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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
22/29

伽藍洞な都市伝説

「ほら、この辺でいいか」

雅光さんのその言葉と共に、車は徐々にスピードを落とし始め、やがてゆっくりと停車する。

どうやら僕は呆けていたらしい。

雅光さんに声をかけられて初めて、フロントガラスの映す景色が、先ほどまでの華やかさと

喧騒にあふれた街並みではなく、見慣れた住宅街周辺に変わっていることに気づく。

ここからならば、自分の家まで歩いても5分かからないだろうという距離だ。


「すいません。ありがとうございました」


「そんじゃあな。これからもムスメと仲良くしてやってくれよ」

車から降り、ドアを閉めようとする僕に対して、運転席に座る雅光さんは、どこか含みの

有る発言をして、僕に笑いかける。

仲良く、というのは、多分友達として以上のことを指しているのだろう。だが、そんな冗談も

先ほどの会話―事件についてのことだ―が、いつまでも僕の脳内をぐるぐると駆け巡っていて、

まともに入ってこなかった。


雅光さんの運転する車は、そのままUターンすると、先ほど来た道を再び戻っていく。

やがて車が見えなくなると、僕は現在の時間を確認するために懐からスマートフォンを取り出した。

13:50。

スマートフォンの有機ELディスプレイは、無機質なデジタル時計を映して、僕に応える。

もう少しばかり時間が立っているように思えたのだが、まだまだ昼過ぎといったところか。

自分の時間の感覚と、本来の時間とのズレに少しばかり驚かされる。

普段の日曜日の過ごし方といえば、朝方まで起きて昼過ぎまで寝るという、昼夜逆転が大半なせい

なのか、僕の体内時計は大幅に狂っているらしい。

早朝から起きて過ごす日曜が、こんなにも長いとは。


そうだ。今日は日曜日――。

今日の予定は…特になかった。このまま家に帰ってしまってもいいだろう。


……きっと、昨日までの僕だったならばそうしていたに違いない。

けれど、先ほどの雅光さんの話のおかげで、ずっと忘れようとしていた、昨日の出来事。

深夜、目にしてしまった、あの飛び降り自殺のこと。

必死に忘れようとすればするほど、あの光景は頭の中に焼き付いて、決して離れてはくれない。

飛び降りる数秒前の、後ろ姿。

それは、とても呆気無くて、まるで日常風景のありふれた行為であるように、躊躇ないものだった。

それが逆に…とても、恐ろしかった。


あの背中は、あの後ろ姿は…放送を見ていた僕らに対して、何かを訴えていたのだろうか…?

家に帰っても、そういった想像ばかりが頭に浮かびそうで――当然だが、なんとも気分の良いものでは

なかった。

情けないことに、僕は恐怖している。それが何に対しての恐怖なのか、分からない。

あの女が、幽霊になって僕の後ろに立っているだとか、あの放送を見た人間は皆呪われてしまうだとか、

そう言った出来損ないのホラー映画めいたことでは決して無くて。

むしろ、そう言った心霊的ものに対する恐怖心ならば、いくらかはマシだっただろうか。


それは、得体の知れない恐怖。べたりと――まるで、ドロドロとした粘着質の液体が、

僕の背中をゆっくり伝って流れていくような、そんな不気味さで塗り固められた感覚。


僕はそんな、粘りつく恐怖心から逃れるように、頭を左右にぶんぶんと振る。

せっかくの日曜だ。気分変えに、どこかに出かけよう。

と言っても、僕が行く場所なんて、相場が決まっているのだが。

僕は人気の無い住宅街から、騒がしい街へと向かって歩き始めた。


普段から渋谷は人が多いが、それも休日の、真っ昼間であるせいか、歩き始めてまだ5分も

していないのに、既に人の多さに辟易していた。

それでも、様々な意識が行き交う中を、僕はそれをすり抜けるように、避けるようにして、

街中を進んでいく。

もう少し道を選んだほうが良かったかもしれない、なんて事を今更ながら思うが、既に遅い。

こんな人集りの中を踵を返すのも嫌気が差すし、歩くしかなかった。


何かないだろうかと、あてもなく歩いている僕の目に、ネットカフェの看板が飛び込む。

こんなところにネカフェがあるとは。いつの間にできたのだろうか。

お昼に更新されるように設定していたブログの事も気になるし、いい時間つぶしになるだろう。

とりあえず、ここに入る事にしよう。


僕が自動ドアに近づく前に、ゆっくりとドアが開く。誰かがネットカフェから出てきたようだ。

どんな人が出てきたのかなんてこれっぽっちも興味ないが、僕の視線は無意識に、すれ違う相手へと

向けられる。

最初に目についたのは、薄汚れてボロボロの衣類と、首に巻いている、同じく薄汚れて

ネズミ色になっている、本来は無地であろうタオル。

それと、すれ違いざまに僕の鼻をつく、すえた臭い。

それが何を示しているのか理解するのに、数秒もかからなかった。

ホームレスだ。宿の無いホームレスが、ネットカフェを宿代わりにしているか何かだろう。

そんなに珍しい光景でもない。

僕は特に気にも掛けず、そのまま会計に向かい、簡単なやりとりを済まして、

開いているルームに入った。

ネットカフェ特有の、なんとも狭苦しい空間だが、今はこの狭苦しさが、どこか心地いい。

それでも、やはりネットカフェの、このシーンとした空気――どこか図書館に似た、人々が自分の

存在を押し殺して成り立っているような静寂や、その雰囲気はなんとも苦手だ。

そんな空気から早々と別れを告げたくて、僕はPCを立ち上げた。

僕の家にあるものに引けをとらないような、ハイスペックのゲーミングパソコン。

その隣に備え付けられた、大きく高級そうなヘッドフォンを頭につける。


早々とPCが立ち上がり、映されるデスクトップには”ネカフェ特典!”と書かれたオンラインゲーム

宣伝用の壁紙は設定されていて、見慣れたオンラインゲームのショートカットが、

いくつも置かれていた。

そんなオンラインゲームのショートカットに目もくれず、インターネットブラウザを選択する。

そして、目的である自分のブログを開く。

どうやら、きちんと設定した時間通りに昨日の記事が投稿されている。その記事には、既に1000程度のアクセスに、50ばかりのコメントが寄せられていた。


***

1. お疲れ様です☆


渋谷にそんなお話が。。。

私はそんな場所に行く勇気ありませんww

いつも、管理人さんの記事には驚かされます。

次の更新も楽しみにしてますね(*^_^*)


えんぜる 2016-10-20 12:00:10 >>このコメントに返信



2. ジサツ!


渋谷八怪談なんかデマより、もっと更新する記事があるんじゃないですか!?

深夜にあったジサツですよジサツ!

ライブストリーミングで突然の自殺配信!

記事書いて!!


アインハンダー 2016-10-20 12:03:11 >>このコメントに返信



3. 渋谷八怪談のナゾ


これって渋谷八怪談のナゾのひとつだっけ?

こんな簡単な仕掛けだったんすねぇ

中々おもしろかったけど、

地獄ドライブ事件に続く変死事件”飛び降り”

についての記事も書いてくれよなー頼むよー


YJSNPI 2016-10-20 12:03:21 >>このコメントに返信



4.ライブストリーミングの変死の記事も!


***


やはり、昨晩の自殺配信のことは、ネットを中心に爆発的に広まっているらしい。

投稿されたコメントの半分以上が、”昨晩あったライブストリーミング自殺の事を調べて書いてほしい”などという意見が多い。

昨晩の出来事は、誰が言い始めたのか、地獄ドライブ事件と並べて「連続変死事件」として扱われて

いて、まるでフィクションかのような、怪しく現実離れした響き故に、多くの人の興味を引く

原因となっているようだ。

それを分かってか、幾つものニュースサイトですら「連続変死事件」として取り上げている。


確かに、どちらの事件も謎の多い、まさに「連続変死事件」といえるかもしれないが…どこかオカルトの類のような扱いに、少しばかり呆れつつ、僕はニュースサイトを巡回しながら、今回の事を纏めてみることにした。

今回のことがもう少し分かれば、この得体の知れない恐怖も、いくらかはマシになるかもしれない。

忘れられないのならば、開き直るまでだ。

半ば自棄になりながら、僕はグーグルの検索欄にそれらしい文字列を打ち込み始めたのだった。



***

被害者 21歳

性別 女性

職業:ネットアイドル


・明るく活発的で、突然自殺をするような人ではなかった。

・また、友人知人へのインタビューでは”いつも元気でいい子だった。自殺をする原因があるようには

思えない”と全員が口を揃えて言っている。

・ネットアイドルとしてニカ生で活動を初め、最近ゲームアイドルとして活動しはじめたばかり。


***


……文章を纏めていて、とてつもない胡散臭さを感じていた。

明るく活発的な人柄で、ネットアイドルとしての活動も、上手く行き始めたばかり。

誰もが口を揃え、自殺の原因が分からないと言う。


自殺する必要など、見当たらない。

要するに、出た情報はそういうことだ。


「ふうむ…」

僕はゆっくりと、リクライニングチェアに背中を預ける。

昨晩の出来事に関連する情報を読み漁れば読み漁るほど、謎ばかりが増えていく。

確信となるような情報はまるでなく、雲を掴むように、漠然としていた。


何故、自殺をしたのか。

何故、放送中にいきなり人が変わったかのようになったのか。

自殺ではなかった?

――自殺を誘発された?

いや。それはいくらなんでも考え過ぎか…。


何をするでもなく、ぼーっとPC画面を眺めてながら考え事をしていると、どこか違和感を覚えた。

いや、正確に言えば、PCのモニターに反射している景色に、だ。

モニターに反射しているのは、無機質なドア。その後ろのドアが、少しずつ――本当に少しずつ、

ゆっくりと、開いていた。

それは人が開けようとしてるというよりは、まるで弱い風に煽られているか、ドアが壊れているか

のように、ゆっくりとした速度だった。

けれど、ここは室内で、当然風なんかあるわけない。となれば、人が開こうとしているか、

ドア自体がおかしいかのどちらかになる。

僕がこの個室に入るとき、間違いなくドアは機能していたハズだ。壊れているようには見えなかった。


どうして僕は振り向けないのだろうか。

振り向いて、扉を締め直せばそれで済む話なのに、それなのに僕は、モニターに反射して映っている、ゆっくりと開けられる扉をただただ見守るしかなかった。

そして、扉が半分くらい開くと、その動きはピタリと止まった。


見ていた。それは、こちらを。

見ていた。それは、瞳。

見ていた。それは、目。

こちらを覗く『それ』は――紛れも無く、人間の瞳だった。


2つの瞳が、こちらを、僕を、室内を――見ていた。


顔とか、身体とか、そういったものは無くて、まるで瞳だけがその場に存在しているように。

昼間のネットカフェは薄暗くて、その闇にまぎれているのか、目以外なにも見えない。

そして、何より異質なのは、その、僕を覗き見る2つの瞳の角度がおかしかった。

首を少し傾けてこちらをみているのような、それにしては、どこか無理な体勢をしている。

ありえない角度に首が傾いていなければ、あんな姿勢は無理じゃないだろうか。

僕がすべてを理解する前に、それは――ドアを開いたスキマから、ゆっくりと侵入してきて、ようやくその正体を理解する。


先ほどのありえない角度は、首がへし折れて曲がっていたからだったのだ、と。

女。あの、女だった。

朝とも夜ともつかぬ時間帯に見た、あの配信に映っていた。

そのまま飛び降りた、女だった。


「ッ!?」

全身に衝撃が走ったかのように、僕は飛び上がった。

リクライニングチェアにはローラーがついてるせいで、そのまま僕は体勢を崩して、地面に倒れる。

額には、嫌な汗をびっしりとかいている。


慌てて後ろを振り返る。ドアは開いていない。

そして僕は、今まで見ていたものが夢であることに気づいた。

そうだ――今日の僕はほとんど徹夜の状態だった。そのせいか、ネットカフェの個室で眠りこけていたらしい。

寝ている時に変に動いたのか、モニターには訳の分からない文字列を表示している。


「はぁ・・・」

僕は安堵のような、馬鹿らしいさから来るような、そんなため息をつくと、自分の頭を乱暴に掻いた。

そして反射的にポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認する。

14:20。

このネットカフェに入ってから、20分くらいだろうか。調べ物もしていたし、寝ていたのは数分のようだった。


「ん、メールが届いている・・・差出人は・・・夏河か」


***

夏河 14:05

ひまー?


              返信 14:21

              まぁ、暇っちゃあ暇



夏河 14:21

じゃあカッツェ集合!

緊急部活招集だからね!あんまり遅いと

オゴリだから!


***


どうやらカッツェで、何かをするらしい。

夏河のメールを確認すると、急いでPCをシャットダウンして、僕は個室を後にするのだった。


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