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Delusion WORLD  作者: いがろ
Episode 2:Hierarchy
14/29

私は、気持ち悪いから。(5)

「ここでなにやってんの?」

床に寝転がって遊ぶ二人、いや、一人と一匹に視線を向けて、僕は口を開いた。


「んー。突然この子が店の方に出てきちゃって。遊んであげようって言ったら、

おっちゃんがそれなら店の裏で遊んでやってくれって。」

夏河はそう言うと、楽しそうにネコの背中をわしわしと撫でた。

ネコの方はされるがまま、おとなしく撫でられている。撫でられるという行為自体は、

どうやらまんざらでもないらしい。

そんな光景を、僕はいまだ突っ立ったまま眺めていると

ふと、あることに気づく。夏河はこちらがわに足を投げ出しているのだが、この位置からだと、

今にでもスカートから下着が見えてしまいそうなのだ。


「そんな体勢だとパンツ見えそうだけど」


「む・・・。どうぞどうぞ。見たら、ここのギガントジャンボパフェ超ネコ盛りを奢りねー」


「いえ何でもないです」

忠告のはずで言ったのはずだったのだが、冗談でも見たなんて言おうものならば、

本当にこの店で一番高い「ギガントジャンボパフェ超ネコ盛り」を注文されそうな雰囲気を感じ取り

僕はおとなしく、寝転がる夏河の隣に座ったのだった。

「ギガントジャンボパフェ超ネコ盛り」と言えば、この店で一番大きく、そして5000円と、

値の張るメニューだ。

何人いれば完食できるか予想も付かぬ程の大きさを誇り、その外見につられ、

何人かチャレンジする者もいたのだが、全員アイスの食べ過ぎによる体温の低下と、そのあまりの

巨大さにガタガタを身を震わせながら敗走する姿を見てきた。

途中で倒れる者もいた。それほど恐ろしい作品なのだ。


「えっへっへー。チョーさんは可愛いね~」

背中を撫でまわしていたかと思えば、次はネコの肉球をぷにぷにと押しながらネコに話しかける。

顔をほころばせている夏河を見ているだけでも、とても楽しそうな光景だ。


「チョーさん?・・・そのネコの名前は張飛じゃなかった?」


「そうだけど。張飛、なんて可愛くないんだもん。」

ネコの張飛はと言えば、夏河の前で仰向けの体制になっていて、両前足を夏河にがっちりと

掴まれ、好きなように弄ばれている。

さすがに嫌がりそうにも思えたが、どうやら人馴れしているのか、されるがままの様子は相変わらずで

その態度は夏河をニヤけさせた。


「可愛くないって・・・佐原のオッチャンが聞いたら怒られるんじゃない?」

佐原は好きなモノの名前を多々引用する癖があるらしく、飼い猫につけた”張飛”という名前も

本人が好きな三国志から取ってきたらしい。

・・・確かに、勇ましいというより、愛らしいといった表現のがぴったり当てはまるような

その外見に、張飛だなんて勇ましさのあふれるような名前は若干合っていない気もするのだが。

そんなことを口にした日には、一日中不機嫌になるのは目に見えているので、流石に口に出す勇気はない。


「えっへへー大丈夫大丈夫ー。」


「どっからそんな自身が…。そういえば他のメンツはいなんだね」

ぐるりと部屋を見回す。佐原は、他に関羽と劉備という名の猫を飼っていたはずなのだが、

この部屋にいるのは張飛だけなようだ。

それぞれ性格がバラバラで、3匹が一緒にいることが珍しい。

3匹一緒にいれば桃源の誓いだ、なんてジョークにもなったことがある程だ。


「みたいだねー。・・・ていうかさ。さっきからそのネコ、だなんて呼び方やめてあげてよー。

可哀想だよー。」

おもむろに起き上がったかと思えば、張飛を抱きかかえて「いやよね~」だなんて張飛に話しかける。


「ネコはネコだし」


「あーネコ馬鹿にしてるー。人は”人間”だなんて呼ばないくせにー。」

ぶーぶーと文句を垂れる夏河をよそに、僕はとりあえず話を戻した。


「で、何でここに呼んだの。用事って?」


「ああ、そうだそうだった。んで、その用事とは!」


「おい、お前ら料理が冷めちまうぞ、早く降りてこい」

夏河がやっと本題を切り出そうとしたその時、まるで見計らったかのような

タイミングで、少々乱暴に扉が開く。そして、如何にも面倒臭げな様子の佐原が、

ひょっこりと顔を覗かせた。


「…あぁ、そういえばポテト注文してたんだった」


「んじゃ、食べながら下で話そうか。」

飲食店なので、当然ネコはマズイという理由で、張飛を部屋に残して、

呼びに来た佐原の後を追うように階段を降りた。

一階へと降りると、先ほどと相変わらず、がらりとした様子の店内に、何かいい匂いがしていた。

先ほどまで座っていたボックス席に、山ほど盛られたポテトフライと、メロンソーダが置かれていたのだ。


「あー!もうドリンクまで注文してるー。私は何も注文しないで待ってたのに」


「はいはい、待ちます待ちますよっと」

またもや夏河に文句を言われ、夏河の注文が来るまで待つことになり、僕は再び財布から

50円玉を取り出して、古臭いコイン投下口に入れた。

ちょりーん、と言った小気味良い透過音とお約束のスタート音が弱々しく鳴る。


「おっちゃーん!アイスティーひとつねー!!大至急ーっ!」


「うっせえ!んな大声出さなくても聴こえてるっつうの!」

そんな二人のコントにも似たやりとりを、僕はパックマンをしながら聞く。


「でさー。用件っていうのなんだけど。」

夏河は肘をついて僕の動かすパックマンを眺めつつ、ひょいと乱雑に盛られたポテトの一本を

口に運びながら話し始めた。


「久々にここの山盛りポテトが食べたくなって、とか?」

夏河はこの店のポテトが好きなのだが、普通盛りを注文しても、他の店からすれば

「並から若干多め」程度の量が皿に盛りつけられて出される。

ポテト自体も、かなり塩分多めと言った量で、女子にはあまりにも多い量だからと、

夏河に呼び出され食事に付き合わされることが多い。


「いやまあそれもあるんだけど、そうじゃない!…今回呼んだのは他でもない。我々の作った現代裏社会調査部のメンツ不足についてなのだよ」


「ああ、その話題・・・」

今僕と夏河が入っている”現代裏社会調査部”は、もともと夏河が作ったものだ。

最初は冗談半分のつもりだったのが、いつの間にか作られ、そしていつの間にかメンバーの一人と

されていたのだった。

そして、創立からずっとひとつの問題を抱えていた。

それはメンバー不足だ。現代裏社会調査部なんて何をするかわからないような部活に当然入りたがる

ような物好きも居らず、今の今までメンバーは二人。

当然学校にも認めてもらえず、飽くまで”趣味”という範疇で動いているに過ぎない。

まぁ、やっていることも含めて趣味の範疇で適切な気もするのだが。

こういったメンバー不足の話題は何度か会話の中で上がったことがあった、が、結局何の結論も

出ぬまま適当なところで話題を切り上げ終了、という流れで終わる。

しかし、今回はなにか様子が違う。

まるで、何か秘策があるとでも言いたげな顔の夏河が、腕を組んで語りだした。


「ふっふっふ。安心したまえ。我々は適材を見つけたではないか。」


「…適材?」

その言葉に、何か嫌な予感がした。


「フッフッフ。折原冬佳クンだよ」

見事、嫌な予感は的中した。

あまりにも突拍子もない発言に、若干手元が狂う。

そのせいで、パワーエサまであと少し、というところで、僕の操作するパックマンは

敵キャラクターの”ゴースト”に接触し、あえなく撃沈したのだった。

残機はあとひとつだ。それでここのハイスコアを塗り替えることはできるだろうか。


「えぇ…どこが適材よ…?」

僕は気を取り直し、再びパックマンの操作に集中する。


「だって、あの様子だよー?きっと、私たちが現代裏社会調査部なんて部活を、秘密裏でやっている

だなんて知ったら、食いつくに違いないよー」

夏河の声はさも自信有り気といった様子。

部活動について言えば、”秘密裏”と聞こえはいいかもしれないが、許可が降りず、

学校が終わってから集まって行動しているだけでしかない。

そんな怪しい部活モドキに、一体誰が入るというのか。

自分ですら、夏河によって勝手に入部されなければ入っていないに違いないというのに。


そして、夏河の話を聞く限りもうひとつ気がかりなことがあった。

誰が、折原冬佳…あの気難しそうな彼女を、この部に誘うのだろうか。誰が。


「ちなみにさ…折原さんだっけ。あの人をウチの部活に誘うのは…誰なワケ?」

口に出したあとの静寂。

そして、夏河の突き刺さるような視線。

それはまるで「そんな事言わなくても分かるだろう」といった、そんな沈黙であり、空気。


「もしかして僕・・・・?」


「うむ」

再び手元で、パックマンの死ぬ音がした。


「ちょ、なんで僕が…ていうか、そんな会話スキル身についてないよ」

話術に自信が有るわけではない、というか、人と話すのがそこまで得意ではない。

そんな僕にどう部活を宣伝しろと言うのか。

無意識のうちに、ゲーム画面から、一本、また一本とポテトを口に運ぶ夏河に視界は変わる。


「大丈夫大丈夫、いい作戦があるから。」


「いい作戦…?」


「ふっふー。ま、遼太はただ好きなように宣伝してくれるだけでいいから。私が何とかしてみせるよ」


「はあ…。」

こうなっては何を言っても無駄だと諦めて、僕もポテトへと手を伸ばす。

アイスティーを飲む夏河には、先ほどと変わらぬ不敵な笑みが見え隠れしている。

…本当に勝算はあるのだろうか。


ふと、テーブル筐体の画面を見る。死んだと思ったパックマンは、操作を失ってなお、生きていた。

パックマンには敵キャラクターが襲ってこない"安全地帯"と言う場所が存在する。

偶然でしかないのだが、どうやら今回はその安全地帯でうまくやり過ごしていてくれたようだ。

僕は残機0のパックマンの操作に戻る。ハイスコア更新は難しいだろうが、中々のスコアを残している。ここで諦めてしまうには、非常に惜しい。


「…とりあえずやってみるけどさ、期待はしないでね、ていうか何の秘策も無いし」


「うむうむ結構。作戦決行は明日、お互い講義終わり次第ってことで」

随分と急な作戦予定。

僕は画面に映るパックマンの状況把握に忙しく、顔を上げる余裕はない。

だが、きっと声からして、夏河は余裕の表情を浮かべているに違いない。


…こうして、どう転ぶかは分からない第一回勧誘作戦は、幕を開けたのであった。

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