私は、気持ち悪いから。(3)
少女のキャラクター―Hibariという名前らしい―が、さっそく行くクエストを選択している。そして数秒後、僕の画面に、クエスト名が表示される。
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クエスト名:
ヒドゥンドラゴン討伐
MAP:
シブヤ
目標:
ヒドゥンドラゴン 1体の 討伐
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討伐目標、ヒドゥンドラゴン。
このゲームで、上位の強さを誇る敵キャラクターだ。
僕も、このヒドゥンドラゴンという敵に、幾度となく苦しめられてきた。
しかし、今はヒドゥンドラゴンの大体の戦闘パターンは把握している。
僕一人でも、倒すことにそこまで苦労はしないだろう。
とりあえずと、ヒドゥンドラゴンを倒すための職業と装備の選択を始めた。
僕が選んだのは、格闘メインの職業と、その種類の中でも群を抜いた性能の装備品。
一方、Hibariは回復役に回るつもりらしく、支援職を選択していた。パーティ内のバランスは良い方だろう。
コミュニケーションを図るべく、画面をタッチしてチャット画面を開いた。
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パーティチャット
四季:よろしく
Hibari:よろ( ̄▽ ̄) しく
四季:僕は格闘に回るので
四季:カバーよろしくお願いします。
Hibari:わかりましたー(^^ゞ
Hibari:回復魔法と補助魔法はまかせてっ(^O^)
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意外にも、ゲーム内のチャットは円滑に進行する。
どういう相手なのかは分からなかったが、チャット画面に羅列する、Hibariの文章を見る所によれば、
どうやら悪い相手ではなさそうだ。
アイテムを買い揃え、念入りにクエスト出発までの準備を終えた僕たちは、二人でクエストの開始地点へ進む。
先程までNPCがいた賑やかなエリアから、荒廃した街並みへと、数秒のロード画面を挟んで移行し始めた。
ゲームが開始するとまもなく、Hibariが、僕に補助魔法をかける。
そのお陰で、僕のキャラクターは移動速度が普段の倍へと変わる。その恩恵をムダにしないために、
荒廃した街中を探索し始める。
そして、探索を初めて数分のことだ。街中に、けたたましい咆哮が轟いた。
ヒドゥンドラゴン――。
4枚の翼と3つ首の巨大な龍が、荒々しい咆哮を未だ響かせつつ、天空から地面へとその身を下ろす。
僕はすぐさまヒドゥンドラゴンに飛びかかった。
一気に距離を詰められる。
幸い、ヒドゥンドラゴンはまだ登場モーションが終わっていない。攻撃を当てるには絶好のチャンスだ。
すかさず僕は、選択していた格闘武器で、ヒドゥンドラゴンの巨大な腹部を殴りつける。2撃、3撃、4撃・・・。
巨大な暴龍、ヒドゥンドラゴンの巨大な図体に、まるで喰らいつくかのように、自キャラの拳は何度も何度も入っていく。
Hibariの方はというと、攻撃魔法を僕とは丁度反対の角度から当てている。
二人から繰り出される、とめどない総攻撃。登場したばかりのヒドゥンドラゴンのHPゲージは、既に半分を切ろうとしていた。
これはチャンスだ、このまま押しきれるかもしれない。と思った、その矢先のことだった。
ヒドゥンドラゴンが天高く舞い上がったのだ。
それを見た僕は、すぐに気づいた。このモーションは、ヒドゥンドラゴン最強の技“ディザスタア・レイン”を撃つ前の予備動作だと。
刹那、空から極太のレーザーが降り注ぎ、画面の大半を焼き尽くしたのだった。
眩しい光と共に、画面全体が大きく揺れる。ヒドゥンドラゴンの持ち技の中でも最強の攻撃で、これに当たればどんなに強くても即死するであろう、攻撃。
なんとか、どちらのキャラも画面端で待機していて、被害は受けていない。
そして、数秒の間をおいて、再び4枚羽根の暴龍は大地に降り立つ。その時を待っていたと言わんばかりに、絶え間なく攻撃を当てる。
そして・・・・巨大な咆哮をあげたかと思うと、ヒドゥンドラゴンは地面に倒れた。
画面に表示される、クエストクリアの文字。それを見て、倒したことに、そしてクリアしたことにやっと気づく。
(ふぃー・・・)
僕はベンチに深々と腰を落とす。
クリアできると踏んでいたとはいえ、強敵であることは間違いなかった。
一歩間違えれば全滅もあり得る即死攻撃や、HPがギリギリまで削られるような攻撃のオンパレード。
反則級の攻撃ばかりの相手なのだ。
だが、なんとか倒せた。久々にプレイしたが、自分のカンなのか、腕なのかは落ちていなかったようだ。
龍の死体を眺めて勝利の余韻に浸りつつ、僕はゲーム内でHibariが再びクエストを決めるのを待っていた。
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「ふいー、ちかれた・・・」
あれからどの位遊んだだろうか。
時間的には2、3時間くらいだろう。それから家についた頃には、既に辺りは真っ暗だった。
なんだかんだで、あれからも二人でゲームを続けていた。壁も暖房具もない寒空の下でのゲームだったが、
お互いそんなことを気にする暇もなく、ドラゴンを倒すことだけに熱中していたのだった。
「いやー久々にあのゲームしたけど、楽しかったな」
月日と飽きるまで遊んでいて、もう遊ぶこともないだろうと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。本体の充電が残り少ないゲーム機をポケットから取り出し、僕はそう思った。
既に、ゲーム機は赤いランプがカチカチと点灯しており、すぐにでも充電が必要なことを、無機質に告げている。
「さてと、そろそろブログも更新しとかないと・・・」
羽織っていた黒いジャンバーを脱ぎ、そのままベッドに投げつけたあと、PCの電源を入れた。
ピッ、という短い音のあと、少しの間をおいて、デスクトップのパソコンは忙しく起動を始める。
僕はそんなPCのモニターをぼんやりと眺めつつ、手はゲーム機を充電する段取りを始めていた。
真っ黒な画面はすぐさまOSのロゴを映し、そしてログイン画面へと移行していく。
それに合わせるように、僕はイスに座り、さて本格的にパソコンを触ろう、そう思った時だった。
僕のケータイ電話が、机の上でガタガタガタガタと騒がしく振動を始めた。
「んー?なんだ、こんな時間に・・・」
ふとPCからケータイへと視線を向ける。
夏河からのメールが一通届いていた。
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クラブ活動で話があります!
いつもの場所で集合するように!!
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メールにはそれだけが書かれていた。
「いつもの場所・・・ってあそこか。」
いつもの場所、という曖昧な表現だったが、僕はそれをすぐに理解できた。
この季節、夜に外へ出るということに若干めんどくささを感じていると
またもやケータイにメールが届いた。
・・・夏河だ。
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私はもういるから!待ってるよ!
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まるで僕の今の心を読んだかのようなタイミングでそんな内容のメールが届いた。
はぁ、と一つ短いため息を吐いて、ベッドに適当に脱ぎ捨てたジャンバーをもう一度手に取り、夏河が待っているという、『いつもの場所』へと向かうべく、僕はそのまま家を出た。
秋を終わりを告げるかのような肌寒い夜風を身にひしひしと感じて、ジャンバーのファスナーを一番上まで上げた。
そうして、僕は家から走り出した。夏河が待っていると言う場所は家からそう遠くはない。
走れば、ほんの10分程度で着くだろう。普段あまり身体を動かさない自分にとって、丁度良い運動になるだろう。
すっかり暗くなった道を、軽くジョギングする。
自宅周辺は、まさに住宅街真っ只中といった雰囲気で、もともと人通りの少ない。今の時刻ならば尚更で、逆に人影を見る方が珍しい程で、たまに車が通る程度だ。
そんな、人気のない寂しい道も数分走ると少しずつ人気も増し始める。通りすぎる車の量も、先ほどとは段違いだ。
そんな、人気が増し始めた場所に夏河が指定した『いつもの場所』はあった。
喫茶店"カッツェ"。
僕はゆっくりと、その扉を開いた。