ディプリとの出会い
一筋の光も差さない暗闇の中にいると、時間の感覚がくるってくる。
以前壊された両足がずきずきと痛む。
自分の足が壊されたのが、いつのことなのか、この部屋の中にいる子供にはすでにわからなくなっていた。
「もういっそのこと、動かないなら、感覚もなくなってしまえばいいのに」
子供はどこか冷静な頭でそう考えていた。
「前に、一度、変った人が来たな。まるで人ではないみたいな――」
「ほう、わかるか、小僧」
そう声に出した瞬間、上から声が降ってきた。つかれた頭を持ち上げてみると、そこには一人の美少年が浮かんでいた。
「いったい、君は」
「僕かい?僕は二重人格だよ」
「ディプリ?」
「さよう。私は精霊の一種だ」
ころころ変わる口調にも頓着した様子は全く見せず、子供は次の言葉を口にした。
「で、何の用?」
子供は疲れていた。このまま死んだとしてもそれも一興。誰かの口の端に上ることくらいはあろう。
「君は死にたいの?」
少年が子供に問う。
子供は頷こうとして、一瞬ためらった。本当にこのまま終わっていいのかと。ためらったのちに子供は自分を恥じた。今更何を求めるというのだ。
「よい。それがお前の本心よ。気に入った。
私がお前と契約しよう」
青年の口調で、二重人格は言葉を紡ぐ。
子供の首がわずかに上下するのを見て、二重人格は声を張り上げた。
それは美しく二重に重なり合い、絡み合って子供のもとに届く。子供はそれをしっかり受け止めた。
「ありがとう。ところでお前の名は」
子供は首を横に振る。名前があったとしてもとうに忘れていた。もしあったところで子供はその名を言おうとはしなかっただろう。その子にとってその名前は忌むべきものでしかなかったのだから」
二重人格の表情にすこし寂しげな色が宿った。
「じゃあ、僕が付けてあげるよ。
ナレシ(小鳥)というのはどうだい?」
子供は一瞬反論しようとしたが、考え直してそう悪くもない名前ではないかと思った。
「いいよ」
「ありがとう、ナレシ。これで私も自由の身だ」
そういうと、二重人格はどこかに飛び去ってしまった。
「ディプリ」
ナレシはすがるように名前を呼んだが、応えはない。
「そんなぁ……」
ナレシはがっかりした。そしてその時初めて足の痛みが消えていることに気付いた。あれだけ変形していた両足も今ではもとの形に戻っている。
歩けるかも、というわずかな希望を胸にナレシは立とうとした、がすぐに倒れてしまった。激しい物音がして誰かが気付くかも、と身をひそめたが、幸いにも誰にも気づかなったようだ。
「やっぱだめか……」
誰にも気づかれなかったことに胸をなでおろしつつも、少しがっかりした。
しかし、足の痛みが消えたのは幸いだった。これで今夜はぐっすり眠れる……。
夢の中で、ナレシは二重人格に出会った。
「ここから出たいか」
ナレシは反射的に頷き、そして自分の今の体の状況を思い出し絶望した。
そのナレシの思いを読み取ったかのように二重人格は言った。
「悪いがお前は私の力を使っても歩けるようにはならぬ。ただし、私が乗り移るなら話は別だ」
「乗り移る?」
「つまり、お前の体を少し私に貸すということだ」
ナレシは同意した。それだけでここから出られるならば、たやすい。
その後しばらくナレシは意識を失っていた。気が付くとナレシは草原の真ん中に寝ていた。どうやら二重人格が運んできてくれたらしい。重たい頭をめぐらすと、近くに一件の立派な建物が建っていた。
それが、今二人がいる学舎、マシシ舎だった。




