現代裏社会調査部(2)
「で、行く宛は?何かプランでも?」
夏河の揺れる後ろ髪をなんとなく見ながら、僕は問う。
自分のペースで歩くと基本的に僕の方が早く、追い抜いてしまう。
特に運動部に入っているわけでもなく、自分の生活といえばネットとゲームばかりでインドアな方なのだが、何年経っても二人の歩調の差は変わらなかった。
だから、僕は彼女の少し後ろを歩く。今ではすでに癖の一つになっていた。
「一応気になる相手はいたんだけど、プランは無し!まぁ、なんとかなるっしょ~」
夏河は笑顔を浮かべながらきっぱりとそう言い放った。
そう。行動力はあるが、基本的にノープランで突っ走る夏河。
猪突猛進という言葉が彼女にぴったりな分、後々の尻拭いが僕に回ってくる事も少なくはない。幼少時からその性格は相変わらずで、このことも今ではもう慣れてしまっている。
きっと、妹がいればこんな感じなのだろう。
そんな馬鹿らしい事を度々考えながら夏河の後ろを歩いていると、やがてひとつの部屋の前にたどり着いた。
周囲の静けさから、この時間帯の5階はどの教室も使用されていないことが窺い知れる。
「多分この部屋にいると思うんだけど・・・」
相変わらず僕にはなんの説明も無いまま、夏河はドアを開けた。
周囲が静かな分、扉が開閉する音がやけに大げさに聞こえた。
教室内には人がいないのか電気の一つもついておらず、窓硝子から入る夕日の光だけが教室内を黄昏色に染めあげていて、その様子がどことなくもの寂しく感じられる。
そんな中、部屋の隅で小説を読む女の姿を発見した。
メガネと腰まで伸びた黒髪―ストレートロングという髪型だろうか?―から、知的な女性という印象を受ける。
その女の方はと言うと、この時間の訪問者が珍しいのか、一瞬小説から目を離してこちらを見たが、その視線は興味をなくしたかのようにすぐさま小説の方へと戻ってしまった。
「こんにちはー!」
微妙な静寂を打ち破るかのような第一声は、夏河だった。
「・・・はぁ、こんにちは」
声をかけられ、相手は若干戸惑った様子を見せつつも、問題が生じない程度の些細な挨拶を返す。どうやら悪い相手ではないようだ。
どういう状況なのかイマイチ把握できないが、僕もとりあえず相手の方に軽く会釈をしたが、見ているのかどうかよくわからなかった。
「あのさ、その小説、角河ミステリー文庫だよね!しかも赤坂コウジロウの作品!」
「ええ、まぁ・・・そうですけど」
角河ミステリー文庫というのは、主にミステリー小説を主軸に置いた出版社のことだ。
堅苦しい推理モノから、ホラーまで幅広く取り扱っている。
その中でも「赤坂コウジロウ」という著者の書く本はとても特徴的で、「東京の地下には上流階級専用の核シェルターがあるのか?」という話や、「竿竹屋は警察とつながっている!?」という話や、「300人委員会は本当にいるのか?」等などをテーマにした考察本を出している。
「それ、面白いよねー!ワクワクするよねー!本当に東京の地下にはシェルターあると思う!?M資金は実際にあるのかな!?どう思う?どう思う!?」
「・・・ありえないと思います」
一人で盛り上がっている夏河の声を遮るかのように、ひとつ大きな咳払いをした後、女は本を閉じる動作と一緒にきっぱりと口を開いた。
「そもそも、こんな話は作者の単なる妄想に過ぎません。東京の地下は地下鉄が敷き詰められていて、とてもシェルターなんて作る余裕はないですし、M資金なんてものは日本のどこにも存在していませんし、幽霊なんてものも宇宙人なんてものもいません。全部只の戯言です」
さっきまでのテンションの高さはどこへいったのか、夏河はぽかんと口を開けてその様子を見ている。きっとこの女が赤坂コウジロウの小説を読んでいるのを見て、自分と同じ趣向を持つ相手か何かだと思っていたようだが、その予想は大きく違っていたとか、そういったことなのだろう。僕は、先ほどとは様子の違う夏河を見てそう確信した。
「えーでも!そう思うならどうしてそんなマニアックな作者の本を読んでるのさー?
好きだからじゃないの!?」
「別にそういうことじゃないです、どちらかと言えばコメディーを読んでいる感覚ですかね。なんの確証もないような事を書いているのは、面白いですけど」
相変わらず無愛想な様子のまま、女は淡々と話を進める。
好きだと言ってる相手にこの返事は流石にいかがなものか、と思いながらも
人それぞれ楽しみ方はあるだろうし、別にそういった楽しみ方が合ってもいいんじゃないか、とも思ったのが、この雰囲気の中とても言い出せるようなモノではない。
面倒事にならないよう、あくまで中立の立場で居続けようと僕は口を閉ざした。




