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八百歳の彼女 二

作者: 北こういち

 無茶苦茶、久しぶりの日本だった。

 これで任務さえなければ、今日は絶好の観光日和なのだが。ああ、夕陽が目にしみる。三月はまだ寒いな。俺は十六年ぶりの日本の故郷の地に立っていた。だけど、感傷に浸っている暇はない。長官から託されたその女の子の写真を確認し脳裏に焼き付けた。青葉中学校三年生、撒菱せつな。任務は登下校時の身辺警護。しかし、何でアメリカ連邦捜査局がこんなことをしなければならないのか。そこで、昨夜の長官の言葉を思い出した。

「いいか、ノア。CIAも動き出している。現時点でこの女の子は最重要人物だからな。日本の検察側には秘密裏の任務だということを忘れるな」

 しかし、日本当局に秘密ってのはまずいよな。……でも、まあいいか。おかげで久しぶりの日本を感じることができたからな。詳しい内容は教えてもらえなかったが、俺が日本人だからこそ、この任務についたのだけは理解できた。日本の女子中学生の警護にもしもアメリカ人がつくなんて、想像しただけでも目立つからな。

 下校時間になり生徒たちがゾロゾロと校舎の外へ現れた。日常の平和な情景だった。

「くそ、人数が多いな…………いた」写真の女の子だ。

 実際のその女の子を見て、ふと、なぜか不思議な懐かしさを感じた。

 撒菱せつなの家は学校からはかなり離れた所にあった。途中までは同級生と思われる三人の女の子たちと一緒だが、電車を降りると彼女はひとりであまり人影のない公園の真ん中を突っ切ってから長い路地を抜けて家路に着く。家族構成は父親の撒菱光太郎、母の聖子、それに母方の祖母の佐藤節。両親と祖母との一家四人暮らし。至って普通の何の変哲もない家族構成だ。

 警護を開始して三日目に異変が起きた。帰り道、学校を出てからすぐに彼女を尾行していると思われる怪しい男を認識した。電車を降りて、例の公園の真ん中あたりで、その男はナイフを取り出した。背後から彼女に襲いかかる体勢を取った。俺はその男に気付かれないよう、そっと近づいた。男がナイフを振り上げたところで後ろから羽交い締めにして動きを封じた。

 次の瞬間、彼女の回し蹴りが飛んできた。蹴りは実に見事に男の首筋にクリーンヒットした。ついでに言うと俺の頭部にもヒットした。空手かよ。大の男二人が、中学生の華奢な女の子に吹き飛ばされたようだった。実際はその場に崩れ落ちただけなのだろうが。それほど強烈な蹴りに感じた。怪しい男の方は完璧に気絶していた。

 尻餅をついた状態で見上げると、彼女は手を差し伸べてくれた。彼女の手を掴むと、ひねられてあっという間にうつ伏せ状態にされてしまった。今度は合気道かよ。ぎゅうぎゅうに腕が絞られて地面に突っ伏したまま、全く身動きできなかった。 

「悪い人じゃなさそうだけど、あなた誰?」

「ちょうど通りかかった時に怪しい男を見かけたんで助けに……」 

「ウソ! じゃあ何でこんな写真を持ってるの?」

 彼女は俺の上着の右ポケットから写真を見つけて突きつけた。

「三日前から、私のこと監視してたでしょ。本当のこと言わないと、この腕、折るわよ!」

 気付いてたのか。何なんだ? この女の子は……俺だってそれなりに訓練を積んでいる。でも彼女にはかなわない。観念した。このままじゃ本当に腕、折られちまう。

「胸の内ポケットに身分証があるから見てくれ」

 彼女は膝で俺の腕と背中を器用に固定した状態のまま、内ポケットを探った。

「FBI? リュウ ノア マキワラ?」

「龍・ノア・巻藁だ。ノアはミドルネームだ」

「ええと、二十六歳ね。アメリカ人なの?」

「いや日本人だ。十歳まで日本で育った。巻藁龍として……でも両親が事故で死んで、それからはアメリカの叔父のところで育てられたんだ。今の国籍はアメリカだ」

「十六年前の事故……マキワラ……リュウ……」

 彼女は信じてくれたのか、拘束をといてくれた。そして再び尋ねた。

「どうして私を監視してるの?」

「FBI長官からの勅命で、君の警護を命令されている……詳しくは知らないんだ」

「命令で?」

「本当になぜなのかは知らないんだ。本当だ。信じてほしい。君は」

「せつな」

「えっ?」

「せつなでいいよ。君、君って、卵じゃないんだから。せつなって呼んで」

「わかった。じゃあ、せつなは連邦捜査局から護衛されることに心当たりはないのか?」

 せつなは俺の質問には答えず、倒れたときの傷に注視した。せつなの回し蹴りで倒された時に左手に擦過傷を負っていた。

「これは何?」

 せつなが尋ねたのは俺がまだ小さな頃、小学三年生の時に負った火傷の跡だった。その跡が擦過傷を負った部位の横にあったのだ。今現在は黒くくすんだようになっている。

 せつなは鞄から水のボトルを取り出し傷口にかけた。 

「いいって、こんな傷くらい」

「ダメ! 雑菌が入ったらどうするの。じっとしてなさい。後は、あ、ツイてる!」 

 せつなは傷口に何かドロッとしたものをかけてハンカチで覆って言った。

「今日は家庭科の授業でハニートーストを作ったから。残ったハチミツがあったわ」

「おいおい、ハチミツって?」

「グルコン酸が入ってるから十分殺菌作用があるの」

 不思議な娘だ。撒菱せつな。まるで大人のような。

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