現代裏社会調査部(4)
「ああ、大丈夫大丈夫。夏河もそんな気にするようなキャラでもないし。ねぇなっちゃん?」
なっちゃん。僕が夏河に付けたアダ名だ。
基本的に相手を名前で呼ばない僕は、名字からアダ名を作ることが多い。
なぜ名前で呼ばないのか、と言われても名字を呼ぶことに慣れてしまっていて、無意識の間に名字で呼んでいることが多いからだ。
親しくなれない等という意見もあるが、特に気にはしない。
「うむ!私は特に気にしてないから、そんなに謝らないでね」
「ふふふ、ありがとうございます」
そういうと相手は安心したのか、それとも僕と夏河の様子が可笑しかったのか再び、クスリと笑った。
「さて、私はそろそろバスの時間があるので、これで失礼しますね。」
そう言うと、折原は小説を手提げ鞄の中にしまい、立ち上がった。
何度か腕時計を確認しながら教室のドアまで小走りをして、そのまま教室を出るのかと思いきや、こちらを振り向いた。
「・・・今日はありがとうございました。また機会があれば。」
そう言うと、折原はこちらに軽く頭をさげる。
その様子から、やはり折原はかなり真面目な性格をしているようだ。
僕と夏河はそんな折原に、また会おうといった言葉をかけ、少し遅れ気味に教室を出ることにした。
「ふーむ。折原ちゃんか。面白い子だったねー」
人影も少なくなった廊下を肩を並べて歩いていると、夏河はそんなことを言い出した。
「まぁね。・・・もしかして、良からぬことを考えてない?」
「失礼な。彼女を我がクラブに加えたいと思っているだけなのだよ」
どうやら夏河は先ほどの折原という娘を気に入ったらしく、どうやってクラブに入れようかとあれこれ画策している。
普段は猪突猛進なタイプなのだが、時折妙に策士な面を見せる時がある。
僕自身、策士となった夏河には驚かされることが多々あるのだ。
そんな夏河は、僕の考えている事も知らずに、顎に手をやって「むむむ」等と唸りながら、僕の隣を歩いていた。
面倒事だけにはならないことを祈りつつ、二人で人影もまばらとなった学校を後にする。
十月の風は何気に肌寒い。吐く息吐く息が、すべて白く染められて、冬が近づいているんだと感覚に訴えて、否応なしに理解させる。
鼻の奥にへと入り込む夜の空気。僕はそれを目一杯吸い込んだ。
暖房のせいで、今まで淀んだ空気ばかり吸っていたんだと思い知らされる。
何度か吸い込んで満足したところで、身を縮こませながら暗くなった通学路を歩き出した。
「うぇー…さむーい。そろそろマフラーいるかもねー」
夏河は余程寒がりなのか、コートを羽織っているにも関わらず小刻みに肩を震わせている。
その様子はまるで生まれたばかりの小鹿のようだ。
「…まだ10月だっていうのにすごい寒がりようだね。12月とかなったらどうする気?」
「うう、外出たくなあーい…」
「こたつ好きだよねぇ」
そんな何気ない会話をしながら歩いていると、ふいに後ろから何かに、まとわりつかれた。それはとっさの事で、抱きつかれているのだと脳が理解するまで、数秒を要した。
そして、状況を飲み込むと同時に、僕に抱きついている主が誰かを理解する。
「…いきなり抱きつかないでくださいよ怖いから。あと、当たってます。」
僕は視線を後ろに向けて、抱き着いている主にそう声をかけた。
が、言い終わると同タイミングで抱きつく姿勢から羽交い締めへと変わる。
あっという間に、僕は締め上げられてしまう。
「あっ、だだだっ・・・ギブッ、ギブッ」
ギリギリと勢い良く締めあげられて、僕は声にならない悲鳴をあげつつ、自分を締め上げている腕の片方を何度か叩く。
プロレスリングで使用される「ギブアップ」のサインのつもりだ。
このサインを使用した場合、プロレスラーは相手を解放しなくてはいけない。
だが、そんなサインもルールも、本人は最初からこれっぽっちも気にする気はないのか、
相変わらず僕の身体を締め上げる力に以前変化はない。
それどころか、徐々に力が強くなっているような気がする。
「遼太ぁ~!どうして最近ふあのブログに来ないのにゃーっ!」
ギリギリと僕を締めあげながら、背後の女性は恨めしそうな声を上げている。
僕の視界に映るのは二本の腕。
それはとても華奢で、色白で、まさに女性の腕だ。
しかし、こんな力がどこから出てくるのか。半ば疑問を感じながら抵抗を続ける。
「あ、ふあたんさん。こんばんはー」
羽交い絞めをされている僕をまるで気にせず、夏河はいつもと何ら変わらぬ様子で、背後で羽交い締めをしている女性に声をかけた。
「お~っ、その声はカナにゃん!おひさだね~!」
夏河がいることに気づいたのか、先ほどとは打って変わって嬉しそうな声色で夏河に話しかけた。
そして、懐かしいだのこの前のブログをみただの、二人の会話は盛り上がりを見せる。
どうやら興味は完全に僕ではなく夏河に行っているようだが、解放してくれる気配は未だに見られない。
いよいよ己の肉体の限界を感じ、腕を叩く力を少し強める。
「おひさ、じゃなくて、そろそろ、話してくださいよ、ちょっと本当に・・・っ!」
「あー、ごめんごめん・・・」
僕の必死の抵抗を受けて流石に悪いとでも思ったのか、それとも単に興味が夏河に行ってしまったのか、予想外に軽い反応を見せたかと思えば、僕を拘束する二本の腕はするりと離れていく。




