現代裏社会調査部(5)
ニカニカ動画【にかにかどうが】
動画共有サービス。愛称は「ニカ動」「ニカニカ」など。
様々な動画サービスが存在している中
「動画内でコメントが出来、そのコメントが流れる」といった
機能がある。
生放送【なまほうそう】
ニカニカ動画のサービスの一つでライブストリーミングの動画共有サービスである。略称はニカ生。
「あー、ひどい目に合った・・・」
「ごめんにゃさい・・・。でもー最近ブログとかにも来ないし冷たい遼太が悪いんだもーん」
そう言うと、頬を膨らませて、「ふん」と拗ねたようにこちらから視線を逸らす。
この自分のことを“ふあたん”などと自称している女性は、僕のネットの友人だ。
「別に僕以外の遊び相手たくさんいるでしょうに・・・」
「ガーン!ショック・・・遼太にそんな事言われるなんてにゃ・・・。」
ううう、と力なくつぶやいたかと思うと、何かを訴えるように上目遣いでこちらを見つめる。
その澄んだ瞳は徐々に濡れ始め、今にも目から溢れようとしていた。
「ふあは・・・ふあは・・・遼太が、いいんだよ・・・?」
並大抵の男ならば、こんな顔をされれば態度を軟化させるに違いない。
だが、僕は知っている。
この女は、男の心を掴む方法だと知ってやっているということを。
ネットアイドル。
それが彼女の肩書きだ。
ニカニカ動画内で活動している彼女のファンは多く、生放送をすれば多くの
視聴者があっという間に集まる。
どうやら、かなり知名度は高いらしく学内でもそういった話題を時折耳にするほどだ。
今は会社帰りなのか、一般的な若い女性的なファッションといえるような服装だが普段はアニメキャラクターのコスチュームに身を包み、秋葉原に遊びに出かけている。
俗にいう”オタク”だ。
誰に対しても大抵いつもこんなテンションなので、僕は騙されない。
「そんな顔してもムダですよ。僕は騙されませんから」
そう言うと、興味が無い事をアピールしようとケータイを取り出す。
視線を彼女からケータイへ移したのがよほど気に食わなかったのか、
彼女はむくっと頬を膨れ上がらせた。
「・・・むうぅぅっ!冷たいニャ!冷たすぎるんだニャ!!ふあたんだってもう遼太なんか知らないニャ―!!!きしゃあああ!!!」
再び頬をふくらませたかと思えば、まるで獲物を威嚇するネコのような声を上げる。
「毎度毎度僕に飛びついて羽交い締めやらなんやらしてくるのが悪いんでしょうに・・・」
「・・・ふぅん・・・?そんな事いって・・・毎回毎回、遼太がふあの胸の感触を楽しんでいるの知ってるんだよ?・・・だよ?」
「うッ・・・」
そう言われると言葉に詰まった。
確かに、僕の背中には先ほどまで柔らかな感触があった。
そして間違いなく、それを意識してしまっている僕がいる。
ふあたんはと言うと、露骨に言葉を詰まらせた僕をまるで挑発するかのように、
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて、自分の胸を強調するようなポーズを僕に見せつける。
「はぁ、もういいですよ・・・僕の負けです」
「ふっふー!勝ったじぇい!」
「そっすね」
相手することに若干かったるさを覚え始めた僕は適当な反応を投げ返した。
この人の相手はどうすればいいのかわからないことが多々ある。
悪い人、という訳ではないのだが。
「で、ふたりとも今帰り?いいねー青春だねぇ!」
そう言うと、うんうん、と楽しそうに頷いて、僕と夏河の顔を交互に見て、
再び意地悪そうな表情を見せる。
どうやら僕と夏河、年頃の男女が夜道をふたりっきりで帰るという
シチュエーションを楽しんでいるらしい。
と言っても、僕の夏河もそういった関係ではないし、そういう関係になることなども特に考えられない。
幼なじみ、いわば夏河は妹のような存在でしかないのだ。
隣の夏河はというと、少し顔を赤らめて黙り込んでいる。
どうやら、恋愛事でからかわれる事に耐性というものがないらしい。
「春園さんも今帰りですか?」
春園萌衣。目の前で表情をころころと変えている彼女の本名。
「もう、呼ぶときは下の名前で読んでって言ってるのに」
「春園さん」
僕はそんな春園の言葉を遮るように再び名字で呼んだ。
最後まで言わせずに呼んだ僕を見て、「やっぱり冷たいニャ・・・」だなんてつぶやいている。
「そだよー今帰り。で、二人見たから話しかけてみたってわけ。良かったらふたりともふあが送るニャ。最近この辺物騒だしニャ」
「え、でも」
「「え」も、「でも」もナシ。年上の好意には甘えるのが年下の役目だニャ。ほらほら、ふたりともこっちこっち」
僕の家はそこまで遠くない。
学校から歩いて30分程度の場所にある。
そこまでの距離、というわけでもないので、自分だけは遠慮しようかと思ったのだが、僕と夏河は背中をぐいぐいと押され、春園の車が停車してあるパーキングエリアまで一緒に歩いて行く事となった。




