創造(八話)
「これはどういう事でしょうか?」
野盗達を一人残らず死の淵へ片付けたロドスが、俺の目の前まで戻って来ると不思議そうに疑問の声をあげた。
「うん? 見てのとおりだが?」
彼の目の前には、今小さな小屋がある。
それも、一面全部が純白で彩られた異様な小屋だ。
精密に作られた段差は高くもなく低くも無く、頑丈そうな柱と屋根が双方で自己主張をしているようにも見えた。
また、近くの地面には生えていなかったはずの花々が咲き乱れていた。
まるでそこが神に祝福をされている様にも見えるかもしれない。
俺が創造を使って作り上げたその建物にロドスは驚きを隠せなかったようだ。
こいつは迷宮ではある一定の階にはかかせないモノで、人間達はこれを『神殿の泉』と呼んでいた。
まあ、簡単に言えば、迷宮に潜入してきた冒険者達が休憩する為に必要だった代物なのだ。
あいつらはこれがないと、中々奥深くまで入ってこようとしなかったからな……。色々考えた挙句の配置品でもあった。
「迷宮でも便利だった『神殿の泉』が作れないかやってみたんだが、案外作れて面白かったぞ。その分魔力も消費したが……創造の魔法は使い勝手が良いな」
俺はそういって、仕上げとして小屋が崩れないように力を込めて壁を強化させた。建物自体が光り輝きを増しさらに眩しく見える様になったのだが……。
俺の記憶が確かであれば迷宮ではこんなに眩しいモノでもなかった気がする。
あれか? 地下の暗さを明るくしてる分、地上に持ってきて光がさらに増しているのか?
分からない部分があるというのは怖いかもしれないが、細かい事を気にしたら負けだろう。
思った以上に魔力を吸い取られる結果となったが、出来前的にはまずまずのようだ。
迷宮を管理してて、唯一の楽しみでもあったのだが、やはり物作りは楽しい。
デストラップとかとは違う趣がある。
俺は周りを確認しながら、自分の技術の結晶にウンウンと頷いた。
「……いやはや、驚きを隠せません。
迷宮以外でも作れたのですね」
ロドスはそういって神殿の中に入った。
中は狭いながらも、大理石の様な物で作られた支柱が四方に配置され、真ん中には小さな泉がある。
それが何なのかロドスには理解出来た。
地上にもかかわらず『泉』を用意した自分の主人の凄さに感嘆しつつ、ロドスは湧き出る泉の水に手を差し伸べて少し舐める。
「……本物ですね。
いやはや、このロドス感服致しました」
賢者は不思議そうに泉の真ん中で唸った。
「うん? まあ、満足できてもらえたのなら本望だ。
俺もここまで作れるとは思っていなかったからな」
「これは……傷を癒す泉であってますでしょうか?」
一応の確認という事でロドスが尋ねる。
俺は頷きながら神殿の壁をポンポンと叩いた。
「まあ、見てのとおりのソレだな。
俺達には効果が薄いが、ここに住んでる奴らには重宝するだろう」
所詮俺達は悪魔人形だしな。
と俺は心の中で付け加えておいた。
「ハハハ……重宝なんてモノではありません。
ここだけの空間だけでも聖域に等しいですなぁ。
死霊の姿で入ったら消し飛んでしまうかもしれません」
どうやら、死霊だと危うい代物を作ってしまったらしい。
『神殿の泉』にはそういった効果は無かったと思うのだが……。
……今のはロドスなりの冗談だと聞き流しておこう。
もしもそこまで危うい代物なら俺の本体も此処には入れないかもしれないな。
勿論、こんなところまで出てこれる体が無いから、この姿を借りているわけだが……。
しかしだ、迷宮では普通に入れる『泉』だ。
地上で作るのと、迷宮で作るのとでは、どうしてこうも差がでるのだろうか?
謎は深まる。気にしたら負けだろう。
それにまぁ悪魔人形でも『神殿内部』には入れるのだから問題はないのだろう。
これで鬼人すらも『神殿の泉』が使えないのであれば大変な事だが……。まあ、きっと大丈夫だろう。
俺が考え込むようなしぐさをしていると、唐突にロドスは慌てて俺の体に手を付けた。
「ああ、申し訳ありません!
こちらが手に入れた魔力を渡さないといけませんね。
こちらが手に入れた魔力の半分で御座います」
ロドスはそういって俺の悪魔人形に魔力を注ぐ。
魔力が枯渇していた俺の体に力が込められ、視界がゆっくりと見やすくなっていった。
先ほどまで、ほぼ魔力が切れかけていた俺の体がほとんど回復していく。
硬くなっていた手足の動きが活性化されて、全体に魔力が行き交うと気分が少しだけ楽になった。といっても、迷宮に居る俺の本体に影響を及ぼすわけではないが……。
俺は指を一本一本曲げて感度を確かめる。
うん……さっきよりかは全然楽に動くな。あくまで悪魔人形が、だけどな。
もらった魔力の大きさからして、人間の魂にしてだいたい十人分くらいだろうか……?
しかし良くもまぁ、逃げ足だけは素早い野盗達を全員捕まえたものだ。
俺の知ってる限りでは、そういった類は危険だと分かれば、直ぐ逃げるものだ。
あれを捕まえるというのは難しいし、何よりめんどくさかっただろう。
まあ、本質が死霊と同等になっているロドスの事だ。
追いかけたり恐怖を与えたりする事で喜びを感じていたのかもしれないな。
ついでに負の感情から魔素を吐き出させて吸収していたのかもな。
しかしながら……。
十数人の命で魔力が回復出来る悪魔人形も凄いモノだ。
これ、魔鉱石とやらで魔力を供給出来る様になったら、相当遠出が出来そうな気がしてきたな。
まあ、現在の距離との接続で消費する魔力もあるのだから、全てが良好というわけではないのだろうが……。
緊急時は迷宮の方で問題が起きなければ接続を使って逆に魔力を供給しても良さそうだな。最も魔鉱石が見つかって迷宮の回復に努められればだが。
考えてみれば、今俺達がいる位置は迷宮からそれほど離れているわけではない。
つまり、それだけ魔力も減りはしないということだろうしな。距離は遠くなればなるほど、必要魔力は増えていくだろう。
「確かに受け取った。
とりあえず、生きている村人はここで回復させることにしよう。
死んでしまった村人は鬼人にしてでも生き返してやるか。
まあ、鬼人として生き返ってくれるかは運次第だがな……」
ついでにいえば、誕生させたばかりの本調子ではない鬼人もこの泉で回復できればと思ってこれを作って見ようと思ったのだが……。
使って大丈夫だよなこれ……。
迷宮なら問題は無いはずなのだ。しかしロドスの言い分も少し気になってしまうな。
「村人もベイル様の手先となることに喜びを感じる事でしょう」
そんな事を考えてるとも知らず、ロドスは大きく手を開いて大げさに頭を下げた。
「……まぁ、回復出来ればだけどな」
俺は小さくロドスに聞かれないように言葉を濁した。