第三話-16
朝食終了、だいたい八時。荷物はそもそもあまり広げてないから、片付けるものもほとんどない。となるとチェックアウトまでの約二時間、シンプルに暇だな。朝風呂でも行くか。タオルだけ物干しから取り外し、大浴場に向かうべく廊下に出た。
再度御影に出会ったのは、そんなタイミングだ。
「そろそろ目が覚めた?」
「……意地悪」
頬が小さく膨れてる。うん、可愛いな。
「東宮くん、どこ行くの?」
「朝風呂。明るい時間なら、露天風呂で外見えるかと思って」
『銀の羽衣』は、大浴場に露天風呂が付いている。晴れていれば富士山が見えるのだとか。見ようと思えば神奈川も見えるけど、そっちは別に見ても面白くないしな。
そこで、はたと気付いた。
「あれっ、ハーフアップ解いちゃったの?」
「うん、なんか落ち着かなかったから……。結衣ちゃんには悪いけど」
今の御影は完全に髪を下ろした状態で、どこも編んでいないし結んでいない。いつもの三つ編みの癖がついてややうねってはいるけど、背中側は腰元まで毛先が届いている。こうして見るとかなりの長さだな、白原もだけど、管理大変そう。
「まあ、いつもと違ったら慣れないか。似合ってたのに、残念」
ふいっと御影が顔を逸らした。片手で隠しているけど、うっすらと朱が差しているのが見える。うん、可愛い。でもこれ以上何かする勇気はないかな。
あ、いかんいかん。御影と話すのも楽しいけど、あんまりここで長話すると、風呂に入る時間がなくなってしまう。名残惜しいがそろそろ行かねば。
「それじゃ、俺は風呂行ってくる。また後でな」
そう言って歩き出そうとしたのだが。
「……あの、これはなんでしょう?」
横を通り過ぎるとき、袖を小さく摘まれた。振りほどくのはちょっとはばかられる。可愛いから。
「ねっと、あのね」
「どうした?」
「その、また違う髪型も、見たい?」
むしろいいんですか。
「可能であれば」
「うん、分かった」
何が分かったのかは分からないが、なんか朝から楽しいです。……梨花の髪で遊んだら、さすがに怒るかな?
などと考えながら御影と別れ、大浴場のシャワーで身体を流す。昨日の夜もちゃんと洗ったとはいえ、寝ている間にも汗はかく。朝風呂とは贅沢なものだ。全身を洗い流し、ドアを開けて本命の露天風呂へ。
ちゃぷん。熱っ。
「おおー、朝だとよく見えるなあ」
夜でも富士山はうっすらとは見えるはず……だったらしいのだが、何しろ昨夜は曇っていたから、夜のシルエットすら見えなかったのだ。てんで方角の見当すらつかなくて、相沢と二人、出鱈目な方向を予想した。どうやら二人とも間違ったみたいだ。
今朝も空は雲がかかっていて、富士山の頭は、残念ながらよく見えない。でもその裾野は見えるから、やはり朝風呂に来て良かったと思う。それでなくとも、寝汗が流せたのはありがたい。
「出る前に神奈川の方も見ておくか。……うん、やっぱり見ても、そんなに面白くはないな。第一遠すぎてよく見えないし」
それじゃあそろそろ出ようかな。……誰が露天風呂来ようとしてるな、入れ替わりかな。
軽快な車輪の音がして、露天風呂の引き戸が開いた。出てきたのは岩沢くんだった。
「東宮先輩じゃないですか。部屋にいないからどこ行ったのかと思ったら、こんなところに」
「時間もあるし、露天風呂入っておこうと思ってさ。曇ってるけど」
「相沢先輩の天気予報通りですねえ」
そういえばあいつ、夜から雲出てるって言ってたな。
「化学部の奴ら、残念だったな。わざわざこんな遠いところまで来て、結局雲が出て星が見えませんでした、なんてさ」
「災難という他ないですよね。塚本先生としては多分、そんなに残念な結果ではないんでしょうけど。目的、全然別のところにありそう」
「主目的はそうだろうけど、塚本先生も残念なんじゃないかな。あと人意外と星も好きみたいだし」
「だからこんなどこでも良さそうな合宿、銀の羽衣にしたんだ。お、富士山一部見える、けど雲邪魔だなあ」
俺も岩沢くんも日本人なのだ。桜と富士山は大好物である。
よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。




