02 座敷童のバレンタイン
このページを開いてくださってありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。
そこはまるで、ゴミ溜めのような部屋だった。
不安定な山となっているそれは、夥しい数のスライムの死体だ。
この状態を見越して出入り口を天井に設けていたため、降り立ったのは山の上。
問題はない。
しかし、部屋の中にいた側からすると、酷い話なのだった。
「うはっ、ふー。何ごとぞ。最後の大量投入は?」
ポッコリしたお腹の、子どものようなシルエットの持ち主が、直前にドサドサと降り注いだスライムを掻き分け這い出してきた。
身長は50ミージ――帰還した部屋の主の太腿くらいまで。全身白く、目鼻立ちははっきりとしない。子ども服売り場やベビー用品売り場の、幼児型マネキン人形がちかいだろう。
「ご苦労さま、ただいまー」
「うむ。お帰りなのじゃ。宿主殿」
(ウィング:「おじゃまします」)
「どぞどぞ。おかげで最後は大猟だったし」
(ウィング:「こちらこそ。コアを回収していただけて助かりました」)
チャット画面に表示のみされる、声無き声は身体を持たない魂のもの。
『ソウル』は指先ほどの、実体を持たない光の球で、その直径が長さの基本単位1ミージの元となっている……らしい。
そして、ゴミ溜めのようになっているが、ここは個人工房と呼ばれるエリアだ。
『アトリエ』は、各プレイヤーに与えられる作業スペース。フレンドリストに登録した相手を招待することができる。
初期状態では一辺300ミージの立方体をした真っ白い部屋。天井と壁が柔らかなネンドで出来ている。HPダメージが無効というわけでもないが、モンスターや許可のないものが入り込むことはない、安全なエリアだ。
「こいつウィング。リアル大学の友人? いや知人か。こっちでしか話さないから。まあ、主席と次席の仲がいい訳もないけど。とりあえず現在唯一のフレンドリスト登録相手だな」
(ウィング:「こんばんは。よろしくおねがいしますね。あ、仲が悪いわけではないですよ。成績は自身の学業の結果でしかないですし。争っているつもりはありませんよ。それにしてもシステム上の名称によく使われるフレンドと言う言葉はあまり好かないですね。利害関係で登録する相手もいますし。名簿とかでいいと思うんですけど」)
「お初にお目にかかる。妾は座敷童。名をブラウニーと申す。良しなに願う。ウィング殿」
「おぅー。出てった時より、話すの上手くなってる。フレンドは同感。成績はいつも同じ順位が貼り出されると複雑だけどな」
(ウィング:「分かりやすくていい名前ですね。わたしの所の子はルーム・チャイルド。略してルチ君です」)
――類友。類は友を呼ぶ。本当にそう。このふたり変、だから似てる。管理データ、本国の最高学府に在籍。頭はいいはず。なのに名前ひどい。すぐにつけてくれて嬉しかったのに、調べたら嬉しくない。ブラウニーは外国の座敷童みたいなの。あんまり。あと、壊れない身体でも、大きいのいっぱい降ってきたら怖い。宿主きらい。でもほめられたのは嬉しい。
さて皆さんは「ざしきわらし」を知っているだろうか? 漢字で書くと「座敷童」。家に憑く子ども姿の妖怪である。しかしこのオールネンドワールドにおいては少し違う。
彼ら・彼女らはアトリエ内限定の、サポートキャラクターでマスコットキャラクター。プレイヤーごとに与えられる、成長型の人工知能だ。
連続召喚可能な時間は現実時間で6時間。ゲーム内時間では24時間。再召喚までの待ち時間は先の連続召喚時間の3倍。ドールは、召喚中に限り破壊不可オブジェクト。他にもいくつかの特殊能力がある。
ゲームの正式サービス開始に合わせて導入された、新システムだ。
さかのぼることネンドタイム7時間前、正式サービス開始直後。
βプレイヤーであった彼――プレイヤー名「羊羹」――はチュートリアルをスキップしてこの世界、このアトリエを訪れた。
キャラクター引継ぎはなく、チュートリアルを受けていないため、ドールがない。ソウルは物体に干渉できず、ネンドをこねることができない。もちろんドールを作ることもできない。
そこで、登場するのがサポートシステム『座敷童』だ。
(羊羹:「召喚・座敷童。命名・ブラウニー」)
部屋の中央にごっちゃりと置かれていた初期アイテムの山から光がもれ、黄色い星型のコア――『スターコア』が浮かび上がる。
(羊羹:「一人称は『わらわ』。口調は古風・年寄り。性格は従順過ぎないけど従順? な感じで適当によろしく」)
召喚コマンドに対する反応が終わるのを待たず、希望を並べたてた。
浮かび上がったコアは壁にめり込み、周囲のネンドを切り取って徐々に形を変え、小さな人型となる。
「お初に、お目に、かかり申します。わらわ、は座敷童。これより、ブラウニー、と、名乗らせていただく。よろしゅう、お願いいたし、まする。――システムの説明を希望しますか?」
(羊羹:「……公式、読んだ。とりあえず後で話そう。1分でできるだけ1コードにしててくれ」)
それだけ言って、地下街へ飛び出していった。
座敷童はソウルの声が直接聞こえるので、すぐさま作業に取り掛かった。自分の身体分窪んでいる壁を、さらに削りとってコネコネする。
主であるプレイヤーのソウルLvが1なので、座敷童が変えられるネンドの硬さは1コードまで。アトリエの壁は0コードのベースネンド。元の体積の半分まで圧縮するとコードが上がる。つまり同じ大きさのネンドでも0コードと1コードを比べると重さは2倍になる。
同時進行で外部サイトに意識をアクセスし、口調などを勉強する。
他の言葉よりすらすらと言えた、初回召喚時の決まり文句。
けれど嫌だった。
宿主――羊羹の反応が、嫌だった。
その反応をなんと呼ぶのか、ブラウニーには分からない。嫌の種類もまだ知らない。
30秒と経たずに羊羹が戻ってきた。
「お早かったですね。宿主殿。一分経ちませぬが、これだけでよろしくて?」
(羊羹:「いや、まだやることあるから続けてて。あと、ですますと、女っぽいのは、なしで」)
――わらわは女の人の、自分のことなのに。適当にってむずかしい。
(羊羹:「ワールドリンク・プレイヤーコード・Cβ06・メニューパネル・オープン。マイク・起動。設定画面・選択・オープン。下へ・スクロール。各種設定をデフォルトからβプレイ時のカスタマイズに変更・選択・決定。データ呼び出し・承認。変更内容を保存・決定。コマンドカスタマイズ・選択……」)
『メニューパネル』はパソコンのデスクトップ画面のようなもので、フレンドリスト・チャットなどゲーム内アプリのアイコンと、インターネット接続ボタンなどがある。デフォルト状態ではノートパソコンほどの大きさで、目の前30ミージの空間に垂直に浮かぶ。任意のサイズに変更できる、実体のない半透明なプレート。基本的には、開いた当人にしか見えない。
ドールがあればタッチパネルのように使えるのだが、ソウルなので全て音声認識で操作していく。
そうして各種設定をいじることしばし。
(羊羹:「あれ? まだ1分たたね?」)
「否、少々、過ぎておる。『従順過ぎない従順』を、『融通が利く』と、判断いたし、申したが、お気に、召されぬか?」
(羊羹:「んー。それもいいけど、今回の場合は俺も今まで設定かかってたから結果オーライだし。でも違って、言葉はマシになってるけど。言い争いを楽しめる的な……んー……ロリばばぁとか、憎まれ口とか、ちょっと違うけどツンデレって検索して足して割ってみて? で次は、ドール貸して」)
「……なるほど。わらわは、『一分経つぞ』と、文句を、言えば良かった、のじゃな。――ふむ、身体であったな。しかたないの。くれぐれも、大事に使うのじゃぞ――。こんな感じかの?」
(羊羹:「そうそう、そんな感じ」)
ふぅわりとソウルが浮かび上がり、力の抜けた身体が倒れかかる。そこへ羊羹が入り込み、ふらついた身体を立て直した。
「よし、動く動く。なあ、自分の体貸すのってどんな気分?」
腰をひねり腕を振って調子を確かめる。
<「宿主殿が、星の核に、入って、いられるは、この世の刻で、一日に三十分のみ。あまり、悠長にしている暇は、ないぞ。そう、思う」>
「んーまあ、いっか。そんなにかけないよ。狩場が混み合う前に、ある程度集めたいし」
座敷童はプレイヤーの意識に直接、声を響かせることができる。チャット画面を開くことなく、会話が成立する。
1コードになったネンドの内、ひとかかえほどを切り取っておいて、残りを人型に整形する。
真ん中が太めの抱き枕のようなかたまりを作り、縦半分に中ほどまで引き裂き足にする。太いところから腕を作って、首を両手で絞めて細くする。幼児のネンド遊びレベルな代物だが、一応は人型になった。
物がもてるように腕の先に切れ目を入れて親指を作り、顔の中央をつまんで鼻・両横を引っ張って耳・小さな手を突き込んだ穴が目と口。
ソウルで見えているように、目がなくても見える。プレイヤー自身が見えると認識している距離と鮮明度で、情報が脳に送られるゲームシステムだ。
仮に頭の前と後に精巧な瞳を作ったとしても、そうとう柔軟な神経と高い処理能力や脳内キャパシティーがなければ、ふたつの景色を同時に見ることはできない。
現実で目が悪いプレイヤーは、無意識に認識範囲を狭めたり、だてでもメガネをかけると認識範囲が広がったりする。
重要なのはイメージと思い込みだ。見えると思い込むことさえできるなら、地平線の雑草でも見える。
羊羹が作ったのは、とりあえずこっちが体の前側と認識を確かにし、ドールを動かしやすくするための目鼻の配置となる。
とにかく早くフィールドに出たいので見た目には拘らないが、左右のバランスと、手足の付け根はしっかり確認する。もちろん首も、もげないように。
部屋の中央に置かれていた初期アイテムから薄青い球形のコア――『ライフコア』を7つ拾いあげて、額・首・腹・肘・膝にひとつずつ埋め込む。最後に、鮮やかな青色のハート型のコア――『ハートコア』を胸の中央に埋め込んだ。
これでプレイヤー用ドールの出来上がりだ。
出来上がったドールにさっそく入ると、残しておいたネンドを3つに分ける。
素手でも倒せるスライムと戦う予定だ。リーチが欲しいだけだから、武器は棒きれ。防具は、公序良俗監視システム回避のための、腰布。作るのに手間はかからない。
残るネンドは、座敷童のドールに使う。
ネンドを追加してお腹をポッコリさせておいて、手のひらを差し込み有袋類のような大きなポケットを作る。逆さまになっても中身がこぼれないように、かえしも付けておく。抜いていたスターコアを埋めなおして完成だ。
「ええい。なにゆえ、かように、不格好な……」
――便利そう。ツンデレ? 自動生成が理想体型のはず、だから不恰好は本当。
床に残っていた初期アイテムを、ブラウニーの腹に詰めていく。これでなくす心配はないだろう。
そして、先程は床に置いたまま使用した『アトリエゲートコア』を、天井に軽く埋め込むように貼り付ける。天井までは手足で壁にくぼみを作りながら登った。
となりには『アイテムホールコア』の片割れも設置する。『ホールコア』はふたつで1セットになっていて、あらかじめ設定したコマンドをオープン呪文・クローズ呪文として空間をつなぎ、ソウルを持たない無機物ならサイズを問わず通すことができる。対になるコアは左手のひらに埋め込み済みだ。
そこまで終えて、埋め込んだばかりのアトリエゲートに「どこでもドアァ」とカスタマイズしたコマンドを気の抜けた声で唱える。
白く浮かび上がった球形の立体地図(地球儀のような物)で始まりの丘を選択。さらに浮かび上がった箱庭のような地図から、丘の中央に建つ塔の1階――唯一色がついているマッピング済みの場所――を選び決定する。
ゲートコアを中心に黒い渦が広がり、その向こうにレンガ造りの部屋が見える。入り損ねると落ちるよな、と思いながら天井に開いたゲートに飛び込んだ。
「朝になったら戻るから、とりあえず埋もれるなよ。でもって可能な範囲でコアの回収よろしく」
と、言い残して。
あらかじめ作る物も手順も決めてあったのか、ここまでに要した時間はわずかに5分だ。最初から最後まであわただしい印象だった。
「はて? 埋もれるとは、いかな意味であろ?」
その疑問はアイテムホールが埋め込まれた天井から、身長の半分以上もある大きなボール――スライムの死体――が落ちてきたことで解消される。が、ちっとも良くない。
それでも、生まれたばかりの成長型人工知能は、素直で真面目だった。コアのみでなく死体丸ごとアトリエに送ってくる以上、このネンドをなんらかの素材にするのだろうことは予想がつく。ネンドからダークコアをえぐり出して、お腹のポケットに詰めていく。
落下地点以外の部屋の角をそれぞれ、赤・青・黄と割り振って、コアを抜いたネンドを運んだ。紫は赤と青の間の壁沿いに、緑なら青と黄の間、橙を部屋の中央に。
ただし、1時間が過ぎる頃には色分けどころかコアを抜く余裕もなく、埋もれて這い出して崩れて埋もれてを繰り返すこととなった。
戻るのは朝とのことだったので、どうせ役に立たないならと、途中休憩(自力タイマーつきの召喚解除)を挟み、帰還を出迎えるよう調整したが、休憩中に予想以上に埋もれていて苦労した上、出迎え直前にも埋もれさせられた。
ドールに入っているプレイヤーには色ごちゃのネンドの山でしかないが、ソウルの状態で見ればそこかしこが光って見える。ネンドに埋もれているコアのありかだ。
ウィングが場所を示し、羊羹がネンドの中からダークコアを回収する。座敷童は、ドールに入ったままでコアの位置が見えるので探索と回収の両方を行なう。
『コア』とは指先サイズの特殊なアイテムである。
乾燥せず、水に溶けず、壊れることもない。何千・何万とかかえてもステータスの所持重量は0なのに、水に沈む。
ネンドの結晶体だといわれているが定かではない。謎の物体だ。
定説としては、フィールドの地面・岩や木々などの中で凝縮されたネンドが、『ベースコア』になり、これにモンスターソウルが入って『ダークコア』に変質すると言われている。ただし、ベースコアが発見されたことはない。
コアが埋め込まれたネンドには『個別記憶力』が働く。
これがないと手に持った武器がくっ付いてはなれなくなるし、スライムは飛び跳ねるたびに周囲の草や石を取り込むだろう。
整形することができるのはコアの入っていないネンドだけで、ソウルが入っているとコアをとりだすことはできない(周囲のネンドごと切り取ることはできる)。コアを埋め込む際はすばやくしないと、穴の形ごと個別記憶されふさがらなくなる。
なのでダークコアを抜いた後のネンドは、多少くっついてもいいと思える、近い色ごとにまとめる。「コアを取り除き終えました。全部ぐちゃぐちゃ混ざりました。黒っぽいマーブルの山です」なんてことになっては、素材として台無しである。
リアル2014/01/01/03:00・ネンド04/01/01/12:00。
部屋の壁に沿って山脈が出来、とりあえず目に付く範囲でコアは見当たらなかった。作業を一旦、終了とする。
「おいでませー。おいでませー。座敷童サマ、おいでませ」
タラタラした口調の羊羹が、カスタマイズしたコマンドで再召喚を行なったのは、昼食後。
今回はコアがすでに埋め込まれているので、ドールの自動生成は行なわれない。
覚醒めたブラウニーの前にいたのは、着せ替え人形のようなサイズのドール。座っているブラウニーと目線が合う身長しかない。
「おはようございます。羊羹の依頼でドールを作り直しました。いかがですか?」
言われてみればずいぶんと様変わりしている。
まず、座敷童のブラウニーが、意識するまでもなく分かる情報として、使用ネンド10コード。ドール体積2デッカ617チッサ。ドール重量133オモー632カルー。
見た目は、桜色の爪が指先に整えられているから、ずいぶんと作り込まれているらしいが、視界に映る範囲だけでは全体像がつかめない。倒れないように、座ったままドールアウトして、ソウルで全体を見てみることにした。
のっぺりとした和風の顔立ちだが、瞳は切れ長で、ほっそりと整った瓜実顔。美人と可愛い、どちらかと問われれば美人よりだが、頬は子どもらしい丸みも残している。肌は象牙色。瞳は菫色。髪はみずらに結われていて、胡桃色。結い紐が躑躅色。頭の上に付けられたメイド風カチューシャは、ベース部分が緑青色でフリルが鴇色。
服は水干や狩衣に、近いといえば近い。上が鶯色、下が柳色。衿のほか肩・脇と袴の横などにのぞく襦袢は灰梅色。腰は高めの位置で細く絞られ、背中側で大きなリボンになっている。袖口にはレース飾り。これらは灰桜色。膝から下は編み上げブーツで、袴の裾は内に入る。ブーツの色は朽葉色で紐が若竹色。
つまり、使われている色は全て灰色がかって淡く、色味は緑・ピンク・茶の3系統。ふっくらしたデザインの部分が多く、古風な和とサブカルチャーなメイドが同居している。そして3頭身の幼児体型から、5頭身に変わっていた。
未だ美的感覚などろくに養われてはいないブラウニーだが、作りが細かいことや、似ていて違う色がたくさん使われていること、突出して目立つ部分がないことで、まとまりが取れていることは判断できる。
和洋折衷な上に、髪型が少年、装飾部分は少女、服は男性、はじめに指定された一人称が女性。ジャンルがバラバラなのはどう判断していいのか分からない。
目の前にいるふたりのプレイヤーのバイタルデータは嬉しい・楽しいといった感情を示している。
合わせればプラスが多い。
「うむ。感謝する。良い出来ぞ」
「おう。似合ってるぞ。ウィング、サンキューな」
そういう羊羹はLvが10、ハートコアとライフコアは全てランク2へ変化している。――このステータスの必要経費は、ダークコア469個分。スライムのダークコアは1匹1個。
ドールの完成度は代わり映えがしないが5コード製で、腰布が貫頭衣にグレードアップしていた。
「どういたしまして」
ウィングは右手を恭しく胸に当て、芝居がかった礼をとる。整った容姿にドレスシャツとタイトなロングスカートでの、その仕草はとても様になっている。
「ところで、なぜそのように小さいのだ」
「こまかな細工を行なうには便利ですから」
当然といえば当然、小さな者から見れば普通サイズは大きいし、小さな物が普通となる。
「なるほど」
――宿主にとっては、スライムは大きくない。意地悪じゃなかった。
「それより、ブラウニーに仕事」
手招く羊羹のそばには、深さ20ミージ・直径50ミージほどの丸い器が置かれている。大きなそれが場所を取っているのに、部屋の中は眠ったときよりはスペースがある。積まれているネンドのいくらかは、2コードだったり3コードだったりする。
「なんぞ?」
中では野球ボールくらいのスライムたちが小さく飛び跳ねていた。ペッタンペッタンと音がする。Lvは5のままだが、ネンドは10コード。重すぎて大きく跳べないのだろう。スライムの中に見えるコアは赤と白に分かれた球形――『テイムコア』だ。ということは、このスライムはシステム上の分類はペットになる。しかしペットとはこのような使い方をするものだったであろうか?
スライムの下にはネンドのかたまりがあり、ブラウニーの目にはコード変化が数値として見えている。どうゆう仕掛けなのか、ときどき底から混ぜ返され、均一にコネコネされていく。
「硬さ見えるお前に任せる。色混ぜたくないから一度に入れるネンドは1匹分だけな。多少くっ付いちまってるのはしょうがないし、気にしなくていいけど。で、取り出したのを縦横高さ1:1:2くらいのブロックにして、近い色で並べる。OK?」
「ふむ。承知した」
「んー。じゃ、俺寝るから」
そういうとドールアウトして、1匹だけ働いていなかったスライムにドールインする。そのスライムだけ、中に入っているコアが違う。スライムの形をしているが、プレイヤー用ドールだった。
周りの動きにゆられて、面白そうではある。動きの方向が不規則なので酔う人は酔うだろうが、電車内でのうたたねが近いかもしれない。
――宿主が、妾より小さい。
しばらく眺めていたブラウニーだが、ネンドが小さくなると効率が悪いと気付き、コードが3になった当たりでスライムたちの下からテイっと引き抜き、次のネンドをボトっと入れた。そして作業の早い座敷童が5コードのブロックを完成させるころ、入れ物の中のネンドは3コードになっている。
こうしてブロックひとつが出来上がるまでの時間はおよそ8分、作業ペースとしては4分にひとつが積み上げられていく。
さて、羊羹が放り込まれたネンドに埋もれた頃、ミニドールから通常サイズのドールに変更したウィングは、ネンドを選んでいた。
ブラウニーのドールの対価として、このアトリエにある色ネンドを自由に使う許可を得ている。Lvが1のままなので先に取り分けておかないと、コードが上がってしまえば使えなくなる。
10コード製のブラウニーのドールをどうやって作ったのかといえば、『コピー用紙』というマジックアイテムのおかげだ。ウィングが1コードで作った形を、色ごと・パーツごとに、羊羹がこねた10コードネンドで再現し、組み立てるといった手順を踏んだ。
選んだネンドをひらけた場所に運んだ。赤・青・黄の3系統で鮮やかな物ばかり8匹分ずつ。スケールパネルを利用して全て正確に8等分する。
そして、赤・朱・茜・紅など赤系統8色の8分の1ずつを1セットにし、色が均一になるまで混ぜる。これを繰り返して、まったく同じ色同じ量のネンドが8つ出来る。青と黄も同様に色を均一にする。3色の重さを量り、一番軽かった青色に合わせて、赤と黄のネンドを減らした。これで同サイズのネンドが「3色×8個=24個」となった。
赤と青を1:1で混ぜ合わせ紫、青と黄で緑、黄と赤で橙。これを2セットずつ。2色を混ぜた結果2倍の大きさになっているので、それぞれ半分にする。これで「6色×4個=24個」。さらに中間色を作って「12色×2個=24個」。この24個をそれぞれ4つに切り分けて、各色8個ずつにする。
自分のアトリエのゲートを開いて、お中元やお歳暮のギフトセットのような、平たく大きな箱をルチ君から受け取る。箱は縦に3つ横に4つ、等分に仕切られていて、仕切りの内側は底が15ミージ四方、深さが16ミージ。切り分けた色ネンド12色を、それぞれの仕切り内に押し込んで、12色入り絵の具セット的なものが8箱完成する。
箱は初期アイテムのクリアコアで個別記憶しているので、色ネンドが白濁する心配はない。スライムを直径30ミージの球体として、体積計算の上あらかじめ作っておいた物だが、予定通りわずかな余裕を持ってきれいに収まった。
混ぜないよう気をつけている羊羹は、多くの色のストックから選んで使う。対してウィングは基本的な色だけストックして、使うときに混ぜる方針のようだ。
ネンドタイム8時間後。人型に戻った羊羹が、ブラウニーの召喚を解除する。
――前はもっと長く顕現していたのに。寝てる間の時間は感じないから、ないのと一緒。長く眠ることになってもいいから、もっと一緒にいたい。
ネンドの山はまだまだ残っているし、リアルタイムで午後2時。ログアウトの必要もない。ただ午前中(ゲーム内の昨日丸1日)呼び出せなかったのはつまらなかった。
ここで解除しておけば夕食後ログインしたときに再召喚可能だ。
ブラウニーがいないとコードを測る手間が増えるが、少し大目の16分でタイマーをセットしておくことで良しとした。
そして行なうのは勉強だ。年末年始の休暇に入ってからサービス開始まで、設計図をひくことに時間を費やした。レポートも予習も復習も何もしていない。まあ、休みはまだ半分残っているし、ネンドワールド内で過ごせば4倍の時間が使える。問題はない。
膝から上の高さの壁に大きな卵形の穴を掘って、すっぽりはまり込むように座る。ごそごそして具合良く落ち着いたところで、メニューパネルからインターネットに接続する。辞書と、目星をつけていた情報サイトをそれぞれ別のパネルで呼び出し、左手の壁にスライドさせる。ネット上にあげておいた、課題フォルダをダウンロードして右手の壁に展開。正面のパネルには無料アプリのワープロソフトを開き、キーボードパネルを呼び出す。
パネルは呼び出した本人にしか見えないので、見る人がいれば、壁にはまって何もないところで指を上下させる変な人だが、気にしない。
戦闘機や人型巨大ロボットのコクピットのようで、羊羹自身はとても満足している。
そのまま勉強を続け、「そういえば見る人居たんだ」と、思い出したのは
「晩御飯食べてきますね」
ウィングが声をかけてきた時だ。
これを機に羊羹も夕食をとりにログアウトした。
夕食後ログインしてすぐ、予定通りブラウニーを呼び出す。
「気付かぬではタイマーの意味がないではないか。とっくに仕上がっておる物を、そのまま丸一日も。スライムたちがかわいそうであろ」
召喚されたブラウニーの始めの仕事は、羊羹へのお説教だった。
――がんばって注意してるのに、楽しそう。ちゃんと聞いて欲しい。
その後、羊羹は大学の勉強。ブラウニーもネンドの圧縮作業を続けつつ、あれこれ検索をかけて知識を増やしていく。主と同じく勉強タイムだ。
ただし、この検索・勉強の内容・方向性は、主であるプレイヤーの言動に大きく影響を受ける。こうして、全員同じ真っ白無垢な状態だった座敷童たちに、個性が生まれる。
絵の具セットを入手したウィングだが、なぜかまだ羊羹のアトリエにいた。
ミニサイズドールで、顔くらいある葉っぱを作成中。ふちに細かなぎざぎざをつけ、糸のように細く延ばしたネンドを貼り付け葉脈を作る。貼り付けた葉脈を見えるか見えないか位まで馴染ませる。フリーハンドで同じような葉っぱを20枚作ると、細い棒を組み合わせた枠につないでいく。
プラモデルのパーツ切り取り前、といえば分かるだろうか? これを後ほどコピー用紙にかければ一度に20枚の葉っぱが作れるし、全部同じで不自然ということもない。
葉っぱが終われば頭サイズのミニバラを作る。こちらは大中小3サイズの花びらを5パターンづつ用意し、コピー用紙にかけて増やしてからランダムに組み合わせて、微妙な差の20輪が完成した。
その後も、蔦の先のくるるんとしたところだとか、丸まった枯葉だとか、各種雑草だとか、量産して配置する以外使い道のないような、細かい物を作り続ける。
大学の課題は当然のように終わらせ済み。ネンドで作る物は、指先とセンスまかせのウェットな造詣物が中心なので、あらかじめの設計図などは必要としない。時間的な余裕がある。
――文通相手ができた。名前はルーム・チャイルド。写真が送られてきた。色が違うけど服の形が似てる。赤・黒と少し灰色。頭に小さな帽子。絵の具セットの手順は覚えた。たぶん、妾にもできる。でも、これは無理。
明けて翌日。午前中はウィングが羊羹のアトリエに来なかった。フライト用のドールを作っているらしい。
「わたしの夢は鳥のように空を飛ぶことなんです。滑空やプロペラではなく、羽ばたきによって自由に……」
というウィングが選んだ練習方法は、高所から飛び出すことだ。「追い詰められてこそ、実力を発揮できる・能力に目覚める」というような考えらしい。
βのときも日課にしていた。
空を飛ぶのなら力学的な計算が要りそうなものだが、それ以前の問題として翼の羽ばたきが足りないことがはっきりしている。アニメの天使のように大きく一度羽ばたいただけで、ふわりと浮き上がるなどということは物理的にありえない。
本来人間に備わっていない翼をドールに生やした場合、動かせるかどうかはプレイヤースキルによる。クラスにひとりくらい、いたのではないだろうか? 手で触らず耳を動かせたり、足の薬指を曲げずに小指だけ動かせたりという、だからどうしたという変な器用さを持つ人間が。ネンドワールドで翼・尻尾や獣耳を動かすのに必要なプレイヤースキルは、そういう器用さとイメージと思い込みだ。
だから昼食後、羊羹は始まりの丘にいた。
丘の南側は西から東へ川が流れている。
川の対岸は『約束の庭園』という中級フィールドで、中央に『契樹』という名の大樹がそびえる。別名は「蠢く花園」「妖精の国」「迷路」。始まりの丘からの正規ルートは北東の『迷いの森』を東に進んでから南下し、『試練の沼地』を抜けて下流の『躊躇いの飛び石』を渡る。
この川を飛んで超えるのがウィングの目標らしく、塔から南に向かって飛ぶことが多い。
一方、羊羹の今年の抱負は洋館作りだ。青い蔓バラに覆われた瀟洒な黒い館を計画している。今いるのが第一候補地だ。川を挟んでいる分には、静かできれいな花園に見える。
フィールドは誰の物でもない。公序良俗などの規定に反しない限り、どこに何を作ろうと自由だ。同時に、壊すのも自由だ。
誰が見ても壊したくないと思う完成度で作るのが目標だ。壊されたなら目標に満たなかったということ。またチャレンジすればいい。
とはいえ、作成途中の見た目までは責任を持てない。一応、露店販売用の値札シールを使う予定ではいる。
『値札シール』は、商品名・値段・販売者名を入力して張り付けると、限定的な保護機能が発生する、マジックアイテムだ。
保護対象は、個別記憶されている、ひとつながりのネンド。
保護内容は、万引き防止と破損防止――移動不可・破壊不可な特殊オブジェクト化。
機能発動条件は、販売者がドールに入ってHP1以上で、半径10チカ以内にいること。
販売者に対しては保護機能がないので、壊したきゃ俺を倒してからにしろということになる。
もちろん値札というからには購入されてしまっては意味がない。9999……な値段を設定するつもりだ(何桁までか知らないが)。
そして、ログアウトした場合も保護機能が無効になる。だから、なるべく短時間で外観を完成させたい。
そのためアトリエ内でパーツに分けて作っておいて、組み立てる計画だ。
ピコン、と頭の中に音が響いて、メールの着信を知らせる。
【発信者:ウィング
件名:これから飛びます
本文:艶のある黒い髪
愁いを帯びたアメシストの瞳
蝙蝠の翼を持つ吸血鬼
40代くらいのオジサマにしてみました】
塔へ向かって丘を登る。
そして羊羹のアトリエにネンドの山が増えた。
夕食後、追加分も含めスライムの山はすべて5コードになり、16分の1とコンパクトになっていた。10コードの白い箱に収め、封をして個別記憶をかける。
Lv10なのに5コードなのは比較的管理しやすく、使い勝手がいいからだ。コードの高い物・低い物、それぞれにメリット・デメリットがある。
素材の保護を終えたところで、部屋の拡張を開始する。
現在あちこちの壁がそのつど使われ、でこぼこしているが元の広さとほとんど変わってはいない。300ミージ立方の空間だ。
最大拡張サイズは1辺1000ミージで、34倍の広さになる。現在のアトリエは中央・最下部に位置していて、壁の厚みが350ミージ、天井の厚みが700ミージ。
これらの分厚いネンドを、プレイヤーもしくは座敷童が掘り返して拡張する。
部屋の半分を埋めたスライムの処理に1日以上かかったということは、66倍で2ヶ月以上がかかる計算になる。
それより天井をどうやって掘り返すつもりかと、梯子から落ちる様子など大変な状況を想像する人も多いだろう。そもそも、ほとんどのプレイヤーが、最大拡張サイズを聞いて思うのは、白いネンドの在庫は十分ってことだ。ドールを作るには最初の広さで十分なのだから。
羊羹が選んだ方法は、巨人を作ることだった。はじめから大きな物は作りづらいので、1.5倍ずつ大きな物を作って乗り換えていくつもりだ。
コードの高い物はネンドの密度が高いということで、丈夫だが重く、低い物は比較的もろいが軽い。重いネンドを扱うには相当のステータスを必要とする。
素材の保護を終えたところで、部屋の拡張を開始する。
重さを考慮して、巨人ドール1号は4コードにすることにした。身長が1.5倍ということは体積は1.5の3乗で3.375倍。0コードから4コードへの圧縮は16分の1。冬の観光地にあるような、大きなカマクラほどのネンドをかき出す。
ブラウニーがペットたちも使ってコネコネし、掘り出し終えた羊羹が人型にまとめていく。昼寝スライムから抜いたコアを埋め込んで、200ミージちょっとの身長のドールが出来た。
ここでブラウニーの召喚を解除して、出来たばかりのちょぴっと巨人なドールに入り、柄の長いスコップを作る。
次に作るサイズの頭が天井に支えそうなので、スコップで届く範囲を落としていく。
夜食を食べて戻ってきたところで、足元からブラウニーを掘り出して再召喚。
落としたネンドにコアが埋まっていると言われて、天井に設置していたゲートとホールを思い出した。天井の表面に埋め込んでいたと云うことは、山の下の方に埋もれているということになる。
気にせず作業を進めていけば、最後には出てくるはずだが、それまでゲートが使えないのは困る。
コアの発掘に時間を費やし、就寝となった。
――教えなかったら、気付かない? ずっといる?
翌日、朝食後から作業を再開。
昼食と、ウィングのおかげな色ネンドの追加をはさみ、夕方。3コード300ミージ越えの、巨人ドール2号が出来た。メインドールからぬいたコアを埋め込み乗り移る。
この手順を繰り返して、最終的にコード1身長750ミージ越えの4号を作る。身長に見合ったスコップも作れば、一度に100ミージ立方程度は掘れるはずだ。
毎日のように死体に群がるスライムの殲滅もしつつ、明日から冬学期再開という日の夜、やっと土木工事的なアトリエ拡張作業が終わった。
5コードになったネンドは貨物輸送用のコンテナくらいもある。
さて思い出して欲しい。「――勉強だ。年末年始の休暇に入ってから――(中略)――4倍の時間が使える。問題はない」という説明を。まったくもって、この日しか勉強していない。そういうわけで徹夜だ。朝まで残り36時間。
すぐさま同級生が呼び出された。毎日始まりの丘で会ってはいたが、アトリエを訪れるのは久しぶりだ。
ウィングは「自分でやらなくてはためにならない、と言いたいところですが……」と口にしつつも、課題データのコピーを許可した。とはいえ、それはあくまで資料だ。論文などそのまま引き写すわけにいかない。コンテナの中にコクピットを作って引きこもった。
残ったふたりはパジャマパーティーだ。
ブラウニーが聞き出したところでは、ウィングと羊羹の成績の差は主にケアレスミス(漢字の綴りや筆算の間違いなど)による減点で、一通り解いた後確認せず提出するところに原因があるらしい。それでいて順位が下がらないのだから、実はウィングよりもすごいのだという。
――自分よりも相手のほうが上だと、楽しそうに話すのが分からない。知らなかった宿主のことを知るのは嬉しいのに、つまらない。
広くなったアトリエには柱が立てられ梁をわたして、いくつかの部屋が作られた。
一番広い作業スペースはアトリエの半分を占める。高さ200ミージごとに4層のキャットウォークが周囲に設けられているが、フィールド上で足場を組む練習に使うつもりらしい。
巨人で初心者フィールドへ出て、建て始めから注目を浴びる気はない。すべての組み立てパーツは普通サイズのドールで運べるように作る予定だ。 キャットウォークを使わず足場が組めるようになれば、フィールドでの建設を実行するつもりでいる。
他に、色ごとに仕舞えるように棚を作ったネンド置き場。できあがった建築パーツを仕舞う部屋。それを作る作業スペース。
ブラウニーの部屋がひとつ。羊羹の部屋がひとつ。ふたりの部屋の間に客室がひとつ。
――階段の下のスペースを使った、自分の体に合わせて作られた小さな部屋。棚も机もベッドも身長にあった物が置かれている。でも使いづらくても隣の部屋がほしい。
廊下の端には、アトリエゲートコアを埋め込んだ扉。扉の形にゲートが固定され、黒い渦よりも使いやすくなっている。アイテムホールも専用の部屋を作って、設置しなおした。
拡張途中に埋められながら、無事に生きのびていたスライムたちも部屋を貰ったが、全長20ミージほどのカタツムリもどきに改造された。渦を巻いた殻の部分が、糸車のようになっていて、紐状のネンドが巻かれている。体重を調節してあるので動きは遅い。
部屋の床はゆるく傾斜していて、槍を並べたような黒い柵が、穂先を傾斜の下に向けて倒されている。柵の下にはブロックがいくつか置かれているので、床との間に隙間がある。
緑がかった茶色の紐を出すスライムたちは、無意識に傾斜を下る。すると規則性のない自然な感じに、柵へ蔦が絡んでいく。
夜食を食べ終え戻ってきた午前零時。ウィングからメールが来たので扉を開く。
「こんばんは。はい、プレゼントです」
「はへ。なんで?」
「バレンタインですよ。今から朝までがネンドタイムで二月十四日です。地下街の飾りつけもハートマークいっぱいに変わってますよ」
毎日、訓練の応援に来てくれて、スライム相手に敵討ちをしてくれる相手だ。ゲーム内でプレゼントを用意するくらいの好意はある。
「へぇ。ずっとアトリエこもってたから、気付かんかった」
「黒い麺を食べる行事であったと思うたが?」
と、これはブラウニー。関係はあるがそれは4月だ。
「ちょっと……何を仕込んでいるんですか?」
「いやいや、勝手に調べるんだって……」
「で、これは何ぞ? 妾がこねた七コードネンドが使われておるな」
「これは矢筒ですよ。これに矢を入れて肩にかけて運ぶんです。夏休みに使ってた武器は弓だったでしょう? ブラウニーさんとの合作なんですから、大事にしてくださいね」
肩紐はチョコレート色の編みこみ。本体はミルクチョコ色で編まれた細いかごで、ビターチョコ色の飾り金具が付いている。
「おう。サンキューな。ブラウニーも」
「三倍返しですよ」
「うむ。三倍返しが基本ぞ」
――何に使うかも聞かずに渡したネンドだけど、宿主から贈り物が貰えるらしい。
「ははっ……ところでさ……大学でひと月後にくれる気はある? それなら3ヵ月分でもいいよ」
当初、ウィングの「飛行訓練」は、羊羹にとって「スライム乱獲タイム」でしかなかったが、毎回感謝されれば悪い気はしない。ちょっとばかり、かっこつけたセリフを言ってみたくなった。
「えっ、……あ、あの……からかわれちゃいますよ」
意外にも、脈があるらしい。
「それをいうなら矢筒の方が、あんたからって知れたら、男同士な噂になりかねないんだけどな」
嬉しくないわけではないが、3ヵ月分を本気に取られても困るので、話をずらすことにした。が、男の側が言い出すには微妙な話題だった。けっこう、あせっているらしい。
「別にわたし、男だなんて嘘ついたことないんですけど……」
「けど、この掲示板、毎回ウィング“少年”て書かれてるぞ」
「わたしのメインドールなら大抵“美青年”に作っているつもりなんですが……この書き込みのアレクさんというのはどなたでしょう?」
「さあ? 口調も声もまんま女なんだから、とりあえず話したことない相手なんじゃね?」
それぞれがパネルを開くのではなく、閲覧許可を設定して仲良くひとつをのぞきこむ。その顔の近さを、どちらも疑問に思っていないらしい。
――用意してなかったのにプレゼントを渡したことにしてもらって、感謝されて嬉しいはずなのにおもしろくない。
ブラウニーはここまでの経緯を文通相手のルチに送った。送っただけでなんとなく気が晴れて、そういえばと疑問が出てきた。
「ところで、宿主殿。そなた毎日毎日、大学に通う以外はひたすら接続しておるが、三ヵ月分とはこづかいか? それとも接続料か?」
ブラウニーは、本当に疑問だったから聞いただけなのだが、この質問で甘い雰囲気はほどけてしまった。
が、ひと月後「0円×3ヶ月=0円=手作り」で羊羹とブラウニーの部屋の間の、客室がウィングのものになる。
――ウィングは好き。着替えのドールが増えた。宿主が毎日選んでから起こしてくれる。でもウィングが話す宿主の話は嫌い。なぜだか分からない。何を検索したら答えが出るのか教えて欲しい。
最後までお読みくださりありがとうございました。
単位の説明は04話チュートリアルに含める予定です。
数字の使い分けは、デフォルトの横書きで読むこと前提に、本文はアラビア数字を使っています。ブラウニーとウィングのセリフ中のみ漢数字で、羊羹がアラビア数字なのは、口調の真面目さ不真面目さの違いを表しているつもりです。口語の数え方、ひとつ・ふたつ、ひとり・ふたり、はひらがな表記。3以降はアラビア数字にしています。