死神(七話)
「ヒャーッハッハッハ!
燃えろー! 燃えちまえー!
何もかも燃えちまえー!」
野盗の頭目が嬉しそうに声をあげる。
「隊長ー! ここら一帯の奴らは一掃しやしたぜ!」
呼応するようにガシャンガシャンと金属鎧を着た手下が仕事を終えてやって来た。
「手慣らしにもなりやせんね」
「ジジイとババアばかりだったしな」
「女、子供の姿が見えねぇ。
ここは姥捨て村か何かか!」
「口を割らなかったのは大したもんだ。
だが、俺達にかかればガキ共を探すなんてチョロイぜ」
「一通り盗みだしたらイッチョ探して吊るすか!」
それに続くように同じように下卑た笑い声をあげながら、手下達が徐々に増えて、呼応するように集まる。
それらを統括しているであろう、野盗の頭目は手短な岩にドッシリと座り胡坐をかく。
ねぎらう様に手下達に手を振りながら、嬉しそうに笑顔を向けた。
「ご苦労ご苦労!
じゃあ、もっと燃やしとけ!
俺は燃えるモノはなんでも好きだ!
ジャンジャン燃やしまくれ!
どーせ在って無い様な村だ。
俺達が暴れても誰も気にやしねぇ構いやしねぇ!」
頭目は手下達に松明を持たせ、すき放題に家を燃やす様に支持をだす。
奪えるだけの食料と金品を盗んだ馬車に積み込めて気分も良いのだろう。
それらの使い道を考えながら頭目は口元が歪む。
しかし賊というのには彼らの装備は整っていた。
いや、整いすぎていたといっても良いだろう。
鉄甲冑にその身を保護し、長めの剣を携え肩には何やら烏の刻印がされ、顔を隠すようにフルフェイスをしている。
それが何なのか、一部の人間は知っていたかもしれない。
ただ、その群集を記憶している者はこの村に居たかは定かではないが……。
彼らはただの野盗ではなかった。
彼らはこの国を守るはずの兵士『だった』者達だ。
それも犯罪兵と呼ばれている類だ。
犯罪兵とは、この国で犯罪に手を染めた者が捕まり強制的に兵士として使われていた者達だった。所謂、国の暗部と言っても良い。普段彼らは戦闘以外では牢屋の中で厳重に管理されていたり、戦闘に出されるときも監察官がその部隊の数を上回る人数で監視を行ったりしているはずなのだが……。
そんな彼らが何故こんな小さな村で略奪をしているのかというと、それは簡単な話ではあるが、実行に移すには難しい話でもあった。
要するに国の境界線を見回る仕事の最中に、監察官達を彼らが皆殺しにしたのだ。所謂、犯罪逃亡者達なのである。
現在彼らが居るこの村は国から見れば端っこで少し遠ざかってる場所になる。付近には砂漠と草原、それに魔物がウヨウヨいる森しか無いため、逃亡者達が逃げやすい場所や、街道を避けてこの一帯に逃げ込むとは国側も想定はしていないだろう……。
それほどにこの村は辺境にあるという事になるが、そんな過酷な場所でも人は平穏を過そうと頑張っていたのだ。
彼らがくるまでは……。
顔を隠すようなフルフェイスに頭目だけは素顔をさらしていた。顔の皮膚は過去の戦闘で焼け爛れ、まるでその素顔はオークの様だ。髪も無ければ片目は潰れている。それでもこの中では一番強いのだろう。
犬歯をむき出しにして、男が次に攻め入る村をどう燃やすか考えていると、不意に燃え盛る家々の横道から見知らぬ男が現れた。
男はそれ相応の中年といった所だろうか、変わったローブを身の纏い、この場に不釣合いな優しい顔をして、まるで友を見つけたかのように、彼らに近づいてきた。
風貌からして村人ではないことがわかる。
「ん? なんだまだ生き残りがいるじゃねえか」
頭目は自分の手下に殺せと指示を出すと、元兵士達はゆっくりとその男に近づいた。
ギラリと剣を引き抜いて、目の前に立ち剣先を男の目の前に向けた。
「止まれよオッサン! それ以上近づくんじゃねーよ」
「随分と危ない物腰ですね。ですが、おかげさまで私共はとても助かりました。何よりこの村に恩を売ることが出来るのですから」
抜き身の剣を怖がりもせずに男が深々と頭を下げると、兵士達は一応に顔をしかめた。この男が何を言ってるのか全く理解できない。
だが、彼らからすればその男の装備品は魅力的だった。
一応に見たことの無い装飾からしてそれは、高い値が付くだろうと考えたのだ。
「ようオッサン! こんなチンケな場所に何してんだぁ?」
「俺様達がその綺麗な衣類を全部頂いてやるからよぉ!」
「精々、無駄死にしとけ! 泣き叫んでも助けは来ないぜっ!」
三人が一葉に敵意を向けるのにも関わらず、男は和やかだった。まるで彼らを子供の様に扱う眼差しでクツクツと笑った。
「それはそれは、恐ろしい事ですな。
ですが、殺れますかね?
私はココに居ますけど居ませんよ?」
含みのある謎かけに、彼らは顔を真っ赤にした。
「うるっせぇ! いいから死んどけよ!」
そういって剣を振りかざして男の頭にぶつけた。
はずだった……。
剣が地面でぶつかり、異音を放つ。
先ほどまで居た筈の男がそこから消えていたのだ。
「「「!?」」」
三人は目を見開いた。
どうすれば目の前から人が消えるのか理解出来ていないのだ。
後ろにいた野盗達も、頭目も自分の目を疑った。
確かにそこに男は居たはずだった。
「こちらですよ」
すると、男は燃え広がる屋根の上に姿を現した。
声を頼りに男達が振り向く。
「な、なんだコイツ!」
「さっきまで此処にいただろ!」
「野郎、降りてきやがれぇぇ!」
後ろにいる元兵士達も何が起こってるのか理解出来なかった。
人が一瞬で消えて、屋根の上に現れるなんてことはまずありえない。
彼らの頭の中ではそういう考えしか過ぎらなかったのだ
ただ、唯一後ろでドッシリと構えていた頭目だけは、何かを思い出すように驚愕の眼差しをあげつつ、強気の姿勢から一転して震えが止まらなくなった。
全身から出てくる寒気と恐怖が彼の体を支配するように這いずり回ったのだ。
彼はそいつが何者なのか検討がついたようだった。
「何処を見てるのですか?」
誰も見ていない方角から男が現れる。
「こちらですよ?」
続くように反対側からも同じ男が現れた。
「ああ、こちらにも居ますよ?」
まるで擦り寄る様に、反対側からも……。
「やれやれ、そちらでもありませんよ?」
男は分裂するように、あちらこちらから現れた。
全員同じ顔をして、そして同じローブを着ている。
まるで夢を見ているかの様な不気味な光景だった。
元兵士達の賊達も、そんな不気味な奴を放っておくわけにもいかず、剣で対応しようと襲い掛かるが掠りともしなかった。
男が消えて剣が宙を切り裂くように大地にぶつかるだけなのだ。
「な、なんなんだよ!」
「隊長! こいつ斬っても直ぐ消えやがる!」
「ば、化け物だ! 隊長! どうすりゃいいんだぁ!」
男達に恐慌の連鎖が繋がっていく。
近づいて斬りつけても、男は消えるようにその場から居なくなり、また近くで現れる。まるで幽霊だった。
「ヴァヴァヴァ……!!」
そんな中、急に野盗の一人が首元を抑えながら暴れ倒れた。
口からは血を吐き出し、苦しみ悶える。
「おいどうした!
いったいなにが……!!
……ウ、ウワァァァッ!
こ、こいつ! し、しんでやがるッ!」
横に居た仲間が何事かと近づいてみると、そいつは痙攣したあとで動かなくなった。
死んでいるのだ。
いったい何が原因で死んだのかさえ分からない。
一瞬で毒でも飲まされたのか? それとも刺殺されたのか?
野盗達の視線が目の前の怪しい男に注がれる。
「た、隊長! こ、こいつぁ!
なんなッアヴァァァァァ!!」
そういって、叫んだ男も同じように倒れて息絶えた。
「どれもこれも、中々良質の魂ですね。
悪意で染まった魂も我々にはご褒美なんですよ。
この姿でも、もともとの力は使えるみたいですし……。
まあ、魔力次第ということでしょうか?」
心底嬉しそうに男は周りの敵を……その魂を絡め取るように殺していく。
いや、殺すというより手で触っているようにも見えた。
だが、どうやって、殺しているのかは誰にも分からない。
ただ、男が近づいて手を差し出すだけで、苦しむように倒れるのだ。
賊達は、倒れる仲間達をみて怯えた。
これではまるで死神ではないかと……。
「う……うおぁああああ!
こっちに来るッ!
グヌゥアアア!」
「俺様に近づくなっ! チカヅグガァァァ!」
「嫌だ!
こんなのはやめてくれーっ!
やめ、ウギァァァァ!」
徐々に数を減らしていく仲間を見て、頭目は大声をあげながらその場から一刻も早く逃げようと森の中へと走った。
「うああああーっ!」
自分の顔を燃やされた記憶が蘇り、さらに恐怖が増した。
「魔法使いだ! 魔法使いが現れやがった!
なんで! なんでこんなところに居やがる!
なんで! なんで俺だけが、こうもついていない!」
後方で自分の手下達の叫び声が聞こえながら、彼は森の奥深くへとひた走る。
真っ直ぐに、呼吸をするのも忘れるぐらいに一生懸命走った。
後ろをたまに振り返りながら、追って来てない事を確認しながら、ただひたすらに真っ直ぐ走った。
「畜生! 折角逃げられたってのに!
畜生! ど畜生め!」
茂みをかきわけて、森の中をひた走っていると彼は急に何かにぶつかった。
「グアァ! クソッなんだってんだ!」
頭目はぶつかった鼻を押さえるように三歩下がると前を向いた。
そして、呼吸が乱れながら顔色が青白くなっていき、ガチガチと歯が震えた。
そこには穏やかな顔をした死神が何事も無かったかのように佇んでいたのだ。
「ヒ、ヒィィイィィッ!」
剣を抜こうと手を腰に当てたところで、彼は男に体を触られた。
冷気が全身を支配するような冷たい痛みが走ると、真っ暗な世界へと意識が刈り取られていく。
彼は必死に抵抗しようとしたが、痛みで体が動かなかった。
「眠りなさい……。暗い、永久の世界へ……。
また機会がありましたら、どこかでお会いしましょう……」
男の声が頭目の耳元を掠めるが、その言葉が彼に届いたかは分からない。
気がついた時には二度と覚めない、暗い淵へと誘われたのだから……。