変わらぬ、日常
登場人物
敷島遼太【シキシマ リョウタ】ハンドルネーム:四季
本編の主人公。東京神明大学一年生。
怪しい噂や都市伝説などを扱う「闇斬虫」という
ブログの管理人をしている。
いつでもヘラヘラとした態度で、熱くなることはかっこ悪いことだと
思っている。皮肉屋で面倒くさがり。
だが、やると決めると徹底的にやり始めるタイプ。
夏河佳奈【ナツカワ カナ】
東京神明大学一年生。
元気で明るく、ポジティブな性格。
行動力はあるが後々の事を考えないことが多く
周囲に助けてもらうこともしばしば。
「若いんだから1に行動、2に行動。その後はその時考える」
というのがモットー。
クラブ「現代裏社会調査部」の創設者である。
『つまり、渋谷連続通り魔事件の主犯は、政治家や警察などの権力者の
子供である可能性が非常に高い。
マスコミが一斉に報道をしなくなったのは、警察によって
圧力をかけられた可能性がある。』
そこまで打ち終えると、ひっきりなしにキーボードを叩いていた手を一旦止め、パソコンのモニターの側に置いてあったジンジャーエールのペットボトルに手を伸ばした。
冷蔵庫に閉まっていなかったものの、未だに冷たさを残す炭酸飲料を、僕はぐいっと一気に流し込んだ。
「あぁ・・・」
文章を打ち始めてからというもの、文面を整える事ばかりに頭を使っていたので、冷えた炭酸飲料は硬くなった脳内をほぐすには十分な活力剤となった。
「さてと…どうするか…」
はあ、とため息混じりに時計とモニターを交互に睨む。
カチカチと規則正しい音を鳴らし続けるアナログ時計の針は、午後三時を示している。
モニターには、未だ書きかけの文章がズラズラと白い背景を埋めていた。
仕事でも、学校から出された課題でもない。趣味で始めたブログ。
最初こそは数人に読んでもらえれば、と書いていたもので、まさか大手ブログと肩を並べるまで知名度が上がるなんて思ってもいなかった。
自分の書いた記事を読むために、一日に数百、数千というユーザーがアクセスする。
ツイッパーというSNS−ソーシャルネットワークサービスと言うものだ−が日本に普及したおかげで、
こういったブログの知名度が上がる機会は格段に増えたと思う。
実際、僕の書いた記事を多くの人がツイッパーの中で宣伝をしてくれているのだ。
勿論、全員が全員こういったブログに対して良いイメージを持っているかと言えば、そういう訳ではないのだが。
観覧者が増えれば増えるだけ、自分にのしかかるプレッシャーは大きい。
読みやすい工夫をしてみたり、文章をわかりやすくしたり
図や画像を用いたりなど・・・読み手を退屈させまいと、数々の試行錯誤を繰り返した。
趣味でやっているとはいえ、見てもらえるなら、来てもらえるなら
またアクセスしたいと思わせたい、思って欲しいという感情が妥協を許さなかった。
だが、流石に睡魔には勝てない。
2時間だけ仮眠を取ろう。2時間寝て起きてからブログの記事を完成させればいい。
自分の限界を感じた僕は、気の抜けた欠伸を何度か繰り返しつつ、モニターの側に置いてあるケータイを手にとった。
ベッドのある方向にケータイを適当に投げ、そのままベッドに倒れこんだ。
毛布とベッドの軟らかな感触とほのかな暖かさに睡魔は一層牙を向く。
僕はそれに抗う事なく目を瞑った。
意識がフェードアウトするのに、そう時間はかからなかったと思う。
*** 十月十七日 朝***
「まだ講義出てないけど帰りたい・・・」
机に突っ伏しながら、ため息混じりに出た言葉。
結局、僕は朝までぐっすりと熟睡していた。
ほんの少しの仮眠のつもりで目覚ましを設定していなかったのが原因か、
いつも家を出る時間から30分程経過してから目を覚ました。
朝食も取らず急いだおかげでなんとか2限には間に合ったものの、
既に身体は、一日分の気だるさを訴えていた。
「おっはよー、なんか朝からすごいお疲れモードじゃん。夜更かしぃ?」
隣からそんな声が聞こえ、ゆっくりと声のした方向を向いた。
声の主は分かっている。
短髪や明るい声色から活発さを醸し出している少女・・・。
夏河佳奈だ。
僕と夏河は幼い頃からの腐れ縁、俗にいう幼なじみという関係にある。
「あぁ・・・うん・・・」
僕は答える気力もなく、机に突っ伏したまま僕はただただ無気力に答えた。
「そういえば昨日のお昼ごろにあがってたブログの記事面白かったよー。あの、最近の地震は人工的に作られているのか?ってやつ」
「・・・頼むから、大きな声でブログのことを話すのやめてって言ってるでしょ」
少々うんざりした声音でそういうと、夏河は特に悪びれた様子もなく、
ごめんごめん、など言いながら笑っている。
こいつのハイテンションさは、場を和ませるムードメーカーだが、今の僕からすれば単なるめんどくさいヤツだった。
それに、僕がブログの管理人であるということを周囲には知られたくなかった。
この趣味を知られると8割型めんどくさい事になる。
どんなブログを書いているの?やら、大変じゃない?だなんて質問され
ネットに強いやらパソコンに詳しいやら、あることないこと噂される。
とある学科では、噂の僕はネットゲームの神だったり、アメリカの捜査協力をするスーパーハッカーだったりするらしい。
変な噂をされ、僕は迷惑極まりない。
「でもさー、最近本当に地震多いよね―」
「・・・まぁね。HAARPのせいだって話もちらほら見るけど、僕も実際のことはわからない。」
高周波活性オーロラ調査プログラム(High Frequency Active Auroral Research Program、通称HAARP)。
アメリカ合衆国で行われている高層大気と太陽地球系物理学、電波科学に関する共同研究プロジェクト。
地球の電離層と地球近傍の宇宙環境で発生する自然現象を探求して、自然現象を理解するために作られたものらしい。
近年、この東京の渋谷にて、とても大きな震災があった。
HAARPがその地震を引き起こしたんじゃないかと、まことしやかに噂されている。
僕もこういったネタをブログで取り扱っているので、なんとなく詳しくなってしまっていた。
「まぁ、それはそうとして、なんかいいネタとかないの?」
僕はケータイから自身のブログを眺めながら夏河に聞いてみる。
実際、僕がブログ内で扱うネタは夏河がどこからともなくもってきたモノであることも少なくない。
たまに二人でネタの真偽を調べに行ったり、学園内でそういった話がないか情報収集したり。
ブログの情報収集の為とはいえないので、”現代裏社会調査部”というクラブも作り上げた。
といってもメンバーは二人だけなので、正式にクラブとはみとめられてはいない上に、大学生二人なので、そこまで詳しい活動もできない。
同好会とすら言えない状況なので、当然といえば当然なのだが。
「うーん、ネタねぇ・・・」
夏河は目を瞑り、ぬぬぬと唸りながら悩みだした。
どうやらいい情報は無いらしい。
「ダメだぁ!最近そういうの聞かないし・・・」
やっぱり。
大抵、面白いネタを持って来るときはオモチャを買ってもらう子供のような笑顔を見せる。
夏河は特に表情がコロコロと変わるので、そういうのはとてもわかり易い。
「ほーら、授業はじめっぞー」
先生が教室に入ってきた。
その声が教室に響くやいなや、笑い声や話し声でガヤガヤと騒がしい教室は徐々に静けさを取り戻そうとしている。
僕はゆっくりと顔をあげ、講義を受ける準備を始めた。
隣にいる夏河は、未だネタを探しているようだった。