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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
21/29

通りゃんせ(5)

車内。

僕は、ラジオから流れるノイズ混じりのスポーツ中継を、興味がないながら聞き流しつつ。

車の速度と比例して流れ行く町並み風景を、ぼーっと眺めていた。

車の振動が、まるで僕の身体を優しく揺するようで、中々に心地がいい。

暖房がゴオゴオと音を立てながら、ものすごい量の熱風を吐き出して、車内の温度を

どんどん、どんどんと上げていく。

僕はむしろ暑く感じる程であったが、隣で車を運転している雅光さんは、顔色一つ変えない。


あれからというもの――洒落たガラス容器に、溢れんばかりに盛られたパフェが、

ステーキを食べ終え、満腹感に浸っている僕の前に置かれたのだった。

それほど甘い物が好きな訳でもなく、胃袋のキャパシティも限界に近い僕にとって、

それは予想にもしない強敵だった。そもそも、僕はパフェを注文した覚えなど無い。

注文したとすれば、それは雅光さんしか居なかった。

いつの間に注文したのだろう。僕が見ている限りでは、雅光さんは

二人分のステーキと、ソフトドリンクしか注文していないハズなのだが。

時間を時間を掛けて何とか、アイスクリームや生クリームで作られた山を、

銀色のスプーンで崩していったものの、もうしばらくパフェは食べたくない。見たいとも思わない。

ちなみに雅光さんはというと、どこにそんな余裕があるのかわからないが、

僕より数倍の早さで、パフェをぺろりと平らげて、いかにも満足気な表情をしていた。


「タバコ、いいかな」

雅光さんが、僕を横目で見ながらそう言った。

助手席に座っている僕に気を使ってくれたのかと思ったが、

雅光さんの口には、既に一本のタバコが、しっかりと咥えられている。


「良いも何も…既に咥えているじゃないですか」

僕がそう返すや否や、ハッハッハと陽気に笑いとばすと、結局僕の返事など待たず、タバコに火をつける。

僕の座る助手席と、雅光さんが腰掛ける運転席の微妙な間に、真っ白な煙草の煙が立ち上った。

よく車内でタバコを吸っているのだろうか、スライド式の灰皿には、

燃え尽き、役目を終えた無数のタバコたちが、無造作にねじ込まれていた。


「甘いモノ食った後は無性に吸いたくなるんだよなぁ…あ、もちろんムスメには内緒で頼むな」


「ハハハ…考えておきます」

しかしながら、歳を取ると誰しも、こんな如何にもなオッサンになってしまうのだろうか。

まぁ雅光さんに至っては、昔からこんなキャラだったような気もするが。


「まぁ、それはそうと…今日はありがとうございました。色々とおごってもらって…」


「おう、良いってことよ。」

そんな、僕と雅光さんの、何気ない会話が終わった頃だ。

雅光さんが、僕を再び横目で見ると、見計らったかのように、口を開いた。


「なぁ…リョウタくん。一つ、聞きたいことがあるんだが。」


「はい?」

フロントガラスに映るビル群を何気なく眺めていた僕は、雅光さんの、先程とは

どこか異なる声色に気付き、ふと、本人の居る運転席を見た。

雅光さんのその目は――再び、どこか遠くを見つめていて、まるで何か考え事を

しているようだった。


「最近、何の理由もなくイライラする…なんて事あるか?」


「突然どうしたんですか?」


「いや……生きていれば、驚くほど些細なことでイライラする事ってのはよくあることだ。

殴ってやる、殺してやる。そんな風に思う時もあるかも知れんが…。

そういうのは、心の中で完結するモンだろ、普通は」


「まぁ普通は、実行なんかしないですけど…」

本題には遠い、どこか遠回しな言い方に、いまいち何の話なのか掴めずにいた。

けれど、雅光さんの意味深なその口ぶりに、僕はいつの間にか、自分自身の好奇心という

底なしの沼にずぶずぶと飲み込まれていて。

雅光さんの顔をじっと見て、二の句を告げるのを今か今かと待っていた。


「それがなぁ…」

突然、雅光さんは言葉に困り始めた。

ばつが悪いのか、うーん、などと唸り始め、片手に持ったタバコを、

灰皿に2、3度とんとんと叩きつけて、灰を落とす。

タバコも持つ手が再び口元へと伸びて、そしてようやく口を開いた。


「…ムカついたから、腹が立ったからってだけの理由で、暴行事件やらなんやら起こす輩が

最近増えていてな…今朝も一人しょっ引かれた」


「よくある喧嘩、とかじゃなくてですか?」


「もちろん、悪口を言われただの、被害者にも原因がある例はあった。だが、その中には

誰でも良かった、なんて言ってる過激なヤツも居た。聞くところによれば、

自分の感情をコントロールできなかった、なんて証言しているらしい。」


――自分の感情をコントロールできなかった。


その発言を聞いて…僕は、ふと、今朝の配信の事を思い出していた。

最初はまさか、飛び降りるなんて思っても居なかった。

そんな風には見えなかった。当たり前だ。

ただただ動画内で、コメントしてくれる観覧者達ににこやかに話しかけて、笑っていただけなのだ。

それはどこにでもある、ただのライブストリーミング配信。


それが突然、人が変わったように黙りだして…最後は、自室のベランダから飛び降りた。

見ている限りでは、その動作に、何の躊躇も迷いも無かった。

たどたどしい足取りでベランダに向かったかと思えば、そのまま、身を投げたのだ。

まるでそれは、生活の中のワンシーンのように。

窓を開け、ベランダに立つのと同じ動作かのように…そのまま、飛び降りた。

今思い出しただけでも、背筋に冷たいものが走る。


なんの遺言も遺書も用意せず…

残したものがあるとするならば、それは――「通りゃんせ」の鼻歌だ。


もしも、あの彼女が、何かのきっかけで感情が爆発し、それによる暴走行為の結果が、

あの投身自殺だったとするなら。

彼女は、その身が地面にぶつかる1ミリ前まで、何も、考えなかったのだろうか。

その身が地面にぶつかる1秒前まで、何も、思わなかったのだろうか。…何も、感じなかったのだろうか。

後悔も、恐怖も、何にも。

まるで機械のように、一切の感情を抱かず、自ら命を落とした…落とせたとすれば。

それは幸せなのだろうか、それとも…。


「聞いてるか?」


「え」

僕は思わず、運転席の方を振り返った。

雅光さんが、こちらを見ていて…不意に目が合う。

その目は、いつもの雅光さんだった。


「悪い悪い…変な話をしちゃったな。無関係の人間にここまでベシャった事がバレたら

こりゃ処分対象だな。ハッハッハ…!」

どうやら、僕は雅光さんの話を聞いて、考え事に耽っていたらしい。

自分自身、考えていることが表情に出やすいことは知っている。もしかすると、僕はひどい顔を

していたのかもしれない。

雅光さんは、そんな様子の僕を見て気を使ってくれたのだろうか。


「まぁ、あれだ…そんなことが最近多いから気をつけろよってことが言いたかったのさ」


「それは、僕に加害者にならないように気をつけろって意味ですか?」


「ハッハッハッ…!まさか。リョウタくんが誰かにケンカを売るなんて思ってないさ。

加害者になるってのは、言葉とは裏腹に、驚く程簡単なことだ。

目に映る人間、誰でもいい。無差別に危害を加えればいい。それだけのことだ。

だが…被害者となると話は違う。誰もなろうと思っちゃいない。

突然、それは否応ナシに”される”ものなんだ。」

…そうだ。

誰しもが、自分に課せられた日常を過ごして、それを一日ずつ積み重ねている。

そんな中、突然何者かによって、被害者という立場に立たされる。

望んだわけでもなく、何の準備も対策もせぬまま。まさにそれは不意打ち。

何か人間関係のいざこざならばまだしも、無差別ならば尚更のこと。

どんな目に遭おうが「不運だった」、それだけの言葉で済まされるような出来事も、

こうして考えてみると恐ろしいのだと、今更ながら思う。


再び、僕は窓際を見た。

窓に映る風景は、どこまでも呑気で陽気で。

そんな街中を、無限の無関心が次々と通りすぎていく。

そんな僕の住むこの東京…その中で、不審な事件が次々と起こっている。

話を聞いているだけならば、それはまるで、僕が今いる場所とそっくりで……けれど、全く違う、まるで

どこか異世界の話のように聞こえる。

僕の見ているこの風景も、僕の住む場所とは違う、どこか違う場所なのかもしれない。

他人の視点から、まるでフィルター越しの風景を見ているような……そんな感覚に襲われるも、

鼻をつくメンソールの匂いだけが、妙にリアルで。

それが、僕はここに。この場所にいるんだと、否応無しに自覚させて、引き戻されたのだった。

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