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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
20/29

通りゃんせ(4)

ムゥー【むぅー】

日本の月刊オカルト情報誌。

キャッチコピーは「世界の謎と不思議に挑戦するハイパーミステリーマガジン」。主な内容はUFOや異星人、超能力、UMA、怪奇現象、超古代文明やオーパーツ、超科学、陰謀論などのオカルト全般である。全般的にオカルトに肯定的な記述がされている。

十月二十日(日) AM11時32分


翌日。

僕はというと、レストランに居た。

それも、学生の身分なんかでは行く機会なんて滅多に無いだろう。高級感の漂うステーキハウスだ。

勿論、僕一人が食べに来たわけではない。

というか今月は、金銭を色々なモノに使いすぎていて、そろそろ出費を抑えなければいけないと

自覚し始めていた頃だ。

お昼代が浮く、というのは、今の僕にとっては、とても魅力的な響きだった。


ちらりと、視線を手元にあるメニューから、目の前へと移す。

僕が腰掛けている向かい側の席で、同じようにメニューを眺めているのは、まさに「おじさん」

と呼ばれそうな年齢層の男だ。

所々白髪が混じった、ボサボサの髪。着ているスーツは扱いが雑なのか、それとも多忙でなのか、

ヨレヨレになっている。その上、ネクタイの結び目も緩くて、だらしない。

――なんとも、うだつが上がらない格好をしている。


「どうするかなぁ…ん、リョウタくんは何にするか決まったか?」

僕の視線に気づいたらしく、メニューから視線を外さないまま、僕に話しかけた。

いきなり話しかけられて、僕は慌てて視線を再び手元のメニューに向けて、適当に目についた

ものを選んだ。


「あ…それじゃあ、チーズハンバーグセットで」


「ハンバーグぅ?…おいおい、もしかして、若いのに遠慮してんじゃないだろうな。

歳上の人間が奢るって言ってる時は甘えとくもんだぞ」

どうやら無難な金額設定のランチメニューを選んだことは、バレバレだったようだ。

だからと言っていきなり高い物をそう易々と頼めるわけもなく、注文を男に任せることにした。


「それじゃあ…オススメのをお願いします」


「んん、オススメかぁ…そうだなぁ……あ、すんません、このステーキセットを2つ」

近くを通りかかったウェイトレスを呼び止めると、男はメニューを指差ししながら、

何やら高そうな物を2つ注文する。

注文の確認を終えてウェイトレスが厨房へと向かうと、男は手元に置かれた御絞りで、顔を拭き始めた。

やることがどうもオッサン臭くて、僕はちょっと笑いそうになった。


「ふぅ…。ここのステーキが美味いんだ。絶品なんだよこれが」


「へぇ…ここ、よく来るんですか」


「いや…。家じゃあヨメも娘も五月蝿くてなあ…。こんな所に来た事がバレたら、怒られるだろう。

でも信じられるか?家じゃ、野菜ばっかり出てくるんだ。俺は草食動物じゃあ無いんだがなあ。」

不要になったメニューを片付けながら、ヘラヘラと笑う。

その様子は、どうにも冴えないオッサンと言った雰囲気。


「へっへっへ。・・・カナには内緒にしてくれよ?」

男の口から唐突に出る、カナという名前。

そう――この男の名は夏河雅光なつかわ まさみつ。夏河佳奈の、父親である。


夏河佳奈と僕は、幼なじみの関係にある。幼少時から一緒に遊んでいて、夏河の家に

遊びに行くこともあった。それ故、夏河佳奈の両親とも面識がある。

それに、僕の両親と夏河の両親の仲も良い。


もっとも、警察という多忙な仕事をしている雅光さんは、普段からあまり家に居ないので、

僕自身、会ったことがあるのは数回程度だが。

この人と会う度に、幼少時の僕はその警察という職業に、無意味に憧れを持っていたものだ。

まぁ正直な話、雅光さんが警察らしいかと言われれば、どちらかと言えば冴えないオッサンのイメージ

が強い。


「あの…どうして、僕を呼んだんでしょう?」


「ん?なんだ、おじさんと二人っきりでメシを食うのは不満かい?」


「いや、そういうわけじゃないですけど…雅光さんに呼ばれるのは珍しいというか…」


「へっへ。ちょっと休みを貰えてなあ。せっかくだから親交を深めようと思って。

 近い将来、俺の事を”お父さん”なんて呼ぶかもしれない男の子と」


「…僕と夏河、そんな関係じゃないですってば。」


「この前なあ…家に帰ったら娘が、目を輝かせて雑誌読んでたんだよ。」


「あの、僕の話聞いてます?」


「今どきのオシャレ雑誌かと思ったら、『ムゥー』読んでたんだよなあ。

最近の若い女の子っつーのは、皆ああいうカンジなのかね。」

ムゥーか。何とも夏河らしいと言えば、夏河らしい。

「ムゥー」というのは、いわばオカルト全般を扱った雑誌のことだ。


「なぁ、どうだ…リョウタくん。ウチのムスメとは」


「だから、そんな関係じゃないですって」


「はっはっは。」

僕の話を聞いているのか聞いていないのか分からないが、雅光さんは笑った。

そんなアホらしい話をしていると、ウェイトレスが2つ分のステーキセットを

運んできたのだった。


「こちら、プレートが大変熱くなっておりますので、お気をつけてください」

その一言とともに、僕と雅光さんの前にステーキセットが並べられる。

真っ黒なプレートの上に、キレイに盛りつけられたステーキ肉が、ジュウジュウと

食欲を唆る音を立てている。

嗅覚が、視覚が、聴覚が、僕の胃を刺激する。

朝から何も食べていない。というか、10時頃に雅光さんの電話に起こされ、

こうして今、この場に座っているのだ。何かを食べる暇なんてなかった。


「一緒に食事をしないか」だなんて電話を聞いた時は、昨晩の出来事もあり、

何かを口に入れるつもりはなかった。

だが、こうして料理を目の前にすると現金なもので、僕の胃はステーキを受け入れる準備ができていた。


「んー。こりゃ絶品だな」

雅光さんは早くもソースをかけ、肉を口に運んで舌鼓を打っている。

僕もそれに続くかのように、フォークで肉を刺す。

驚いた。見た目は分厚いステーキ、といった雰囲気なのだが、いざフォークで肉を刺して見ると

簡単に突き刺さってしまうのだ。

そのまま口に入れる。


「美味しい…!」

思わず声が出る。

分厚い外見に似合わず、ものすごく柔らかい。だが、一噛みするごとに、ちゃんと

肉を食べている感がある。噛めば噛むほど、肉汁が口の中で溢れだす。

ステーキソースも濃くなく、肉と相性が良い。

肉の味を引き立てるいい味付けに仕上がっている。

こんなに美味しいステーキを食べたのは、一体何年ぶりだろうか。

少なくとも、一人暮らしを初めてから食べていないはずだ。

その美味しさに、僕の手はとどまる事無く、次々と肉を口の中に放り込む。

そうして、ステーキに夢中になっている時だった。


「なぁ、リョウタくん。」


「あ、はい。なんでしょう?」


「実はこの前、ウチのムスメが深夜に帰ってきたらしいんだよ」

その言葉に、ステーキを切っていた僕の手が止まる。

深夜帰り…心当たりがある。そう、あの雑居ビルの時のことだろう。

もしかすると、夏河は両親から怒られたのかもしれない。

年頃のムスメなのだ。そうたやすく外出することを良くは思っていないハズだ。


「いや、別に怒っちゃいないんだがね…。ただ、ヨメさん色々心配してるんだ。

もちろん俺もな。年頃の女の子が、深夜に出歩くっつーのは、どうも心配で仕方ない。

…だからリョウタくん、もしもの時は、キミが助けてやってくれ。

遊ぶなとは言わない。だが、何かあった時は、キミがムスメを守ってほしい」

先ほどまでヘラヘラしていた表情も雰囲気も、どこかに消えていて。

その顔は、真面目そのもので。目は、まるで何かを思い出すかのように、どこか遠くを見ている。


「勿論、そのつもりですよ。あいつ夢中になったら周り見えなくなりますし」

先ほどとはどこか違う雰囲気に、少し居づらさを感じて、僕は少しおどけたように言った。


「ハッハッハ、よくわかってるね。この調子だと、パパと呼ばれるのも、そう時間はかからんかもなぁ」


「いや、だからそんなつもりは無いですって」

僕も雅光さんも、再び手が動き始める。


「そういえばリョウタくん。この店デザートがあってなぁ。

どうだ、食いたいものはあるか」

机の端っこにある、小さなデザートメニューを持ち出すと、ニコニコとした笑顔で

パフェメニューを見始める。


「え、まだ食べるんですか」

プレートに乗せられたステーキも残り少なくなり、満腹感を感じ始めているのだが

どうやら雅光さんは、まだ足りないらしい。


「何言ってんだ。食事の後はデザートだろう。食べ終えるまでに選んでおけよ」

そうして。

僕と雅光さんは、ステーキを平らげた後、男二人には似合わないような、可愛く彩られた

パフェを食べることになったのだった。



                 ***

ロケッツ!ニュース 


【渋谷】19歳「笑われてむかついた」…少年、女子高生に暴行。

                                      ニュース:犯罪


今年二十日早朝、女子高生3人を鉄パイプで暴行したとして、18歳の少年を傷害事件で逮捕した。

同署によると「笑われて腹が立った」と供述している。

逮捕容疑は二十日午前4時半ごろ、カラオケ店から出てきた女子高生3人にバカにされた事に怒り

胸ぐらをつかむ、鉄パイプで殴りつけて暴行したなどとしている。


近年、年齢層に関わらず、こういった「腹がたったから」という単純な理由での暴行事件・殺傷事件が

増えており、問題視されている。


(2016年10月20日 每日新聞)


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