかい?」
「ゆきも?」
「・・・駄目?」
夕陽は右手を朝陽。左手を幸弘に握られ挟まれる現状、二人の間に険悪な空気があるにも関わらず、当然の様に頷いた。
「相変わらず、ウザいくらい仲良いね。それはいつも通りだけど・・・あ、玄関だね。と、ちょっと亮輔、お前、大事な親友が泣いてるにも関わらず、随分と静かだね。帰り道、一言も喋ってないでしょ?」
真桜はそんなお馴染みな光景に一息吐きながら、先程から黙り込んでいる少年を見た。
「遥も気になってたのぉ。ずぅっと、スマフォ見てばっかりだからねぇ」
「亮輔が龍也を放置するなど、珍しいんだぞ?」
「そんなに面白ぇニュースでもあるのかよ?」
緩いカーブを巻く青髪の少年、伊集院 亮輔はそこで、手にしていたスマフォ画面から視線を上げた。
「これ、見てよ」
そう言って、どこか真剣な表情をした亮輔は、全員にスマフォが見える様に掲げた。
それには、泣き止み始めていた龍也を始め、全員がそちらに視線を集める。
「何これぇ?」
「ノイズ、かい?」
「迎えの車、呼ぼうと思って電源入れたら、ずっとこの調子でうんともすんとも言わないんだ。みんなのはどう?」
画面いっぱいに広がるノイズ。
全員、玄関前で立ち止まり、電源を落としていたスマフォを取り出し、電源を付け始める。そして・・・
「全員、一緒みてぇだな」
結果、全てのスマフォの画面が、ノイズに埋まることになったのだった・・・




