二重人格
「ナレシ。悪鬼に取りつかれた家族について何かわかったのか」
ディオネがナレシに問うた。
「何も。先王がそれを推進していたということまでは分かった。
先王というか、サーミルが、だがな」
ディオネは、あきれたようにため息をついた。
「あれはそこまで愚かなのだな。史上最年少の宰相が聞いてあきれる。
ああ、メルーナーだが、カンディの暗殺に失敗したそうだ」
「カンディが殺されても私は一向に構わぬが」
ぞっとするほど冷たい声でナレシは言った。
「それで、ヴィカが宰相になったと」
心底どうでもいいというようにナレシはつづけた。
「カンディ閣下の御身に何かあったのか」
ディオネが血相を変えてナレシに取りすがる。
「どうやら暗殺の時に使われた薬の副作用で体が動かなくなったそうだ。今は自力では指一本動かせぬと聞いている」
淡々とナレシは語る。それに違和感を覚えたディオネは、ナレシにこういった。
「いったいお前は誰だ?ナレシの体を借りている奴は」
ナレシはくつくつと笑った。
「おや、ようやく気が付きましたか。私はナレシに棲んでいる精霊、『二重人格』です。以後、お見お知りおきを」
そういうとナレシは優雅に一礼する。それはナレシには決してできない動作だった。
「外れ精霊がいったいナレシに何の用だ」
ぶっきらぼうにディオネが問うと、ナレシ、いや二重人格は楽しそうに笑う。
「やっぱり君は楽しいね。本当に飽きないよ。
僕の目的はたった一つ。この国の頂点に立つこと。そのためにはいかなる手段をも択ばないよ」
それを聞いたディオネは顔色を変えた。
「つまりそれは、スリンを殺す、ということか」
「時と場合によっては」
その声は落ち着き払っていて先ほどとは同一人物とは思えない。
「私はサーミル様の使いです。あなたをずっと見張るよう仰せつかってきました。
ああ、この子を殺しても無駄です。サーミル様は代わりなど、いくらでもお持ちでいらっしゃいますから」
「もっとも君はそんなことしないって思ってるけどね。頭の回転が速くて、友達思いの君は」
全く違う声が交互にナレシの口から洩れてくる。
「これが、『二重人格』か」
「せーかい」
そういって笑ったナレシの目は一切笑っていなかった。
「さあ、おいでなさい。私たちの故郷にお連れしますよ」
ディオネはその言葉につられるかのように一歩踏み出そうとしたが、ナレシの危ない、という声で我に返った。
「ほう、私に対してこんな手を使うとは、なかなか侮れぬ」
ナレシはそれを無視し、何事かを呟いき、出ていけ、と一喝した。
二重人格の気配が次第に薄れていった。
「ナレシ」
ディオネは思わずナレシに抱き付いた。
ナレシは苦笑して、ディオネの頭をなでながら、ぽつり、ぽつりと話し出した。
「僕がかつて拷問を受けたことは知っているね?
彼とは、その時に出会ったんだ」




