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01 隊長さんのお正月

このページを訪れてくれてありがとうございます。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 地下街中央広場を囲い込む螺旋を描き、地上まで続く巨大な階段。それをのぼるひとりの男。中肉中背、平均的な目立たぬ容姿の兵士姿。一切欠片も着崩していないことと、背筋を伸ばし一定の速度を保つキビキビとした歩き方がトレードマーク。

 アレクというファーストネームの、長~い名前を持つ彼の通称は「隊長さん」。街の通りを歩けば人々から「隊長さん、こんにちは。いつもありがとう」と、声をかけてもらえるそこそこの有名人。部下たちも彼を「隊長」とのみ呼ぶ。

 しかして長~い名前は誰も呼ばない。簡単なファーストネームもめったに呼ばれない。とにかく長~い名前の隊長さん。どれくらい長~い名前かというと、デザイナーが公式HP(ホームページ)の紹介欄に「アレク・ナンタラカンタラ・(中略)・カクカクシカジカ・アレコレソレドレ・etc」通称「隊長さん」と書いたくらい。

 そもそも中身を考えず「とにかく長~い名前のアレク隊長」とデザインされた可哀相なAIである。


 そんなことはまったく気にせず、隊長さんは地下街から地上へと階段を上っていた。

 現在時刻はリアル2013/12/31/23:50・ネンド04/12/31/23:20。現実世界では後10分、VRMMOゲーム『オールネンドワールド』の時間の流れでは後40分で新年を向かえ、同時にふたつの世界がつながる。つまり正式サービスの開始直前だった。

 ネンドタイム1時間はリアルタイム15分。この世界にログインしたプレイヤーは4倍の時間を体感することになる。

 構想段階は別として、この世界がネット上に生み出されたのが約1年前。正式サービス開始を来年の元日と決めて、ふたつの世界の1月1日が重なるように、ゲーム世界の時計はスタートさせられた。そんなふたつのときの流れが同時に新年を向かえる瞬間にオープンを漕ぎ着けたのは、開発者たちの身勝手な熱意だった。

 階段を上る隊長さんの目の前には半透明なパネルがある。パソコン画面のウィンドウのような物だ。違いは宙に浮いていることと、開いた本人にしか見えないこと。ウィンドウ上部に表示されている名称は『ネンドちゃんねる』。某サイトの類似品でワールド内からのみ接続可能。そこに現在たてられている数少ないスレッドのひとつ、【AI】もういくつ寝ないお正月【専用】。管理者に次ぐ権限を与えられた準GMゲームマスターである高性能人工知能(AI)たちの、パスワードがかかった連絡用掲示板だ。

 隊長さんの受け持ちは『始まりの丘』。「スライム平原」「野原」「地下街の屋根」などと呼ばれる初心者エリアだった。チュートリアル終了後から自由に移動可能なエリア『地下街』から、唯一つながっているフィールドエリアが始まりの丘となる。

 そのため余裕を持って階段を上り所定の場所におもむこうとしている。が、しかし、次々と流れていく連絡板の書き込み内容は慌しく混沌としている。この混乱を免除されているのは、初心者エリアの隊長さんとチュートリアルエリアの案内人たちだけで、他は全員駆り出されている。名前なんかどうでもよくなるくらい、受け持ち場所に感謝している隊長さんだった。

 現実の人間であるところの責任者たちが、勝手に漕ぎ着けたつもりの正式サービス開始時刻。これが問題だった。

 開発者たちはシステムチェックなどを終え、すでに仕事納め。今頃は蕎麦をすすったり、神社へ向かって渋滞に巻き込まれていたり、テレビでカウントダウンだったり、プレイヤーとしてログインしようと時計を睨んでいたりするわけだ。

 一応の待機要員はいるらしいが、調査中とか適当な言葉でごまかしつつ、責任者たちの連絡網に一報を入れるためだけのアルバイトだ。起こるだろう多数同時ログインによる回線トラブルへの模範回答は、電話にもメールにも自動返答で組み込まれている。その他、類似ゲームの初期トラブルとして知られている物は全て自動対応用意済み。

 ゲーム内でのプレイヤー間トラブルは高性能なAIたちに対処を押し付……もとい、信頼し任せてある。ゲームサービスの試運転、βベータテストを経て、大きなシステムトラブルはまず起こらないとされている。小さなトラブルなら、サービス開始直後の今回ばかりは、不具合を抱えたままサービス続行。現実世界での対処は正月休み明けの予定だ。

 プレイヤーがいない間も、ネンドワールドの時間は動き続けている。その間、AI含めNPCたちは生活を続けていて、この世界には店舗があり、現実世界よりは簡易だが生産・流通というものが存在する。

 そして全てがネンドで出来ている世界、なんでも作れる世界とうたっているこの世界、プログラムで一瞬にして街のデザイン模様替えなどということはしない、できない。仮にそれを行うならばNPC(住民)たちの記憶操作という、より面倒な作業を必要とする。だから、動き続けているシステムにのっとって、プレイヤーたちがゲームとして楽しむのと同じ手順で、全てを行う。これによりシステムトラブル・バグ発生の心配は減るのだが……時間がかかるのである。

 つまり地下街の飾り付けが現在一番の混乱だった。飾りを大量生産し物理的に飾り付けねばならない。

 そもそも現実の人間より真面目で勤勉な彼らは、年末の大掃除など余裕を持って数日前に終えていた。現在がネンド暦04年だから、初めの年はともかくとして3回は正月を迎えていて、その経験は蓄積されている。役所職員(AI)の指揮のもと街の住民(NPC)たちは、去年と同じデザインで正月用の飾りつけを終えていたのだ。

 特別な正月飾りオープニングバージョンの見本が、ネンド暦での大晦日になってから生産工場に届かなければ、何も問題はなかった。夕食にカップ麺の年越し蕎麦を食べつつなお考え続けたという、地下街飾りつけ図がメールで役所に届かなければ。デザイナー渾身の複雑な配置図でなければ。生みの親であるデザイナーのおかしなハイテンションぶりに、AIこどもたちの誰かがNOを言えていれば、この混乱はなかった。

 しかし泣き言をいっても、すでにオープン時間は決まっている。現実世界の関係者たちは、サービス開始のプログラムをタイマーセットして帰宅済みだ。AIたちが連絡しようとも、「次の出勤は1月4日、それまでがんばって」という留守番電話にしかつながらない。

 サービス開始直前直後・年末年始の全ての面倒ごとは、準GMたちの肩にだけずっしりと乗せられていたのだった。そういう意味の言葉ではなかったはずだが、「事件は会議室でなく現場で起きる」とのありがたい言葉とともに。そして孤立無援のまま仕事に忙殺されるだろう、ネンドタイムにおける2週間はまだ始まったばかりだ。オープンと同時に、多数のプレイヤーによる地下街と周辺エリアの混雑が起こることも、想像にかたくないのだから。


 今も隊長さんが上る螺旋階段は、精霊たちが総出で飾り付け真っ最中なのだった。


876:シルフ

こちら2~3階段手すりあと半分

隊長さん通過したわよ

第3テラスの状況は?

 

 連絡板の内容に隊長さんは目をすがめた。「業務連絡におれの所在はいらんだろう」と、思いつつ歩調は変えず階段を上る。


881:ウンディーネ

グッドタイミングよ

まじめなまじめな隊長さん、連絡板見ているかしら?

第3テラス中央の飾り入った箱、第4まで運んでねv

885:アレク

>>881

了解


 内心はため息だらけだが、歩調を変えることなく、画面右上のマイクアイコンを指先でタッチ。音声入力で連絡板に書き込みを行う。

 ここでいうテラスとは、巨大な螺旋階段の随所に設けられた踊り場のことだ。それぞれに優雅な正式名称があるのだが、連絡板の内容からして、隊長さんが通り過ぎてきたのが第2で、進む先が第3なのだろう。

 はたして、次のテラス中央には一辺100ミージ程の大きなダンボール箱(段ボール箱に見えるネンド製の箱)。ひざを抱えて体を丸めれば隊長さんでも入れそうな箱には、中ほどまでごちゃごちゃと飾りが入っている。その箱の横で身長30ミージ程しかない女性がぶんぶんと手を振る。

「こんばんは。よろしくね」

 ひとつ頷くのみを返事として、隊長さんは両腕でずっしりとした重さの箱を抱え上げた。持ち上げることはできるが前方足元はまったく見えない。

「重さは10オモーないくらいで、隊長さんならたいしたことないと思うんだけど? でしょ。でね、でね、少しでも軽くってこの箱コード1で極薄をカサカサなの。だからね?」

「取り扱い要注意の割れ物だということだな」

「そゆこと。わたしたち数人がかりでとか怖すぎよ。アトリエもわたしたちの小さいし。あっ、でも中身はさわれるところに飾るから、それなりには丈夫よ」

「なるほどな。仕方あるまい」

 通いなれた階段は足元が見えずとも危なげはなく、テラスからテラスはたいした距離ではない。隊長さんは変わらぬ歩調で上り続ける。その肩に腰掛けたウンディーネは、はだしの足をぷらぷらとゆらす。段差が15ミージだから仕方ないといえば仕方ないが、この精霊の体重が実は飾りの箱より重かったりするのだった。ちなみに隊長さんが身に着けている武器防具など装備品の総重量は、箱と精霊を合わせたのと同じくらいだ。

 頼まれたとおり第4テラスまで運び、慎重に床にろす。ウンディーネも肩から下ろし、くだり階段とは反対端にあるのぼり階段へ向かう。テラスのふちを囲む手すりに沿って、低木の植え込みと花壇がありベンチが並ぶ。これらに先程の飾りを配置するのだろう。

 途中すれ違った派手な男ふたり。片方は明るい色使いの軽装で、羽根飾りの付いた帽子をかぶっている。もう一方は色は地味だが、きずだらけの物々しい鎧にマント。捜索クエストが存在する「泡沫うたかたの吟遊詩人」と「彷徨さすらいの騎士」。どちらも準GMとしての同僚だが、まちがってもオープン初日にこんなところに居てはいけない御仁たちである。

「後、30分程でプレイヤーが来るぞ。飾り付けの手伝いはほどほどにして、身を隠してはどうだ?」

 設定上の身分や身体スペック、外見年齢に差はあろうとも生み出されたのは同時期で、プレイヤーの目がない場では友人といえる仲なので気楽に声をかける。

「ワシらとしてもそうしたかったとも」

 重々しい声音でひげ面の騎士ヴァジルが応える。続けて吟遊詩人、名前はユート。

「精霊ちゃんたちが証拠隠滅するから、ギリギリまで手伝えっていうんだよー」

 こちらは職業柄、声の質は申し分ないがずいぶんと軽薄な口調だ。

「わたしが溶かしてノームが埋めれば大丈夫っ。ソウルで逃げればバレないわよ」

 いつの間にやら再び近くにいた、ウンディーネが腰に手を当て胸を張る。身長こそぬいぐるみのようなサイズだが体形はしっかり成人女性で、水の精霊と聞いて思い浮かべるに相応しい容姿をしている。薄布うすぎぬを重ねたドレスはゆったりとしているが、動きに合わせて体のラインが浮き出る。

 しなやかな姿態からだ全体使って大きく指差し飾り付けの指示を出すのは、十中八九じゅっちゅうはっくわざとだろう。普段街に寄り付かず女性に不慣れなヴァジルは、ドギマギとあわてて目を逸らし、言い返せずに飾り付けを行なう。ユートは「はい、はいっ」と楽しげに働いているが、証拠隠滅の内容を正しく解っているのだろうか?

「……そ、うか」

 辺境にいるはずのふたりがオープン直後に存在しなくとも問題はないだろう。確かに問題はないだろう。しかし……隊長さんは改めておのれの持ち場に感謝した。

 蛇足ながら、もしも隊長さんが行なった運搬作業をこのふたりに頼んだ場合、騎士は箱を軽々と肩の上に担ぎ上げるが、力を入れすぎ砕いてしまい中身のみ両腕に抱えて往復することになる。詩人の場合はまず大きすぎる箱をネンドとして練り直し、器用な指先で手早く背負子しょいこと適正サイズのカゴを作って安全確実に運ぶが、ウンディーネを乗せる余力はない。それが伝説クラスの有名人ふたりの身体スペックだった。


 いくつかのテラスを通り過ぎ地上、こんな形の大きな出入り口が東西南北に計四つ。全開に引き開けられた扉の左右に兵士がひとりずつ、全部で八人。隊長さんの部下たちだ。彼らの仕事はこの階段室へ侵入したモンスターを倒すこと、場合によっては扉を閉めることだ。

「異常なし、周囲にモンスターの姿ありません」

 兵士のひとりが報告を行う。

「ご苦労」

 地下街への出入り口であるこの階段室は、始まりの丘の中心にそびえる塔の中にある。外に出た隊長さんはその塔をさらに上る。他人ひととすれ違うには苦しい幅で、手すりも何もなく踏み板が突き出しただけの螺旋階段だ。北の扉を出てすぐ左手から上り始め、西の扉の上をかすめる。段差が膝丈ほどもある急角度で、ぐるぐると塔の外壁をめぐる。この塔に隊長さんの部下が上ってくることはない。用があれば扉の内側の伝声管から叫ぶ方が早くて安全だからだ。

 先細りの塔の天辺は直径5mほどの円形。ふちは凸凹凸凹と腰くらいまで壁がある。周りは360度、星が瞬き、雲ひとつない晴れ渡った夜空。月と惑星、大きな天体が全部で5つ。全て絶妙な配置で昇っている。おそらく今夜午前零時にこそ最適なバランス配置になるよう運行設定されているのだろう。基本操作などの説明を行うチュートリアルの長さや、階段を上ってくることを考えれば、もう少し後の時間かもしれないが。とりあえず隊長さんが毎日見続けている塔の上からの夜空のNo1(ナンバーワン)であることは間違いないだろう。


「アイテムホールオープン」

 腰につけた小さなカバンに手を入れつぶやいた。

 はじめに組み立て式の机と椅子を取り出す。組み立てた机の上には、地図を広げ、方位磁石コンパスを投げ出し、望遠鏡を転がす。ステータス画面を確認し、取り出した霧吹きを自身に吹きつけコンディションを整える。霧吹きをカバンに戻し、次はポットを取り出す。続いてマグカップ。最後に本を数冊積み上げ、椅子に座る。こうして、はた目には見張りをさぼって休憩中な隊長さんの図が出来上がった。

 当然小さなカバンに入りきるアイテム量ではない。カバンに手を入れるのはポーズで、実際には先程の呪文で開いた『アイテムホール』からつながった自室に置いていた物を取り出している。

 さて、取り出したマグカップだがポットから注がずとも中身が入っている。むしろ、こぼすと『ドール(身体)』が溶けて大惨事なのでポットは空だ。それに基本この世界では飲み物は口にできない。液体を口に入れるのはドールを内側から溶かす自殺行為となる。

 なのでマグカップの中身はコーヒーに見えるだけで黒いネンドの塊だ。しかし、表面は透明ネンドでコーティング艶出しされ、波紋も描かれ液体に見える。『アロマチップ』が埋め込まれコーヒーの香りがする。仕込まれたギミックによって傾けるとふちまで中身がずれ動く、二重底に水を仕込みスイッチを入れれば短時間だが湯気も出る。まさにアイデア盛りだくさんのインテリア商品だった。

 この商品を作ったのはβプレイヤーで、地下街南西のブランド街で売られている。プレイヤーたちにとっては正式サービス開始と共に販売開始の新商品だが、AI・NPCたちの間では数ヶ月前から流通している話題の商品だ。


 コーヒーの香りを楽しんだ彼は、楽な姿勢で椅子に腰掛け、仕事に取り掛かる。今まで見ていたネンドちゃんねるを縮小し、左上に移動させ、

「システムリンク・ユーザーコード・アレクチューリャクエトセトラ・フィールドエリア01・コントロールパネル・フルオープン」

 同時に彼専用のマップデータとモニター画面が、眼前にずらりと(SFアニメのコクピットばりに)展開する。モニターに映し出されるのはこの始まりの丘の各所、システムカメラの映像だ。実際にその場にカメラがあるわけではなく、準GM権限でアクセスできるシステムデータを映像として表示させた物だ。

 マップツールからスライムのアイコンをタッチして、ポップアップしたパネルでメモリを5に設定する。そのまま指先でマップのあちこちをてきとうにクリックしていく。クリックした付近の、草むらや低木の根元など人目につかないところに分散して、スライムが湧き出す。20箇所クリックして、カウンターの表示はスライム100匹。マップ全体に赤い点が散らばった。 

 スライムはしずく型でコミカルな動きをする、この世界でもっとも弱いモンスターだ。隊長さんにしか見えないモニターの中で、色とりどりのスライムたちがのんびり跳ね回っている。

 隊長さんが監視するのはプレイヤーの安全ではなく、スライムの出現バランスである。はた目にはのんびりくつろぎながら、指を振ってリズムを取っているようにしか見えなくても、正真正銘これが彼の大切な通常業務だった。


 予想通り、より美しい配置の夜空となった午前零時。

<<ハッピーニューイヤー! リアルワールドとリンクスタート! プレイヤー受け入れ開始します!>>

 高々とメッセージが響き渡った。ゲーム内ならどこに居ても確実に聞こえる、頭の中に響く声『ワールドチャット』だ。この声は通常のNPCたちも聞いている。彼らは自分たちの住む世界をネンドワールド、隣にある異世界をリアルワールドと認識し、異世界語で旅行者をプレイヤー、定住者をNPCと呼ぶと知っている。

 隊長さんがキーボードパネルから新年の挨拶を連絡板に書き込んでいると、蛍のような光がひとつ飛んできて挨拶をするように上下移動。この光は『ソウル(魂)』と呼ばれる身体をもたない意識だけの状態だ。通常メニューから『チャット画面』を開いてみると、赤色で表示されたワールドチャットのメッセージに続いて

(ウィング:「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。日の出時刻をご存知なら教えてください」)

 と、白い文字で表示されている。

 ソウルモードでは喋れない。声を出したつもりでも周りには聞こえず、チャット画面にのみ自動出力される。会話したければ相手に存在を気付いてもらい、声無き声であるチャット画面を読んでもらう必要がある。

 白文字はプレイヤーで、チュートリアルのスキップ以外ありえない開始直後この場に居る状況、ウィングはβプレイヤーだろう。何もない監視塔のその上にβテストの期間中、繰り返し訪れ続けたプレイヤーはひとりだけ。「今年も」というのだから、名前は少し違うがまず間違いはあるまい。

「おめでとう。久しいな。初日の出はつひので06:35マルロクサンゴ、リアルタイムの午前1時38分45秒だ。念のために言っておくが、設定画面で“太陽を表示しない”にチェックが入っていると見えないぞ。“エフェクトの設定”を高画質にしておくのがおすすめだ。一年の計は元旦にあるというゆえ……とめてもムダだろうまあがんばれ」

(ウィング:「はい。ありがとうございます。それでは6時間後に今度はドールに入った状態で来ます。オープンセサミ」)

 黒い穴が開きウィングはその中へ飛び込んでいった。

 この世界ではプレイヤーは、自室として使用可能な『アトリエ(個人工房)』と呼ばれる個人エリアが与えられている。アトリエからは一度訪れたことのある場所なら、フィールド上のどこへでも扉を開ける。この際の一度訪れた場所はソウルモードでも問題ない。そしてソウルは空中を高速移動可能だった。

 プレイヤー同様に部屋を持ちながら隊長さんがここまで毎日上ってくるのは、アイテムホールをカバンの中に開くのと同じくロールプレイで趣味である。

 平原にドールに入った一番目のプレイヤーが現れたのは00:05。開始5分で作られたこと当然しごくで手抜きな容姿のドールだが、スライムを倒すには問題ない運動性能らしい。目に付いた数体を危なげなく次々と倒し、ドロップアイテムを回収しアイテムホールに放り込んでいく。

 隊長さんはカメラ7のモニター画面に映るプレイヤーを確認し、そこから北東に向かって点線を描くようにスライムを追加出現させる。次のエリア『迷いの森』へと誘導するためだ。初心者エリアに無双プレイヤーは必要ない。


「あけおめーことよろー!」

「新年おめでとう。アレク」

 背後で声がし先程まで存在しなかった扉から出てきたのは、どこにでも居そうなラフな格好の若者と、渋くて上品な和装を纏った高齢の男のふたり組み。ユートとヴァジルの『スペアドール』姿だ。それぞれ荷物を持って現れたふたりの後ろで扉が消える。

「おめでとう。飾りつけは間に合ったのか?」

「中央部はなんとかな」

 意外と器用に着物の裾を裁きどっしりと胡坐あぐらをかいたヴァジルが清酒(金箔入り)と書かれた一升瓶を床に置き、懐から猪口ちょこを3つ取り出す。椅子を邪魔にならないところへ移動させ、隊長さんことアレクもヴァジルの斜め右に座り込む。

「端っこの方はまだやってるけど、チュートリアルすっとばしたβ組みが階段駆け上がって来たからねー。ボクらはお役ごめんだよ。水魔法ビックリしたー。いきなりなんだもん」

 椅子の足りない机に用はなく、椅子を用意すればいいだけとは思うものの、机を押し退けてユートも床に座った。抱えてきた風呂敷包みを開き、お重を並べる。見目鮮やかなおせち料理がぎっしりの5段重ね。取り皿と箸を配り、いかにも宴会中といった風に、食べかけっぽく取り分け、ままごとのように場を作る。

 三人とも名前も容姿も洋風だが、制作会社が日本だからして見てのとおりの正月風景だ。説明が遅れたが、地下街の飾りつけも和洋折衷ごった煮チャンポンとなっている。

「一足早くソウルで階段横を急上昇しおったふたりには、姿を見られたやも知れぬが概ね我等の本来の身体の始末は間に合ったはずじゃ。……にしても気に入りの鎧だったのだがのう」

 そもそもふたりともスペアドールで飾り付けに参加していれば、隠れる必要すらなかっただろうし、そうでなくともアトリエに退避すればよかっただけではないだろうか? おそらく世界を放浪し続けているという設定上、野宿ばかりして利用しないためにアトリエの存在を忘れていたのだろう。今さらなので口にはださない。アレクはポーカーフェイスが得意だ。

「ひとりはここをマッピングして帰還したアレな少年で、もうひとりは森へ入らずひたすらスライム乱獲中のが、地上の階段室をマッピングしてからドールを作ったのか? そう考えると同じβプレイヤーでも後続はいわゆる脳筋だな。……噂をすればか?」

 ひとり中空のモニターを睨むアレクには、競うように塔から駆け出してきたプレイヤーたちが見えていた。マップ画面を操作して、スライムの出現場所を調整することで、出入り口付近を混雑させないように、まさに手のひらの上で踊らせるように、彼らを丘の周囲へ散会させていく。

 手持ち無沙汰なユートはアイテムホールから小型の竪琴を取り出し、音色を夜風に遊ばせる。ヴァジルもひとり気にせず酒を飲み、料理を食べだす。

 ネンドの身体でネンドで出来た料理を食べれば、食べた体積ぶんダイレクトに太ることになる。飲み食いできるのは、口の中に防水加工し喉に『ホールコア』を仕込む、という手間をほどこした金のかかったドールだけだ。「いただきます」をオープン呪文に「ごちそうさま」をクローズ呪文に設定した、ホールの出口は地下街のさらに地下にあるゴミ置き場の天井となっている。

 アレクは仕事用のメインドールには飲食可能の手間を施しておらず、仕事中はスペアドールに入る気がない。逆にユートは飲食可能だったメインドールを水精霊に泥ネンドにされ、ホールコアは混乱の中で紛失(きっと地精霊が動かした地面のどこか)。スペアは見た目を取り繕っただけの文字通り代替品スペアにすぎない。この場で食事が可能なのは、普段使う機会がない金を存分に使い、正月を意識したスペアドールを用意していたヴァジルだけだ。

 趣味も思考もバラバラだが、普段はめったに会えないため話題は尽きず、それなりに楽しげな雰囲気で三人は時を過ごした。


 そんなこんなで夜明け前。塔の上にプレイヤーの少年ことウィングが、オープンセサミで姿を現す。色ネンドを手に入れる時間の余裕はなかったと見え、石膏像のような全身真っ白のドールだが、造詣は指先ひとつ髪の毛一筋まですばらしかった。柔らかそうな髪、均整の取れた身体、伸びやかな手足。石膏のような見た目に合わせたのか古代ギリシャを思わせる神話風のファッション。

 そして、その背中には一対の翼が、肩甲骨からナチュラルにつながり折りたたまれている。器用にも背中に力を込めバサリと動かす。鷲のような大きな羽根が、複数重なり繊細な陰影を描く。複製アイテムなどもあるので、一枚一枚手作りなどということはないだろうが、ずいぶんなりようで、まるで宗教画の大天使のようだった。

 アレクにとっては「相変わらずだな。またか」といった姿で、それよりも「少年から見てこの場の光景は、おれまで含めて正月のダメ親父たちの宴会図ではなかろうか?」ということの方が気になる。

 一方ユートは「すごいすごーい」と大はしゃぎで、ヴァジルもあれこれと話しかける。アレクからオープン直後のこと含め、翼という名のβプレイヤーの噂はいろいろと聞いていたが、見ると聞くとはまったく別物だった。

 そうこうする内に空が白み曙光が射し出す、ふたりにはやし立てられ、ノリノリのウィング少年が、塔のふちに片足を乗せポーズをとって、

「ウィングいきまーす!」

 と往年のアニメキャラの台詞をパクって大きく羽ばたき、みごとに落ちる。

「少年! ……なんともはや……」

「えっー! ちょっと、うひゃひゃ……お腹痛い……アレクも見てよー」

 ネンド暦02年クローズドβから続くスレで知っていたはずでも、実際に見るのは初めてなふたりが悲鳴? 歓声? を上げる。


【鳥人間】空を自由に飛びたいな【羽ばたき部門】

547:アレク

翼クン改めウィング少年の新年初フライト

「初日の出に向かってGo!」

飛距離、目測で以前と変わらず

今年もウィング少年は逝きました


 ふたりの騒ぎ声を背中に聞きつつ、あらかじめ用意してあった文章を無言でスレに投下した隊長さんは、予想どおりとばかりひとつ頷き通常業務に戻る。

 モニター15の端に落下により無残な姿となった石像が映っている。マップの該当地点を連打してぐるりとスライムを発生させる。真っ白だろうが血は出なかろうが、元の造詣が優れていただけにそれがひしゃげた姿は、シュールでグロテスクだ。ショッキングな姿を他のプレイヤーが確認する前に、飛び跳ねるスライムたちの働きで速やかに土に還す。


 そして、名前を覚えてもらえないポーカーフェイスな隊長さんは、スレに何を書き込もうとも、「生真面目な」隊長さんである。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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