渋谷八不思議・高架下の男
東京都 渋谷。
空を覆い、視線を遮るかのように建てられた高層建造物たち、その大きなビルの一つにくっつけられた、
ビルの大きさにも劣らない程の巨大なモニター。
電化製品店に並べられた薄型テレビたち。
スマートフォンのテレビ機能。
一家庭に一台とあるテレビ。
それぞれが、バラエティ番組、アニメ、スポーツ、ニュース、教育と、多種多様な番組を流し続けていた。
そんな数多くの中から、ひとつの番組―マインドコントロールは存在するのかという、胡散臭さのある
テロップが表示されている―が、ビルの巨大なモニターで放送されていて、信号待ちしている多くの人の関心を集めていた。
番組は、小太りでメガネをかけた初老程度と思わしき男が、気難しい表情を崩さぬまま、
マインドコントロールというテーマについて語っていた。所々ヤジが飛んでいるが、そんなものは
気にも留めていない様子だ。
『皆さんはマインドコントロールなんて存在していないと思っている。または、存在していると
思っていても、自分には関係ないと思っている。それがいけない。そんな思考は即刻捨てるべきだ』
「だってさ、本当に関係ないしねぇ」
信号待ちの人混みの中で、誰が言った。
「つーかさ、マインドコントロールとかかからんし俺」
「ええー、ウッソだろお前~。この前さぁ、こいつ――」
「お前その話はやめろっていっただろ~」
モニターに映っている男の熱弁に対して、水を指すような声が飛び交っている間に、
道路端に佇む信号機は青信号から黄へ、そしてすぐさま赤信号へと変わる。
それまでひっきりなしに通り過ぎていた車を次々と停車し、信号待ちをしていた人々は
その様子を見届けるや否や、一斉に歩き始めた。
もう、ビルのモニターに映るテレビ番組などに気に留める人は誰一人として居なかった。
既に、マインドコントロールという話題すら忘れて、別のことを考えている人もいるだろう。
まるで、そんな無関心な人々に訴えかけるかのように、小太りの男は一人、熱く語り続けていた。
綺羅びやかなネオンが輝くネットカフェの入り口の前で、ホームレスと思しき、みすぼらしい格好をした男だけが、
テレビに、中年男性の熱い弁論に、黙って耳を傾けていた。
今日も渋谷はいつも通り――無関心と喧騒が、街を満たしている。
***
夏河が渋谷八不思議の調査を提案してから、一週間。
僕ら三人は、インターネットで”渋谷八不思議”についての基本的な情報を集めたり、
どこを調査するのかという話をまとめていた。
僕らがそんなことをしている間にも、例の事件―自殺ドライブ、飛び降り―についての話題は、
テレビやインターネットを中心にどんどん消耗され続け、結果、世間は早くも飽き始めていた。
どこを見ても、この事件について語る人間は、目に見えて減っている。
そう。世間は既に、二つの事件の事なんか忘れようとしていた。
あんな奇妙な事件でさえ、そう長続きはしなかった。
今も変わらず記事にしている所と言えば、電車の天井にぶら下がっている広告で宣伝されているような
週刊のゴシップ誌や、夏河の好きなオカルト雑誌くらいだった。
そのゴシップ誌やオカルト誌の「事件の真実」や、「新情報か?」などといった宣伝に惹かれ、
数冊手にしてみたものの、肝心のその情報は、ただの憶測や、どこから出たのかわからないような
デマ情報ばかりで、的確なものは何一つなかった。
僕がこの雑誌を買って得られた情報といえば、芸能人の裏事情と、記事を読ませたくなる煽りくらいだろうか。
まぁ、読ませたくなる煽りというのは、自分のブログにでも使ってみよう。
しかし、あの事件のことを調べなければ、こんな雑誌、手にすることもなかっただろう。
そもそも、こういうゴシップ誌というのはどの層が買うのだろうか。こんな雑誌を読んでいる人を見ないの気がする。
表紙には、事件の記事以外にも、大物政治家のマネーロンダリングの噂や、
有名芸能人と有名女優の熱愛騒動など、どこから引っ張りだしたのかわからないような情報が書かれていた。
とりあえず何か情報はないかと、PCの隣のゴシップ誌の山から『週刊セブン』今週号を取ると、ペラペラと適当にページを捲る。
見るからに怪しげな記事の数々を適当に飛ばしつつ、何か目新しい情報はないか探っていると
机に置いてあるスマートフォンが振動した。
通知を見てみると、夏河から一つ着信が入っていた。
「んーと、何々」
*****
夏河:
渋谷八不思議調査、明日からに決定ね~
全員都合いい日がそれらしいので!
夏河:
記念すべき2回めの調査は「高架下に出る幽霊」だね
夏河:
幽霊は果たして存在するのか!!
*****
渋谷八不思議、1つ目の噂は「雑貨ビルに流れる通りゃんせ」。
そして、2つ目の噂は「高架下に出る幽霊」。
3つ目は、確か――。
その時、ポン、とケータイが鳴った。
どうやら夏河からまた着信が来たようだ。
*****
夏河:
今週の土曜日に調査しようと思うんだけど、どう?
だいじょうぶだよね?
*****
「ええと、まぁ用事はないな」
僕はスマートフォンのカレンダーを見て何の用事もないことを確認して、
まぁ暇だよ、と無難に返した。
渋谷駅の、南にある小さな高架下。
そこに幽霊が出る、という噂であるらしいが、本当に幽霊なんてものがいるのだろうか。
正直言えば、幽霊なんてものはあまり信じていない。
いや、いるわけがないと僕自身は思っている。
高架下、なんていかにも怪しいスポットだろうか。
無機質なコンクリートの壁には理解し難いグラフィティが所狭しと描かれ、周辺に夜の帳が落ちれば、
ほの暗くなり、人気は無くなる。どうにも、オカルト話を作りやすい場所だ。
僕は週刊誌を机から乱雑に地面に置き、キーボードを叩く。
調べるキーワードは決まっている。”渋谷八不思議 高架下の幽霊”だ。
”高架下でふと現れては消える謎の男のウワサ 渋谷八不思議”
なんて書かれたサイトを開くとツイッパーの呟きが数件まとめられていた。
どうも、目撃者は何人かいるらしい。
*****
鳩尾 @99DOW
さっき渋谷駅近くの高架下歩いてたんだけど
うしろに人居たはずなのに、いなくなってる。。。なんで?
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シラサギ@ネトゲガチ勢 @white_00009
さっき目の前で白い服きた人居たのに
手元のスマホ見て前向いたら居なくなってる(・_・;)
幽霊トカ・・・?((((´・ω・`))))
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エイゼン @KIN01010101
なんか噂の高架下幽霊に会ったかもしれん
今日はねれん・・・
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コンモ先輩 @LiLiLi9090
今渋谷駅近くの高架下歩いてたの!
そしたらすれ違ったオジサンが、すぐ後ろで居ないの!
幽霊だよ幽霊!!ヤバイやつだよ!!!!
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汚いニンジャ @ninja_nanja
あれ?なんかすれ違った白い人消えた?
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*****
「幽霊ねぇ・・・」
僕はひと通り読み終わると、イスに背中を預けた。
ぎぃぃ、と金属が軋んだ。
幽霊なんているわけがない。
人間というものは同調する生き物だ。誰かが幽霊を見たと言えば、そんな噂はたちまち広がっていく。
無責任に、次々と広がっていく。
疑心暗鬼という言葉がある。これは「暗闇というだけで疑い、まるでそこに鬼がいるかのように見える」ということから出来た言葉だ。
要するに、怖がりすぎて幽霊が本当にいるかのように錯覚してしまっているのだろう。
”白いジャージでランニングしてる人を幽霊に見間違えた”だとか、酔っ払っていただとか、
オチは大抵つまらなかったりすることが多い。
何度かこのブログでも幽霊騒ぎを取り上げたことがあったし、それを調査したこともあったけど、
大抵オチはそんなくだらないモノに過ぎなかった。
とにかく、明日だ。
明日の夜、渋谷駅南の高架下へ行く。
そしてそこで、本当に幽霊がいるのか調査する。
もしも、本当に幽霊がいるなら――。
「アホらし」
ぼくはそう言うと、PCもつけたままベッドに倒れこんだのだった。