恐れ
「何?暗殺に失敗しただと?」
地下室でメルーナーはサーミルに叱責を受けていた。
「ですが、彼はもう動くことすらかなわないそうですから……」
サーミルは苛ついたように扉を殴った。
「俺が言いたいのはそういうことではない。やつはその頭脳だけで宰相になれるのだ」
メルーナーはおずおずと口をひらいた。
「それが……宰相にはヴィカがなったそうで……」
それを聞いたサーミルの怒りはすさまじかった。
「お前の行動が遅いからだ」
冷酷に言い放ち、メルーナーの頬を叩いた。メルーナーは茫然としてサーミルを見た。
「お前はスリンの捕獲も失敗していたな。
次に失敗したら、お前をやつらと手を組んでいるとみなして殺す」
それだけ言い残し、何も言えずに突っ立っているメルーナーを残し、サーミルはエルウィンのもとに向かった。
「おかわいそうに、エルウィン様。おいたわしいエルウィン様。あの精霊に魅入られていなければ……」
エルウィンは二重人格と出会った時から昏睡状態だった。それをサーミルは二重人格に魅入られたゆえの昏睡だと信じて疑わなかった。
「ヴィカが宰相になってしまった。それならばあなたはもう用済みですね」
そうくすりと笑ったサーミルはくるりとエルウィンに背を向けた。
「ありがとうございました、エルウィン様」
「サーミル閣下、精霊狩りを続けますか」
おどおどとしたメルーナーの態度が、サーミルには気に入らなかった。
「続けろ。エルウィンが目覚めるまでだ」
メルーナーは慌ててはい、と返事をして部屋から出ていった。
廊下を歩きながらメルーナーは違和感を覚えていた。
(なんだろう。何か大切なことを忘れている気がする)
以前に、ウムスとかいう精霊と対峙した時からずっと感じている思いだった。
しかし、それを振り払うと、新たな標的を探すべく、王宮外にふらりと出た。
「精霊使い、か」
精霊は普通一人では出歩かず、フェリアと共に出歩く。精霊が故郷の町から出るのはわずか自分の契約主候補の観察か、契約したいもののところへ向かうときのみ。
だがわずかにその町の外に普段からいる精霊もいる。彼らは外れ精霊と呼ばれ、その力はアストフェリすらしのぐという。
「外れ精霊を従えた男、か……」
メルーナーの足は自然とディオネのいる学舎、ナシシ舎へと向いていた。




