私は、気持ち悪いから。(2)
まじかる☆ぱすてる!【まじかる☆ぱすてる!】
PC専用のアドベンチャーゲーム。
18禁。
十月一八日(金) AM8時42分
「ふああ・・・」
間の抜けた欠伸を二度三度繰り返しながら、学校へ向かういつもの道を歩いていた。
この周辺は公園で、車もあまり走っていない。
公園内には小鳥の囀りや、ジョギングをするオジサン、犬を散歩させる主婦ばかりで、平日の朝とは思えぬ程に長閑だ。
ここを歩いている時だけは、世話しない朝の時間がゆっくりと感じられるので、気に入っているルートの一つなのだ。
それに今朝は、いつもどおりに目覚めることが出来て、余裕を持って登校することができる。
といっても、昨日見ていたスレッドのことが結局気になって、あまり睡眠時間を取ることができなかったので、まぶたは重い。もしかすれば、今の僕の顔はとてつもなく間抜けかもしれない。
「くあぁぁ・・・」
またひとつ、大きな欠伸を噛みしめた。
じわりと溢れる涙をこらえながら歩いていると、公園内のベンチに見慣れない少女がひとり、ぽつんと座り込んでいるのが見えた。どこか浮かない表情で携帯ゲーム機で遊んでいるその少女は、制服姿だ。
どうやらこの辺の高校生らしい。
転校生だろうか?少なくとも、今までこの公園内を歩いていて、こんな少女は見覚えがない。
色々考えながら歩いていたせいか、僕の視線は、自然とその少女に向けられていた。
そして、その少女も僕の視線に気づいたのか、一瞬目が合ったかと思うと、慌てたような様子で視線をゲーム機に戻してしまった。僕もそれに釣られ、視線を目の前に戻す。
少し不思議に感じつつも、僕は学校へと歩き出した。
***
「んー・・・」
教室に着くや否や、僕は机に突っ伏す。
講義が始まる時間よりも若干早く着いたせいか、教室内にいる生徒もそんなに多くはない。
と言っても、この週のこの時間の講義は、いつも人が少ないのだが。
突っ伏して、またひとつ大きな欠伸をしつつ、少しだけ瞼を閉じようか、などと思った時。
コトリと、何か硬いものが机に置かれる音が、僕のすぐ耳元で聞こえた。
その音に合わせ、僕は机からふと頭をあげる。
「よう、オッハー」
ある程度整った容姿に、眼鏡から知的な雰囲気を漂わせる男・・・。
僕の友人、月日雄也が
いかにも上機嫌と言った様子で、僕の隣の席に座っていた。
「おう、よう・・・」
睡眠時間の短さからてんで調子のでない僕は、端的に挨拶を返した。
そんな僕の様子を見て月日は、ははは、と笑う。
「眠そうだな」
「眠そうではなく眠いんだ・・・。ていうか、なんで昨日も一昨日も講義来なかったんだ?
同じ講義受けてるんじゃなかったか?」
「あー、それがな、これなんだよこれ」
男はスーパーの袋に包まれたそれを、受け取れと言わんばかりの様子で僕に向けた。
スーパーの袋に入っているが、その中身の形からそこまで大きなものではない。
むしろスーパーの袋のほうが何倍も大きく、不釣り合いさがにじみ出ていて、
少なくともスーパーで買ってきた、という様子ではないことだけはすぐに分かった。
その袋を手に取り、中身を見た。
「お前・・・これで徹夜を・・・?」
「そうなんだよな~この「まじかる☆ぱすてる!」がさぁ、すっげえ面白いのなんの。
夢中で全員ルート進んだんだよなぁ・・・」
色々な女の子のイラストが描かれたすぐ隣に「18歳未満は購入できません」と書かれたシールがでかでかと貼られて、それが激しい主張をしているゲームのパッケージ。
つまりは、アダルトゲーム。俗にいう「エロゲー」だった。
「とりあえずそれ貸すからよ、クリアして感想きかせてくれよなー」
ニッと、笑顔を浮かべる。
「お、おう…」
僕はなるべく周囲にばれないようにと、袋の中からゲームパッケージを覗き込んだ。パッケージの裏は、肌色が大半を占めていた。周囲に見られないようにと、早々に自分の鞄へと仕舞おうとした、その時だった。
「ふーん」
背後から放たれる、呆れた様子の声。
それは、かなり聞き慣れた声で。僕は声の主へと、ゆっくりと振り向いた。
…そこに居たのは夏河だった。
「不潔」
呆れた様子で僕の手元をまじまじと見ながら、夏河はそう吐き捨てた。
「おいおい、夏河君。男の趣味のひとつやふたつくらい、許容できる女にならないとだぜ?」
ふっ、と笑いながら言う月日。
どうやら、恥ずかしいという感情は持ち合わせていないようで、堂々とした態度を貫いている。
「べっつにー。そういう女になろうと思ってませんしー。」
「ふっ…まだまだ甘いな夏河君は。」
二人のやりとりの中、僕はそっと、袋に包まれたそれを、鞄の中に仕舞うのだった。
***
時刻は昼過ぎ。
受けるべき講義をすべて終えた僕は、やることもなく廊下に立っていた。
夏河と月日も、午後の講義が残っているらしく、今日は一人だ。
学校内で時間を潰していても仕方ないので。薄いコートを羽織って、学校を後にする。
この学校の周辺は、駅が近くにあるという理由からか、外食店やコンビニエンスストアが密集している。また、時刻が昼時ということも相まって、歩道には学生や社会人で、大きな人混みができていた。
様々な意識が混在する人混みの中を、自分の意志で進んでいるというよりかは、まるで流されているかのような錯覚を覚えつつ、足早に進んでいく。
早くこんな場所から抜けてしまいたいと、それだけを思いながら。
暫く歩いていると、朝も歩いていた、いつもの公園が見え始めた。
こっちには人影はそこまで多くなかった。といっても、ベンチに座って弁当のおかずに
箸をつけているサラリーマンや、二人で食事をする女性の姿がちらほらと見受けられる。
そして、その光景の中に、やはり朝と同じベンチで一人ゲームに勤しむ少女の姿があった。
何か訳ありなのだろうか。
ひどく寂しそうな…そんな表情の少女の顔を見て、僕は何かできないかと思った。
どうして、そう思ったのか自分でも分からない。
僕はそんなお人好しでなければ、強いて優しい人間なんかでも、無い。
だが、今の僕は、何故か放っておけないと…そんな事を思ってしまっている。
とりあえず何か行動を起こすべく、僕は少女の隣に座る。
元々、二人くらいならなんとか座れそうな大きさのベンチだ。
隣にいる少女は、高校の制服に身を包んではいるものの、中学生くらいと見間違える程に
小さく華奢に見える。それも相まって、ベンチに座る僕と少女の間には、微妙なスキマが生まれていた。
少女が遊んでいるゲーム機と同じものを、鞄の中から取り出した。
折り畳み式のゲーム機…3DXを開くと、画面内に「近くにプレイヤーがいます!」などとご丁寧に、大きく通知が表示されている。
その通知から、少女が遊んでいるゲームは、最大4人で協力できるハンティングアクションゲーム"ドラグーンバスター"のようだ。
画面内に表示されるタイトル画面をさっと飛ばして、さっさと自分のデータを読み込む。
そして、駄目元ながらも、隣にいる少女に協力プレイをゲーム内で申し込んだ。
ゲーム画面をずっと見ていた少女の顔は、突然協力プレイを申し込まれたことによって、
驚きの表情へと変わったのがすぐに分かった。
拒否されるだろうと思ったが、数秒の間を置いて、意外にも少女側から協力プレイが認証されたのだった。それを合図とするように、僕のキャラクターのHPゲージの上に、少女のキャラクター分のHPゲージが表示された。