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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
23/29

伽藍洞な都市伝説(2)

「では、これより第七回現代裏社会調査部極秘会議を始める」

僕の前に座っている夏河は、顔の前で手を組み、神妙な面持ちでそう言った。

そんな夏河の精一杯の演技も、テーブル筐体の賑やかな光と、ピコピコとした時代錯誤な

ゲーム音の前では、どこか場違いでしかなかった。


今日も相変わらず喫茶カッツェは閑古鳥が鳴いている。

店にいる客と言えば、隅の席でコーヒーを啜りつつ、スポーツ新聞を読みふけっている中年サラリーマンと、ボックス席に腰掛けている僕と夏河しかいない。

一方、店のオーナーである佐原は、愛想のない顔で、レジ前に腰かけてスマートフォンをいじっている。そんな、呆れるほどいつもの喫茶カッツェだが、ひとつだけ違うことがあった。

それは僕の隣に、さも珍しそうにテーブル筐体を眺めている折原の姿があることだった。


「ねえなっちゃん、現代裏社会調査部極秘会議って初めて聞いたんだけど」


「おだまり!…こほん。ようこそ現代裏社会調査部へ、折原クン。我々はキミを歓迎する」


「我々って言っても僕となっちゃんしかいないんだけどね、そもそも部活として成り立ってすら…」


「お・だ・ま・り!…こほん。それでは、自己紹介をしてもらおうか!」

突然、夏河にそう促された折原は、少しの間を置いて、ぺこりと小さく頭を下げると、

おずおずと言った様子で口を開いた。


「え、えーと。…2回生の、折原冬佳です。趣味は本を読むこと、お菓子作り。…あ、あと、ネットサーフィンです。えと、よろしくお願いします」


「ふふふ、こちらこそよろしく頼むよ。あ、ちなみに部室はここだから」


「よろしく…って、え?」

夏河の口からさらりと出た、とんでもない発言に、僕は一瞬耳を疑った。


「いつからこの店が部室になったの…?」

唐突すぎる一言に、僕は夏河を見た。確かに夏河と二人でここに訪れることはあった。

それに、この店で部活の話をすることも少なくはなかった。しなしながら、いつの間に部室にまでなっていたのか。しかも、学校外の小さな喫茶店が、だ。


「ん、今決めた。特に部室なかったし、よくここに集まるしここでいいかなって思いました」

夏河は、個性的なネコのイラストが描かれたコーヒーカップを持ち上げると、そのコーヒーカップに

入れられた小さなスプーンを、くるくると規則正しく回しながら、

再びきっぱりした口調でそう言い放つ。ここまで来ると、夏河の天真爛漫さも清々しいものだ。


「ました、じゃなくて…」

そもそもこの店を占領してしまえば、困る人が………いるのだろうか?

日頃この店に人が居るわけでもないので、案外困ることはないかもしれない。

それでも、この店を部室にしたい、だなんて話を、店のオーナーである佐原がどういう反応を

するだろうか。普通ならとんでもないと断られるに違いない。

それに加えて、あの人のことだ。首を縦に振らせることは、そう容易くはないだろう。

と、思っていた矢先のことだった。


「好きにしろ」

レジ前で座っている佐原は先ほどから表情ひとつ変えることはないが、ぼくらの話を聞いていたらしく、

僕らの方へ視線を向けると一言。ただ一言だけそう答えて、再び手元のスマートフォンへと

視線を向ける。


「…らしいので決定です」

店のオーナーからも許可をもらい、晴れて現代裏社会調査部の部室が決まった瞬間だった。


「そういえばひとつだけ聞いてもいいかな、折原さん」


「はい?」

僕は隣に座っている折原に声をかけた。僕の声に反応した折原も、こちらを向く。

それは当たり前で、そう、至極当然のやりとりだ。しかし、小さなボックス席の、

それも僕の隣に座っているという状況上、僕と折原の距離は既に近くて、それが何を意味するのか。

そして、それがどういう状況を招くのか。

そのことに気づいた頃には、既に、お互いの瞳は、相手の顔だけを映していた。


僕の顔と、折原の顔が、驚くほどに近かくて、思わず視線を逸らした。

第三者から見ればそれはまるで、バカップルか何かが店の中で密着してイチャついているみたいな、

そんな風に見えるのではないだろうか?

こうなるなんて想像すらしていなかったので、はっと気がつくと同時に、僕の心臓はバクバクと

音を立て始め、体温はどんどん上昇していく。

意識するなと心のなかで何度唱えても、それはむしろ重圧になり、結局、意識してしまう自分がいた。


それは折原も同じなのか、折原の視線も、僕から机へとすぐさま戻っていく。

近くで女性の顔を見ることに慣れていない僕は、未だドキドキしながら、それでも

不自然に思われぬように、精一杯平常心を装って、話を続ける。


「でも、どうしてこんな変わった部活に入ろうと思ったの?」

いくつか引っかかっていることがあった。特にそれは、金曜日の出来事だ。

三人で噂の雑居ビルに行った時、折原はずっと怖がっていた。

本人はといえば、ずっと「大丈夫だ」なんて言っていたが、どう見たってそれは

ただの強がりでしかなかった。あの日の様子を思い起こせば、この部活動に入るなんて到底思えない。


「なっちゃんに何か言われたとか、脅迫されてるっていうなら、今のうちならやめられるよ?」

僕の向かい側でちょっと、なにそれ失礼だよ!なんて怒っている夏河を無視して、僕は折原を見た。


「あぁいえ、そういうのではないんですけど。その…悔しくて」


「…悔しい?」


「あんなに騒いで、驚いて…。幽霊なんていないって言ってるのに…だから。

私はこの部活で、オカルトなんて非現実なモノはないってことを証明したいんです!」


「なるほど、汚名返上というわけね」

醜態を晒した悔しさから、といったことだろうか。

もしかして、夏河は折原のそんな負けず嫌いな部分に気づいて誘ったのだろうか。

そうだとすれば、やはり夏河はとんだ策士だ。


「で、今回僕らをここに招集したのは、新入部員紹介のため?」


「ふふふ。もちろんそれだけではない。ちゃんと面白いネタを仕入れてきたのだよー!」

そういうと、夏河はバッグをごそごそと漁り、おなじみのスクラップブックを取り出した。

前に見た時よりも心なしか分厚くなっているように見える。一体、どれだけ情報をもってきたと

いうのだろうか。多分インターネットからめぼしい情報を片っ端からプリントアウトしてきたものだと

思われる。

夏河は、スクラップブックを机の中心に置くと、慌ただしくぺらぺらと、数ページめくっていく。

そして、10枚程めくって行き着いたのは「渋谷八不思議!」とでかでかと書かれたページだった。


「渋谷八怪談・・・?」

そのフレーズに、どこか聞き覚えがあった。渋谷八不思議。

確か、そうだ。ブログの中のコメントで、あの雑居ビルでの噂話のことを、こう呼んでいた。


「あー、私聞いたことあります。前の雑居ビルも、あれ渋谷八怪談のひとつ、なんですよね」


「そうそう、渋谷八不思議。今ごく一部の人の間で噂になってるんだよ。」


「なんで八不思議なんだ・・・?」

七不思議というのはよく聞くが、八不思議というのは他に聞いたことがない。


「さぁ?…まぁインターネット上で密かに語られているネタだから」

夏河のどこかはっきりしない言い方になにか引っかかりを覚える。

こういう時はたいてい、何かを隠していることが多い。


「インターネットって、どの?」


「うっ…それは、その…にゅちゃんの…オカルト板がメインです。」

なんとも胡散臭いというか、いかにもインターネットで作られた架空の話といった雰囲気だ。

しかもにゅちゃんのオカルト板で盛り上がるというのは、まさにでっちあげの匂いがする。

俗にいう、”釣り”だ。こういった架空の話を作り上げるのはよくあることで、前に一度、夏河は

この手のネタで騙されたことがあった。


「でもでも、渋谷八不思議のネタは最近はわりといろんなSNSでもたまに話題になるし!」

確かに、それも事実だった。

現に僕のブログのコメントにも、渋谷八不思議と言った単語は数件見受けられた。

それにトリックはあったものの、きちんと「通りゃんせ」の音楽も鳴っていたこともあった。

僕らが微妙な反応を示していると、夏河もそれを悟ったのか、おもむろに立ち上がると、まるで僕らの意見を押し切るように、声高らかに宣言した。


「というわけで、現代裏社会調査部の今回の活動は!渋谷八不思議の調査です!」



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