現代裏社会調査部(6)
ヒーローズブレイカー【ひーろーずぶれいかー】
テレビ東京で木曜深夜2:30にやっているアニメのこと。
主人公「フレイムハート」とヒロイン「アイスハート」の二人が
サイバー空間「ディバイン・ワールド」を舞台に
エラーを引き起こすコンピューターウィルスやハッカー集団と
戦う物語。全24話。
パワードスーツ【ぱわーどすーつ】
人体に装着される電動アクチュエーターや人工筋肉などの動力を用いた、外骨格型、あるいは衣服型の装置のこと。
Cyber.Science.Technology社【さいばー・さいえんす・てくのろじー しゃ】
パワードスーツの開発をしている企業のこと。
C.S.T社と略される。
世界初のパワードスーツ開発会社として、様々な国から注目を浴びている。
周囲がコンクリートに覆われた、ほの暗さを湛える地下パーキング。
この時間帯は人がいないのか、僕達以外の人影が見受けられなかった。
パーキング内に響くのは、時折パーキング内へ出入りする車の情報を伝えるブザー音と、
夏河と春園の話し声程度だ。
軽自動車やスポーツカーがずらりと並んでいる様子を見ながら歩いていると春園が立ち止まる。
そこには、一台の白いスポーツカー―車種で言えばアウディ:S8だろうか?―が、
まるで主人の帰りを待つかのように、静かに停車していた。
「んじゃ、乗って乗って~」
よく手入れされているらしく、目立った汚れもキズの一つもない。
今まで20年間生きてきたが、スポーツカーと呼ばれるものに乗る機会など無かった僕にとって
その一つ一つが新鮮で、大げさかも知れないが感動すら覚える。
「どうしたの、乗らないの?」
外見を見て感動している僕をよそに、夏河は後部座席にさっさと座っていて、
若干開いた窓から声をかけられる。
どうやら感動に浸っているのは僕だけのようだ。
本当ならもう少し見ていたい所だったが、二人にせかされつつ助手席に乗る。
流石はスポーツカー。座席の座り心地も、今まで乗った車とは全然違っていて、
座席シートはまるで包み込むかのような感触で僕を迎える。
そのやわらかな感触にゆっくりと身を任せた。
外見はよく手入れされていたのだが・・・車内はというと、アニメキャラの人形が
所々で山を作っている。
その上、エンジンがかかると同時にアニメソングが車内に流れ出した。
例えスポーツカーであろうと、この人はぶれないらしい。
「おー、この歌はヒーローズブレイカー!」
音楽が鳴るのと同時に、夏河のテンションも高まったらしく、鼻歌を歌い出す。
「おお、よくわかったニャー。最新話見たー?」
「勿論見ましたよー。今回の話良かったですよねー!すごく熱かった!!
特にブラックハートを二人で協力して倒したのがメチャクチャ良かったですー!」
「おお、分かってるにゃー。さっすがカナにゃん~」
夏河と春園の二人は、車内に流れているアニメソング聴き、
そのアニメについての話題で盛り上がっている。
二人はツイッパー内でよく話しているようで、リアルでもネットでも気が合うようだ。
「気になってたんすけど、この車すごいですよね・・・」
僕は二人の話が落ち着き出すのを見計らって、そう春園に言った。
「にゃ?」
「いや、これアウディですよね?中古でも4桁くらいするんじゃないですか?」
僕自身、車の知識など殆ど持ち合わせていない。強いて言えば、レースゲームに出てくる程度のものしかないが、それでもその価値は十分に理解している方だと思う。
「にゃっふっふー。実はちょっと儲かってねー」
「株・・・ですか?」
「うむー。前から気になってた企業なんだけど、C.S.T社っていう所」
C.S.T社。
聞いたことがある。
体に装着することによって、身体機能を補助・増幅・拡張することができるサイボーグ型ロボット。
俗にいう「パワードスーツ」の開発を行っている企業だっただろうか。
身体障害者や高齢者の運動補助をメインに製作していると、テレビか何かで話題となっていた。
会社の正式名称は確か・・・。
なんだっただろうかと、頭の片隅で思い出そうと記憶を巡らせている時だった。
「サイバー・サイエンス・テクノロジー社、だっけ?」
不意に夏河が口を開く。
そうだ、Cyber.Science.Technology社。
昔、東京にて大きな震災があった。
それによって多くの建物が崩壊し、その自体を重く見たCST社は救助活動にと、
開発途中だったパワードスーツを自衛隊に無償提供を行った。
そのおかげで、命を落とすはずだった人の多くが救助された。
日本はその行動に感銘を受け、そしてこの企業の名が世界に知れ渡るのにそう時間はかからなかった。
「すごい会社だにゃー。まさかそんな会社が日本でできるなんてニャー。」
運転席の春園は、ふふんと鼻歌まじりで嬉しそうに話す。
株で儲かったことが、よほど嬉しかったらしい。
車内でくだらないことを話していると、赤々と点灯する信号によって、車はスピードを落としていく。
完全に停車したのと同時に、目の前の横断歩道をぞろぞろと人並みが通り過ぎて行く。
ふと、窓を見る。
既に夜の帳は降りていて、綺羅びやかなネオンや店内の光が夜の闇を照らしている。
何時もと変わらぬ光景。
ぼーっと、そんな様子を眺めていた。
その時だった。
「ん・・・?」
人が流れる目の前の横断歩道とは反対側の歩道。
そこで僕達と同じように、青になるのを待つ人々。
その人混みの中に、真っ黒なレザーロングコートを来た男・・・だろうか?
が立っている。というのも、性別が判断出来ない。
背は高く、180センチ程度はあるのだが、真っ黒なコートに身を包んでいる。
頭はといえば真っ黒なフードをかぶってて、顔はよく見えない。
だが、何よりも異質なのが、ガスマスク。
フードからちらりと見える口元は、ガスマスクによって覆い隠されている。
まるで鳥のくちばしのように、口と思わしき場所は尖っていた。
ゲームかアニメのコスプレ、なのだろうか。
あまりにも現実離れ、というのか。
周囲の様子から逸脱したその姿に、僕は目を離すことができなかった。
車がゆっくりと動き出し、窓から見える風景はゆっくりと流れ始める。
それと同時に、黒いコートの人物は僕の視界から半強制的に外されていく。
警察に止められたりしないのだろうか。
そんなことを考えつつ、街並みから住宅街にシフトする光景を眺める。
僕の家はもう見えていた。
それと同時に、ゆっくりと車がスピードを落としていく。
「はいつきましたニャー」
「送ってくれて、ありがとうございました」
僕は片手で鞄を持ち、ドアを開いた状態のままそう言った。
「うむうむ。気にしないでニャ。ふあは当然の事をしたまでです。キリッ」
「それじゃ」
僕は車から降りて、ドアを閉めようとした状態で最後にそう一言声をかけた。
「あ、そうそう。今日ニカ生で放送するから、よーく見といてニャー」
「それじゃ、また明日ねー」
二人のそんな言葉を聞きながら僕はゆっくりと車のドアを閉じた。
再び、車が少しずつスピードをあげて走り出す。
夏河は後ろの窓ガラスから手を降っていて、そんな様子を見て笑いながら、軽く手を降り返した。




