困惑
次の日、メルーナーは嫌な汗をかいて目を覚ました。昨日眠るときはあんなに幸福な夢を見ていたのに、なぜだろうと疑問が生じた。
そこへ、一人の使者がメルーナーのもとに駆け込んできた。
「イグノア・イレサイン様が亡くなりました。よって、メルーナー・イレサイン様。あなたに出された追放を撤回し、イレサイン家長子として次期当主になっていただきたく」
メルーナーは驚いた。しかしあまり悲しみはわいてこなかった。その代り、イグノアの心に最後まで巣食っていただろう哀しみに思いをはせた。
「悪いが、しばらくイレサイン姓をもらうつもりはない、と当主にお伝えしてくれ。イレサインの血を絶やすことはしないから、と」
使者は一礼をして去って行った。
「なーんだ。あいつがイレサインの家のものだったから、あのねーちゃんが来てたんだな」
そんな声を耳にはさんだメルーナーは思わず反論した。
「スリンはそんなことで俺との面会にきたんじゃない」
その途端、野次を飛ばしていた人たちは、黙り込んだ。
「スリン、といったか。あの女王の」
「ああ、そうだが」
慌てる囚人にあくまでもメルーナーはさも当然といったかのように答えた。
「俺ら、女王様のことをねーちゃんなんて言ってしまっていたな」
「大丈夫だ、そんなことでスリンが怒るわけがないから」
そう平然と言い切ったメルーナーに、囚人たちはどよめいた。
「おまえ、女王様と知り合いなのか」
どうしても聞きたくて仕方がないような口調で、囚人のうちの一人が尋ねた。
「ああ、昔、世話したからな」
その返答にメルーナーは質問攻めにあった。
いったいどういう経緯で知り合ったのか、なぜ今も仲良くしていられるのか、など。
しかしメルーナーは言葉を濁しただけだった。スリンが元追われし者だとわかることで何か不利益があるかもしれないと懸念したためだった。
その時、スリンの靴音が牢に響いた。
「おはよう、メルーナー。イレサイン本家からの通達よ。さっさと帰ってきて家名をつげ、と言われているわ」
メルーナーはあからさまに嫌そうな顔をした。
「スリンまでそんなことを言わないでくれないか。俺はいま、家から解放されて自由の身。いずれ跡を継ぐにしても、今から家に縛られる気はない」
そういうと、スリンは微笑んだ。
「いうと思った。だからね、私は今日、あなたにその代替案を授けにきたの」




