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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
18/29

通りゃんせ(2)

拡張現実【かくちょうげんじつ:Augmented Reality】

人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術、およびコンピュータにより拡張された現実環境そのものを指す言葉。

現実環境にコンピュータを用いて、情報を付加提示する技術や、情報を付加提示された環境などを指す。

「通りゃんせ」の寂しげなメロディが、どこからともなく鳴り響いた。

突然の出来事に…僕ら3人は、一瞬にして凍りつく。

僕らがそれまでしていた無意味な会話のやりとりも、その突然の出来事に遮られて、先ほどまでの

底知れぬ静寂を取り戻していた。

どんよりとした重苦しい空気が、この空間に凝縮されたかのような錯覚を覚えそうになる中で、

出所不明のメロディだけが、はっきりとクリアに、僕らの鼓膜を震わせる。


「きゃああああッ!!」

あまりにも不気味な静寂を一番最初に打ち破ったのは、折原だった。

悲鳴を上げたかと思えば、その場にうずくまってしまった。

折原のそんな様子に釣られてしまったのか、夏河も動揺し始め、その顔には、はっきりと

恐怖の感情が現れているのが見て取れる。


「とりあえず、ふたりとも落ち着いて・・・」

パニックになり始めている二人を、僕はスマートフォンの画面内に未だ収めながら、口を開く。

これがまだ、何かの心霊現象だと決まったわけではない。

何か――そうだ。きっと、トリックである”何か”があるに決まっている。

”充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない”。

クラークの三法則の一つだ。

何かありえないことがあったとして、それを最初から非科学的な出来事だの何だのと決めつけずに、

何かトリックがあるのではないかと疑うべきだ。

僕が今まで書いていたブログも、そういったやり方だった。

そうだ、これまでも、そうしてやってきたじゃないか。こういう風に、実際の場所に殴りこみに

来たのは始めての出来事ではあるのだが。

それに、非科学的な出来事を解決する推理モノの作品―マンガや小説、ゲームなど様々なモノ―を、

僕は何度も見てきたハズだ。その中の主人公は、こういった場面ではどうする?

どうしていただろうか?

自分にそう問いかけて、とりあえず落ち着いて答えを探る。

とりあえず、何か怪しい物は無いだろうか?


「・・・は、早く逃げましょう、逃げましょうよぅ・・・」


「りょ、リョウタァ…。何とかして…ゆ、幽霊とか……じゃないよねぇ…ち、ちがうでしょ…?」

……。

パニックになり、泣き喚く女性が二人もいる中で、主人公は何かをひらめく作品を、僕は未だ見た事が無かった。

とてもではないが、こんな状況では推理どころではない。


「ぐすっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ・・・ぐすっ」

泣き声が入り混じったような声が、うずくまった折原から漏れ始めていた。

夏河の方はというと、一見落ち着いたかのようにも見えるが、立ったまま、ガチガチに固まっていた。

突然の出来事に面食らったのか、それとも恐怖のせいなのか。

身動きひとつ取れないらしく、写真を撮る前と同じポーズのまま、どうすればいいのか分からない表情を

浮かべて、僕の顔をじっと見つめている。

その潤んだ瞳は、僕になんとかしてくれとでも言いたげだ。いや、そう言っているのだろう。

そんな目で見つめられても困るのだが、僕がなんとかするしかないらしい。

とりあえず、スマートフォン側に、何か問題があるのではないかと睨む。

僕の予測できる範疇で、なんとかするしか無い。

スマートフォンの設定や、アプリケーションの起動の有無を確かめることにした。


「…ん?」

僕の手元にあるカメラ-夏河のスマートフォンの、アプリのひとつだ―に、何か、些細な違和感を覚えた。

動作のひとつひとつが、なんとなくだが、重く感じる。

まるで、撮影機能の他にもうひとつ、とても大きな処理をしているかのように。

カメラ以外に、何か他にバックグラウンドで作動しているアプリケーションがあるのではないかと、

タスクバーを開いて確認するが、カメラ以外に起動しているアプリケーションはない。

それにしてはバッテリーの残量の減り方も早い気もするのだが気のせいなのだろうか。

僕は、スマートフォンのカメラアプリにある”撮影モード”の設定を、いくつか触り始める。


「ねえ、なっちゃん」


「な、何…?」


「いや…このカメラアプリってさ、なんか機能…というか、設定とかいじったり

してるのかなって思って。」


「え、いや・・・触ってないけど・・・な、何・・・?この怪奇現象を打破できる何かなの・・・?」

思ったとおりだ。

小難しいことがキライで、若干機械音痴気味な夏河のことだ。

カメラ機能の設定なんて細々としたものには、一切触れていないだろう、という予測はどうやら

当たっているらしい。

メニューにあるオプション項目の一つ一つが、デフォルト内容で統一されているのを確認しながら、

僕は”AR認識”の項目を、”オン”から”オフ”に切り替えた。

すると、それまで弱々しく鳴り響いていた”通りゃんせ”は、ピタリと止んだ。

先ほどまでの、ホラー映画さながらの騒ぎがまるで嘘だったかのように、

静寂と、恐怖する二人の姿だけが、この場に残っている。


「なんだ、そういう…」

さっきまでの騒動が全てウソかのように静まり返った中で、僕は一人つぶやく。

如何にもトリックを見破ったような、僕の発言を二人は聞き逃さなかったらしく、

先ほどまで別の場所を見ていたはずの二人の視線は、一度に僕に注がれる。


「…も、もう幽霊は消えたんですか!?」


「ね、ねぇな、何だったの今の…!?」

涙目で、必死な様子の二人に詰め寄られて、その様子に若干圧倒されながら口を開く。


「い、いや…とりあえず、とりあえず落ち着いてよふたりとも。幽霊のしわざなんかじゃないよ。

僕らは騙されたんだよ」


「だ、騙された…?」


「そうそう。ほら、ARって知ってる?」


「AR?えーあーるって、なんだっけ」


「Augmented Reality、でしたっけ・・・?」

ARという言葉に対して聞き覚えがないと言った様子の夏河とは対照的に、

どこか解説するかのような口ぶりで、フルネームを言う折原。

僕自身、正式名は覚えていなかったのが。


「そうそう。英語で説明しなくてもいいんだけど・・・まぁ、そう。日本語にすると拡張現実。

スマートフォンのアプリとかでも使えるようになったよね。まさにそれだったんだよ」

Augmented Reality。拡張現実。

今や携帯ゲーム機などにも使われている機能の一つだ。

スマートフォンのカメラにも、その機能が盛り込まれているものも今や珍しくない。


「その機能を使ってあるみたいで、この場所で対応する端末を使うと、音楽が鳴るように設定されていただけみたいなんだ。

さしずめ、時計機能みたいな物だと思うんだけど。ある時間に鳴ったら音楽が鳴る、みたいなね。」

夏河のスマートフォンに入っているカメラアプリは、AR機能に対応した高性能なアプリケーション

だったらしい。

昔はこういうアプリケーションはごく一部だったのだが、最近になって一般化されつつある。


「え、じゃあ…。さっきの幽霊騒ぎは、ただのARで、幽霊なんかいなかったってこと…?」


「うん、まぁそうなるね」

ええ…と声を漏らして、夏河と折原の二人は、緊張の糸がきれたように、

そのままペタンと、冷えているであろう廊下に、力なく座り込んでしまった。

なんとも馬鹿らしいオチだ、と僕自身思いつつも、結局、世の中で噂される心霊現象というものの大半は

こういうモノなのだろう。結局、幽霊なんてものは存在しないのかもしれない。

僕自身はそんなもの、これっぽっちも信じちゃいない。


「それにしても、二人ともすごい驚きようだったね」

疲れきったような表情で、未だ座り込んでいる二人の様子を、からかうかのように、スマートフォンを向ける。

ちょっとした意地悪のつもりだったのだが、ふたりに睨まれ、僕はそそくさとスマートフォンをビルの壁などに向けた。

もちろん、何枚か撮影して、今回のブログのネタにするためだ。


「わ、私はそんな怖がってないです!ゆ、幽霊なんてそんな非科学的なモノは――」


「とか言って泣いてたのは誰でしたっけー」


「なッ…!夏河さんだって驚いていたじゃないですか!!知ってるんですよ!夏河さんが

ガチガチに固まって動けなくなっていたの!」


「え、いやそれは…」


二人の言い合いが激しくなりそうなのを見て、僕は二人を引き連れて、そそくさとビルを出ることにした。

心霊現象、と言ったものを心配しているわけではないが、人がいないのを見るに、早く出たほうが良い気がする。

二人が言い合っているのを背中で聞きながら、僕はまた、あの動作の遅いエレベータが、最上階に到着するのを

待つのだった。


「あ、お帰りニャー。で、どうだったニャ?」

運転席で、暇つぶしにスマートフォンでゲームか何かをしている春園が、ぞろぞろと帰ってきた

僕らの顔を見るやいなや、そんな事を聞き始めた。

僕らは車を運転する春園に、先ほどあった出来事を説明しながら、僕らは再びそれぞれの自宅へと、

送ってもらう。


家についた時には、どっと疲れが出ていた。

緊張したせいなのか、頭を使ったからなのか。全身がまるで鉛か何かのように重い。

だが、いま寝てしまうと、先ほど起こった出来事を鮮明にブログに書くことができないだろう。

家の中に入るやいなや、着ていたジャンバーをその変に投げ捨て、

デスクトップのPCのイスに座って、首をぐるぐると回す。

こうするだけでも、どこか楽になったように感じる。実際はどうなのかは知らないのだが。


モニターには僕の運営するブログ――闇斬虫ヤミキリムシの管理画面が映っていた。

いろいろなオカルト話や、ウワサ話を記事のネタにしている場所だ。

最近、これと言ったネタが無く、更新が滞りがちだったこともあり、

力を入れて記事を書かねば、と僕は画面との睨めっこを始める。


”東京渋谷・雑居ビルAの怪の調査!そこで見たものは・・・”


タイトルはとりあえず、こんな感じで良いだろう。

とりあえず、骨組みとなる文章を打ち込んで、自分のスマートフォンで撮影した写真の数枚をPCに移す。

文章の強調や色使い。また、文章の数など、すべきことはまだまだある。記事も読み直してみないと、分からない間違いもある。

が、そんな細かい作業をしている僕の全身にズンと、気だるさの波が響き渡る。遅い来る眠気。

寝る前に、とりあえずこの作業だけしてしまいたい。眠気を訴え、ぼやける目をごしごしと擦りながら、

僕は再びキーボードを叩く。

もう少しだけ耐えてくれと、自分の身体に言い聞かせながら、僕は記事を書くことに没頭するのだった。


なんとか記事を書き終えて、僕はその記事の公開時間の設定していた。

帰ってきて、記事を書いていたせいか、時刻はもうすぐ深夜二時になろうとしている。

こんな時間にブログを更新したところで、あまりメリットはない。

やはり人がいる時間帯に設定するのが一番だ。

僕は今回の記事の公開を、今日の朝に設定したところで、ふと目を閉じた。ここで寝るつもりはない。

ほんの少し目を閉じて休むだけだ。目の奥もなんか痛むし。

ほんの少し、目を……。


ふと、意識を覚醒させる。

反射的に、時計を見る。

4時24分−−。

寝るつもりは無かった。寝ているとも思っていなかった。むしろ、2時間も立っていたことに驚く。

どうやら僕はPCの前で数時間、グウスカと眠りこけていたようだ。

それを現すかのように、モニターには、開いた覚えのないホームページがいくつも並んでいる。

全部、どれもこれもが怪しいものばかりで、自己破綻者OKの金融ローンのホームページや、

女の子とイチャイチャ!エッチな彼女たちとのライブチャットを楽しんでください!だなんてこれまたいかにも怪しい、

アダルトサイト等々。

多分、眠りこけながら、広告バナーをクリックしていたのだろう。

僕はその無造作に開かれたサイトの数々を閉じていく。


すると、ひとつ、気になるサイトがあった。

『ニカニカ動画生放送』。


普段はニカニカ動画の生放送なんてものは見ないのだが。

どうしてか、僕はその開かれたニカニカ動画の生放送を見ていた。

動画を配信している相手が誰かも分からないが、モニタに映っているのは女の子だ。

別に女の子だから見惚れている訳ではない。

ただただ、動画に映っている女と、その女に対して投稿されるコメント。

内輪ネタでしかないライブストリーミング放送を、近くに置いてあるマックスコーヒーを飲みながら、ぼーっと眺める。


新たな不可解事件が起こるのは、この夜、この瞬間の事だった。


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