表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

目指せ絶望! 溺愛計画!

 人には誰しも好みというものがあるだろう。

 

 ツンデレ、ヤンデレ、クーデレといった性格の属性。

 苦労人、不憫、といった境遇の属性。

 幼馴染、先輩後輩といったポジションの属性。

 ポニーテール、ケモ耳、八重歯といった外見の属性。

 ドジッ子、僕っ子、天才といったステータスの属性。


 この世の中には例えを挙げればきりがないほどの属性で溢れている。そして人の数だけ惹かれる属性は生まれていく。

 そう私のように――。


「推しの絶望顔が好きな人もいる!」

「いねぇよ」

「いーえ! 絶ッッッッッ対にいます!」

「好きな人には幸せになってもらいたいもんだろうが」

「ぅぐっ……か、かっこいいこと言わないでくださいよ」

「当たり前の感情だろうが」

「やーめーてー! 私がやばい奴みたいじゃないですか!」

「みたいじゃなくて、やばいっていい加減に自覚しろよ」

 

 師匠の言葉に、私はぐうの音も出ずに黙り込む。

 

 稽古の合間、上がった息を整えながら、私と師匠は並んで地面に腰を下ろしていた。時折吹き抜ける柔らかな風が、火照った肌に心地よく染み渡る。

 幼い頃から私に剣を叩き込んでくれている師匠は、良くも悪くも物事をはっきり口にする人だ。その遠慮のない物言いに傷つくこともたまにあるけれど、裏表のない潔い性格には、これまで幾度となく救われてきた。


 そんな穏やかな時間の中で交わしていた、他愛もない雑談の最中のことだった。

 立てた膝に肘を乗せ、頬杖をつく。視線だけを遠くへ逃がして、私はぽつりとこぼした。

 

「私だって最初からこんな(へき)じゃなかったんですよ」

 

 あれはなんでもない日……本当に何でもない幼き日のことだった。布団に包まり、おやすみ三秒前という夢現な状態。ただの純粋無垢でちょっとだけヤンチャな幼女だった私に突然、天啓がもたらされた。

 きっと察しが良い方には分かるだろう。前世の記憶というやつが頭に流れてきたのだ。

 

 前世の私は推しというものに全力で、漫画やアニメを見てはグッズを集め、イベントがあれば全国各地を南船北馬し、ありったけの推しをかき集めては生きる喜びを噛み締めていた。

 良い作品というのは得てしてキャラも魅力的で、良い作品を味わう度に最低でも一人推しが増える。

 グッズがあるうちに買わないと後悔することを知っている私は、波があるたびに量産されるグッズを金にものを言わせてかき集める。

 そんな社会人としての日々を繰り返し生きてきた。


 ただ私が推しているキャラは死ぬ運命にあるのか、「今回のキャラは死なない!」といかにも死ななそうなキャラを好きになっても、ストーリーが進むと悉く死んでいく。

 死にそうだから推してるんじゃなくて、推してると死ぬ。

 周りからは「お前が死神!」と言われるほどだった。

 あまりにも推しが死んでいくので、作者でもないのに私が殺してるのかもしれないと錯覚し慄いた。


 幸せから一転、大切な人に裏切られ絶望しながら死ぬ推し。

 絶望から救われないまま死んでいく推し。

 お涙頂戴と言わんばかりに突然死ぬ推し。

 

 そうやって推しを見送ってきた。

 あの日もまた、推しが死亡フラグを立てまくったときのことだった。

 人間不信だった少年が仲間と出会い、ようやく幸せという感情を知った直後、仲間を庇って死ぬという場面。

 大切な仲間が息を切らして駆け寄り、服が汚れるのも厭わずに血に濡れた推しの体を抱き上げる。腕の中でぐったりと力の抜けた体を必死に引き寄せながら絶望で涙を流しているシーン。

 推しはもうすぐ自分が死ぬというのに、そんな仲間を見て幸せそうに笑ったのだ。

 そのシーンをみた瞬間、ビビビっときた。


「推しを曇らせてぇって」

「なんでだよ。その理屈でいうと、推しが幸せに死んでいく姿が好きなんじゃねぇのかよ。大往生させてやれよ」

 

 空を仰ぎ、達観した顔で微笑む。

 あぁ今日はいい天気だ。

 推しを曇らせたい私とは裏腹に、青い空には白い雲が流れていく。

 眩しさに目がやられないように、視線を空から師匠へと流す。

 

「いえ、烏滸がましいかもしれませんが、あの想いが凝縮された涙を推しから浴びたいと思いまして」

「ほんっとに烏滸がましいな。推し関係ねぇじゃねぇか」

「関係はありますよ! だって推し(幸せ)あんな(絶望)顔をするって想像してくださいよ! 絶望を感じるほど推しに思われて死ねるって思ったら、こんな……こんな素敵な最後ってあります!?」

「過言にもほどがある」

 

 心底理解できないとでもいうように怪訝な顔をする師匠に、ムッと唇を尖らせる。

 私だって、別に推しがいつも絶望してほしいと思ってるわけじゃない。むしろ推しには健やかに幸せに過ごしてほしいと思うタイプの私からしたら、推したら毎回死んでいくことにこっちが絶望していたくらいだ。

 けれどあの日、あのとき、あの瞬間。

 あんなに幸せそうな顔で死んでいった推しを見て、初めて絶望以外の感情を抱いた。

 仲間を庇って致命傷を負って、痛みも死ぬことも請け負って、死にたいときに死にたいと思う以外の『死』。それを全部ひっくるめて生まれたものが『幸せ』なんて、どれだけ嬉しかったんだろう。

 私はそれを知りたいと思っただけなのだ。


「ほんと私の浅薄な常識を変えてくれたあの推しと仲間には感謝ですよ!」


 私の熱量を一ミリたりとも感じていない師匠はやれやれと首を振る。

 

「お前のキメェ思考はじゅーぶん分かった。で? 俺が聞いたのは、どうしてお前は騎士を目指したのかって話だったんだが?」

「あぁそうでした」


 騎士になろうとしたきっかけを語るには推しという概念を語らずには始まらないと思い、つらつらと喋っているうちに少し脱線してしまった。

 つまりその涙を浴びるには、どうすればいいのかを考え、ひらめいたのだ。

 

「自分がその立場になれば(死ねば)いいんじゃね? って」

 

 推しに守られる側じゃない。

 推しを幸せにして、推しに想われて、推しに泣かれて死ねたら――。


 それって、最高なんじゃない?

 

「拗らせてんな」

「そうですか? 気持ちに真っ直ぐだと思うんですけど」

「……いや、まぁ。それはそう」

 

 珍しく言い淀む師匠に首を傾げる。

 言葉を選んでいるのか、言葉にするかを悩んでいるのか、目を瞑って頭をがしがしと掻く師匠を見つめる。

 

「あー……つまりなんだ。要約すると、お前は死ぬつもりで騎士になったってことか?」

「はいっ!」

「はい! じゃねぇんだよ。元気いっぱいに返事すんな」

「私にとって推しと国は同じなんです! 市民を守り、国を守る! 騎士として忠誠を誓います!」

「お前だけ騎士道はき違えてんだよ」

「でも無駄死には死への冒涜ですし、絶望顔を拝むためにどうせ死ぬなら、私も推しを守って死にたいな……って。へへっ夢を語るのって照れますね」

「……突っ込みどころが多すぎて、もはやどこを突っ込めばいいのかわかんねぇ」


 照れる私を前に師匠は本日何度目になるのか、これ見よがしに大きなため息を吐き出した。


「お前のその覚悟どこからきてんだよ」

「でも騎士を目指した時点で死ぬ覚悟くらい持っとかないとでしょ。女だから前線免除なんて意味わかりませんし」


 私が騎士を目指した動機は、推しを守れるほど強くなるためだったが、だからといって騎士という職業をないがしろにしたいわけではない。


 前世はあっちに行きこっちに行き、と推しを第一に優先できるような職に就いていた。

 そして聖地へ巡る公共交通機関にも通過点があるように、オタクとしても妄想の旅という名の通過点にもよく出かけていた。

 

 もし好きな作品に私が存在していたのなら、どう生きるのだろう、と。

 バトルものなら、戦うのか、それとも逃げるのか。

 恋愛ものなら、キャラに関わりに行くのか、モブに徹するのか。

 もし来世があったとして、自分はどんな生き方をするのだろうと、そう考えたりした。

 

 でもどんな作品でも「なりたい自分」というのは同じところにたどり着いた。

 ――誰かを守れる強さや、誰かを救う力ってかっこいい生き方だな、と。

 単純なパワーとしての強さ。心を持ち続ける強さ。主人公もヒロインもヒーローも悪役も……それが善であれ悪であれ、不撓不屈な強さが私には輝いて見えた。

 人って血を流すだけが戦いじゃないんだと作品から学んだ。

 だからこそ、推しを守るためだけに死にたいとは思わない。ただ、救える時に救える覚悟を持って死にたいだけなんだ。

 そのために自分の力不足で死ぬなんてことにならないように強くなる。

 どんな相手が推しになっても、私はその人を守れる強さを持っていたいから。

 

「それに推しに誇れる自分でいたいですしね!」

「……お前のそういうところはいいんだがな」

「私も師匠のこと好きです!」

「…………そうか」


 微妙な顔をする師匠を見て私は宣言する。


「大丈夫です! 私は、推しを守るまでは死にません!」

 

 拳を上げ力強く言い切ると、師匠はしばらく無言で私を見つめた。


「ちなみに聞くが、推しは誰だ?」

「師匠、知らないんですか? 推しの数だけ幸せも乗法されるんですよ」

「被害者候補が多すぎる」


 推しには私が死ぬまで、幸せという幸せを知ってほしい。

 そしてそれ以上にひどく絶望を味わってほしい。


「目指せ、絶望! 溺愛計画!」


 握りこぶしを高く突き上げた。

 稽古場を吹き抜ける風が、汗ばんだ前髪を揺らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ