通りゃんせ
春園萌衣【はるぞのめい】
色々と状況によって髪型や口調、服装がコロコロと変わる。
最近ハマっているアニメは「アルネーニャさん」で、服装や口調を真似て
キャラになりきっている。
どこまでもマイペースな女性。
私生活など、個人の情報は謎に包まれている部分が多い。
アニメ、マンガ、ゲーム、声優など、いろいろと幅の広いオタク。
アニメキャラのコスプレは長いこと続けていて、その筋には有名なコスプレイヤーである。
また、ニカニカ動画で生放送を個人でよく行っており、ネットアイドルとしても人気をもつ。
折原冬佳【おりはらふゆか】
東京神明大学二年。
長く、美しい黒髪を持つ。落ち着いた性格で、誰にでも優しい。
真面目でしっかりしているものの、どこか抜けている。
物事を冷静に見ようとするが、自身の苦手な怖い話や、都市伝説になるとムキになることもしばしば。
テストでは良い点数をポンポン出すものの、運動は苦手。
重度の可愛い物好き(乙女趣味)だが、若干センスが周囲とかけ離れている。
・・・22:57。
僕はPC画面の右端−タスクバーに小さく表示されている時刻を確認すると、椅子にかけてある黒い
ジャンバーを手にとって羽織る。
いつの間にか夏河たちと一緒に行くことなっていた「雑居ビルの怪」の調査の時間が刻々と迫っていた。
その幽霊が出ると噂されている雑居ビルまでは、自分の家から歩いて40分程度の場所にある。
今から行けば、待ち合わせの時間に丁度良い程度のタイミングになるだろう。
夏河と折原の二人とも、そのビル前で集合することになっていた。
僕は家の電気をすべて切って、外に出た。
ジャンバーを着ている身でも、10月下旬の夜風は、思いのほか肌寒い。
もうそろそろ、いま着ているものよりも、少し厚めの上着を用意する必要があるかもしれないことを、
文字通り身に染みて感じた。
夜風に晒されて、すっかり冷えてしまった両手を、ポケットにつっこんで、僕は歩き出した。
住宅街の真っ只中であるこの周辺は、23時となれば当然、真っ暗闇だ。
街灯が所々で道を照らしているが、明かりとなるのは精々それくらいでしかない。
本来ならば、夜道を仄かに照らしている月明かりも、今夜は雲がかかっていて、いつもより暗い。
当然、人気もない。日によっては、酔っ払ったサラリーマンを見かけることもあるのだが、
今夜は、誰かとすれ違う気配は一切感じられない。
静寂と、孤独。
僕の目前には、溢れんばかりの闇だけが、無造作に広がっていた。
少々不気味さを感じながら、冷え込んだアスファルトの白線を一歩一歩踏みしめていると
後ろから一台の車が通り過ぎた。
・・・かと思えば。
僕を通り過ぎたところで、車は徐々に減速し、直ぐ目の前で、車はウィンカーを点灯させて
完全に停車した。
それはまるで、僕に対して、何か用があるように。
僕もそれに合わせて、歩みを止めて、車の様子を見る。
ゆっくりと、後部座席の窓が開いた。
ふと、”地獄ドライブ”の光景が、脳裏に浮かんだ。
もしあれが、無差別殺人事件の類だったとしたら・・・僕も当然、その対象にならないという保証はない。
恐ろしいほどの静寂の中で、全身に、緊張感が走った。
「遼太ー!こっちこっちー」
そんな声が聞こえて、全身に走った緊張感が一度に抜けていく。
車の窓からひょっこりと顔を出したのは夏河だった。
ということは、もうひとつ、後部座席にひっそりと映る影は折原だろうか。
車の元に駆け寄って、やっとこの車が誰のものか分かった。
その車からは、聞き覚えのあるアニメソングが車内から若干漏れていた。
「この車って、もしかして・・・春園さん?」
「そうそう。ふあさんが送ってくれるってー。さ、乗って乗って。」
夏河に急かされ、助手席のドアを開いて車に乗った。
後部座席に座っている夏河と折原、そして運転席の春園の姿。
「やっほー。家でたばっかりみたいでナイスタイミングだニャー」
春園さんは僕の顔を見るやいなや、ニッコリと笑ってアクセルを軽く踏み始める。
車の窓の風景が、ゆっくりと、そして徐々に速度をつけて流れる。
「さっきまで家でふあさんとツイッパーでやりとりしてて、その怪談の事を言ったら
女の子が外を歩くのは危険だから送るって言ってくれたんだよ。
で、車で向かってる最中に折原さんも見つけて、一緒に。」
「うう・・・こ、こんばんは・・・」
後部座席で如何にも楽しそうに説明する夏河とは真逆に、折原はどこか元気がない。
正確に言えば、これから行く調査が怖くてしょうがないといった様子だ。
しかし、それを口に出せば、折原から返ってくるのは「怖くない」、「私は信じていませんから」
の一点張りばかり。
どうやら、おしとやかな見かけによらず、負けず嫌いな一面があるらしい。
が、そんな折原の様子など気にも留めないかのように、車はまっすぐ例の雑居ビルへと向かっている。
「あ、あの・・・」
か細い声で、折原が夏河へと声をかける。
「ん?どうしたの?」
「本当に・・・行くんですか?冗談、とかじゃなくて・・・いや、別に怖いワケでも嫌なわけでも
無いんですけど・・・」
「うんうん、行くよーこれが調査内容だもの。怖いなら車で待っていてもいいけど
ただし、”幽霊なんかいない”って言葉は取り消してもらうけどねー」
ニヒヒ、と夏河が意地悪そうに笑う。
仮にも心霊スポット扱いされている場所に今から行くというのに、その余裕のたっぷりといった
様子は変わらない。
もし本当に幽霊が出た場合、どうするのだろうか。
気になった僕は、夏河に尋ねた。
「ねえ、なっちゃん。もしさ、その雑居ビルで幽霊が出たらどうするの?」
「ふっふー。そのときは逃げればヨシ」
とても単純な答えが、夏河の口から返ってきた。
おそらく、夏河自信も本当に怪奇現象が起こるなんてロクに信じていないようだ。
夏河も、ホラー映画や心霊特集の番組をよく見たりするらしいのだが、見て数日はガタガタと
震えていることが多い。
怖いものは好きだが、得意ではないというタイプだ。
「そういえば春園さんは・・・?」
「もー!ふあたん、って呼んでって言ってるでしょ?」
驚くべき超反応で、彼女の名前を呼んだ瞬間、春園の口からそんな言葉が返された。
「そういえば”春園さん”は、怖いの得意でしたっけ」
そんな春園に負けじと、僕も彼女の苗字を強調した。
女性と言えば、幽霊系の話はニガテな人が多い気がするのだが、その辺りはどうなのだろう。
「ううー。遼太のイジワル。鬼畜ー。」
不満たらたらといった様子で、車のハンドルを切る。
「まぁ、そうだニャー。ふあは、怖いのはNGだったりするのですニャ。
だから、ふあは車で待ってるネ。」
「なるほど・・・。でも、すいません。わざわざ僕らの暇つぶしに付き合ってもらって」
「ふふーいいのいいの。ふあもちょうど暇そうだったし、楽しそうだったからニャ。
ま、でもあまりムチャはしちゃダメだからね。女の子二人も連れているんだから」
「はい。まぁ、今回のイベントの企画者は、なっちゃんなんですけどね」
「暗い場所にふたりを連れ込んで・・・キャーッ!ダメだニャ!エッチなのはダメだと思います!!」
「い、いやいや。ないですから・・・」
車に女子3人、男子一人といった状況で、急に下ネタを振られて、若干ドギマギしながら、僕は答えた。
この会話が後部座席の二人に聞こえていないことを願うばかりだが、どうやら
全部聞こえていたようで、なにやら騒がしかった後部座席の二人も、急に黙り始めた。
車内に、なんとも言えない、変な空気が流れる。
「ぷぷ。青いニャ」
そんな中、変な空気にした張本人だけが、ニヤニヤと笑っていた。
「さ、ついたニャー。ま、危ないことはしちゃいけないニャ。すぐに戻ってくること。
わかったニャ?」
駐車場に車を止め、運転を終えた春園が僕にウィンクする。
はい、とだけ返事すると、僕と夏河と折原の3人が、車から降りた。
雑居ビル”エルピス”。
それが、心霊ビルと噂されている雑居ビルの名前だ。
ビルの周辺は、煌々としたネオンも照明もなく、そのせいか人気もない。ただただ閑散とした
雰囲気が広がっていた。
あるとすれば、ひっそりと営業している小さな居酒屋が遠くに見える程度だ。
後はほとんどシャッターをおろして閉店しているか、既に潰れてしまっているかの、どちらかだ。
そんな雰囲気の中にあるせいか、闇夜の中で佇む雑居ビル”エルピス”は、どこか不気味に感じられた。
心霊スポットや、そういった類のウワサ話の標的になるのは納得できるほどに。
夏河と折原の二人も、そんな雰囲気を感じ取ったのか、僕の後ろから一歩も歩き出そうとはしない。
本来ならば、企画者であり、この部の部長である夏河が先頭を仕切って行くべきだろうが、
この場でそんな事を言うのはあまりにも残酷だろう。仕方なく、僕が一番先に歩き出した。
自動ドアが、ゆっくりと開く。
ビルの中はボロボロで、あまり手入れが行き届いているようには見えない。
とりあえず、エレベーターの隣にある、ビルの階層説明に目を向けた。
”
1F 『薬局スビエ(閉店)』 ・『空きテナント』
2F 『空きテナント』 ・ 『空きテナント』
3F 『カフェ ロック・ブーケ(閉店)』 ・ 『憩いの場 ノエル』
4F 『空きテナント』 ・ 『ゲーム&オートレストラン ナスワグ』
5F 『ゲームセンター ダン・ターク(閉店)』 ・ 『自動販売機コーナー クジンシ』
6F 『レンタルロッカー ボクオン』 ・ 『空きテナント』
7F 『空きテナント』 ・ 『空きテナント』
8F 『空きテナント』 ・ 『空きテナント』
9F 『空きテナント』 ・ 『空きテナント』
10F『空きテナント』 ・ 『空きテナント』
”
ビルの中のほとんどが、既に撤退しているか、名前はあれど潰れている場所ばかりだった。
まだ存在している場所は、ほとんど無人で成り立つオートレストランやロッカーくらいでしかない。
こんな状態ならば、空きテナントであっても誰も入るわけもない。
「とりあえず、エレベータでそのまま10階まで行ってみる?」
「・・・え、ああ、うん。とにかくレッツゴー!」
先ほどまでの威勢の良さはどこへ行ってしまったのか。
ビル内の不気味な雰囲気に威圧されたのか、夏河の様子は、どこかぎこちない。
折原に至っては、既に黙りこんでいた。
僕らはとりあえず10階に向かうべくエレベーターに乗る。
10階まで行くにはエレベーターか階段を登っていくかの二択になるのだが、エレベーター自体も古臭い。
きちんとメンテナンスされているのだろうか。
もし、これが不意に止まったりした時は…対応してもらえるのだろうか。
3人が乗るだけで、既にぎゅうぎゅうと狭苦しい状況になり、ふとそんなことが頭によぎった。
しかし、そんな想像とは裏腹に、実際乗ってみると、きちんとエレベーターが動き始めた。
・・・だが、古臭いのは本当のようで、2階、3階、4階…と、フロアを上がっていく速度はとてつもなく遅い。本当に心配になる程だ。
「あ、あの…敷島クン。あの、私から、そのあんまり離れないでください。危ないですから
絶対に、離れないでくださいね…。」
「大丈夫大丈夫、きっと何もでてきたりしないよ、だから安心して」
ここまで来るので精一杯だったのか、既に折原のその手は震えている。
その様子はあまりにも可哀想で…そして、潤んだ瞳で、まるで縋るような視線を僕に
向けるその様子は、とても艶やかで、僕はドキドキして、下を向いた。
こんな小さいエレベーターで、僕は一体何を考えているのだろうか。
やっとのこと、古臭い開閉音とともに、エレベーターのドアが開く。
そこから広がるのは、空きテナントばかりの、殺風景で、不気味さの漂うフロア。
電灯がチカチカと点滅を繰り返していて、周囲は先ほどよりも暗く、安定していない。
そんな周囲では、店として利用できそうな、ガラス張りの部屋が幾つか存在していて、どの部屋にも
「テナント募集」の張り紙が大きく貼りだされていた。
が、その張り紙をよく見ると、張り紙を貼り付けてあるセロハンテープは既にボロボロに劣化し、
黄色く変色している。おまけに、テープの周囲はギトギトと、粘着質のものが張り付いている。
どれだけこの雑居ビルが放置されているのかが窺い知れる。
撤退してからというものの、誰にも手入れをされていないらしい。
まるで、ホラー映画の中にでも迷い込んでしまったかのような錯覚に陥りそうな中、
僕は歩き出した。
とにかく、早々に終わらせてこの場を去ってしまおう。
歌が聞こえる場所というのは何処なのだろうか。
中を模索していると、様々なモノが収納されているスペースを発見した。
レストランの野立て看板や、照明器具など、昔このビル内にあったであろう店のモノや、
イメージキャラクターを模した置物、よくわからない置物や、何かの骨組みまで、無造作に置かれている。
物置というよりかは、ゴミ置き場、と言った表現のほうがピッタリと当てはまりそうだ。
「えーと。・・・うん、この場所で写真を撮影するみたい。0時ピッタリにね」
例のスクラップブックを取り出した夏河が、撮影場所など、事細かな情報が書かれた
記事の切り抜きに指さして確かめていた。
「あ、あの・・・本当に撮影するんです・・・?こんな場所危なくないですか・・・?」
「そ、そりゃあねぇ・・・。だ、大丈夫大丈夫、ちょっと撮影して帰っちゃえば問題ないって。多分」
「そ、そうですか・・・」
「というわけで・・・遼太、撮影よろしく・・・。」
夏河が、自信のスマートフォンを僕に手渡す。
淡いピンク色で、なんとも女の子といった雰囲気のそのスマートフォンに、僕は若干ドキドキしながら
カメラアプリを起動する。
「ほら、諦めて一緒に撮影する!」
「ひぃぃ・・・わ、私が入らなくてもぉぉ・・・」
「えーと・・・それじゃ、撮影・・・するよ?」
時刻は23時59分。
あと30秒で、0時きっかりとなる。
あと、10秒。
僕は、シャッターボタンに手をかけて、10秒をカウントする。
5…
4…
3…
2…
1…
0、と心のなかでカウントダウンを終えて、シャッターボタンを押し込もうとした、その時。
どこからか、聞き慣れたフレーズのメロディーがゆっくりと鳴り始める。
どこで聴いたのだろうか。…そうだ、それは確か、街の歩道。
あのメロディの名前は、確か「通りゃんせ」だ。
そう…。そうだった。
今、この三人しか居ない場所にずっと鳴り響いているこのメロディーの名前は。
「通りゃんせ」だ。
頭がいやに冴える中で…”通りゃんせ”は、響き渡るのだった。