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国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第1章

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第5話 王家の使者と請求書


法律をご存知ないのですか?


スピーカーを通した私の声は、冷ややかに響き渡った。

静まり返った街道で、五十騎の黒騎士たちが動揺に揺れている。


彼らの指揮官である隊長は、顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。

「愚弄するな! 貴様が持ち去ったその車両は、王都の結界を維持する重要機密だ! すなわち国家財産である!」

「いいえ、違います」


私はマイクのスイッチを切り、ゆっくりとドアを開けた。

隣に立つカイルが、無言で剣の柄に手を掛ける。

その動作だけで、周囲の空気温度が数度下がったような錯覚を覚える。

帝国最強の護衛に見守られながら、私はタラップを降りた。


手には一冊の分厚いファイルを持っている。

かつて王城の狭い研究室で、夜なべして整理していた帳簿の写しだ。


「証拠ならここにあります」

私はファイルを掲げた。

「この車両『スイートホーム号』の開発にかかった費用一覧です。素材費、魔道具部品代、研究開発費。その全てにおいて、支払人は私、エリカ・フォン・クロイツになっています」


隊長が馬から降り、乱暴な手つきでファイルをひったくった。

彼はパラパラとページをめくり、鼻で笑う。

「ふん、こんな紙切れで誤魔化せると思っているのか? 王家からの支援金を使っていたはずだ!」


「いいえ。よく見てください。そこに挟んである赤い紙を」

私が指差すと、隊長の動きが止まった。

それは、かつて私が何度も提出し、その度に突き返された書類だった。


『予算申請却下通知書』


そこには、アルフレッド王子の筆跡で乱雑に書かれたコメントが残っている。

『不要。道楽に使う金はない』

『却下。女の玩具に予算など出せるか』


隊長の顔色が、怒りの赤から困惑の青へと変わっていく。

「こ、これは……」

「お分かりいただけましたか? 王家は私の研究に対し、一ゴールドたりとも出資していません。つまり、所有権は百パーセント私にあります」


私は一歩前に出た。

かつて婚約破棄を突きつけられた夜と同じように、背筋を伸ばして。


「私が私財で作った車を、私がどう使おうと自由です。それを国家権力で奪おうとするなら、それは『徴発』ではなく『強盗』ですよ」


正論の刃が突き刺さる。

隊長は言葉を詰まらせた。

法治国家の騎士として、所有権の侵害は看過できない問題だ。

だが、彼は王命を受けている。

理屈で勝てないとなれば、暴力に訴えるしかない。


「……黙れ! 理屈など関係ない!」

隊長はファイルを地面に叩きつけた。

「貴様の身柄と車両を確保するのが殿下の命令だ! 抵抗するなら、その護衛ごと切り捨てる!」


彼は抜剣し、部下たちに合図を送った。

「総員、構え! 対象を包囲し、無力化せよ!」


騎士たちが一斉に殺気を放つ。

対話の時間は終わりだ。

私は小さく溜息をつき、一歩下がった。


「カイル様」

「ああ」


私の呼びかけに、カイルが前に出た。

彼は剣を構えてすらいない。

ただ、そこに立っているだけだ。

だが、その存在感は、先ほどまでの「大型犬」とは別物だった。


「俺の雇いマスターが、帰れと言っている」


カイルが静かに告げた。

その瞬間、突風のような圧力が周囲を吹き抜けた。


魔力ではない。

純粋な闘気だ。

数多のドラゴンを屠ってきた英雄だけが纏う、捕食者の気配。

それは物理的な衝撃となって、騎士たちの馬を襲った。


「ヒヒィィィンッ!」

「うわっ、落ち着け!」


訓練されたはずの魔装馬たちが、恐怖に瞳を見開き、暴れ出した。

落馬する騎士が続出する。

隊長の馬もまた、腰を抜かしたようにへたり込んでしまった。


「な、なんだこれは……!?」

隊長が地面に這いつくばりながら見上げる。

その視線の先で、カイルは冷徹な瞳で見下ろしていた。


「三秒やる。失せろ」

カイルが指を三本立てる。

「三」

「ひっ……!」

「二」


隊長は悟ったのだろう。

この男と戦えば、全滅すると。

彼はプライドも何もかも捨てて叫んだ。

「て、撤退だ! 総員、退却ぅぅ!」


その号令を待っていたかのように、騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

這々の体で馬に跨り、来た道を全力で逆走していく。

砂煙の向こうに黒い背中が消えていくまで、一分とかからなかった。


静寂が戻った街道に、地面に叩きつけられたファイルだけが残されている。


「……ふぅ」

カイルが息を吐き、肩の力を抜いた。

瞬時に闘気が霧散し、いつもの柔らかな雰囲気が戻ってくる。

「やりすぎたか?」

「いいえ、完璧な業務遂行です。おかげで塗装も無事でした」


私は地面のファイルを拾い上げ、埃を払った。

泥で汚れてしまったが、中身は無事だ。

大切な証拠書類である。


「さて、彼らが手ぶらで帰ると、また面倒なことになりそうですね」

私は懐から、もう一通の書類を取り出した。

昨夜、カイルとの契約書のついでに作成しておいたものだ。

逃げていく騎士団の最後尾、落馬して走って逃げようとしていた若手の騎士を呼び止める。


「ちょっと、そこの貴方」

「ひいっ! い、命だけは!」

若騎士が涙目で振り返る。


「殺しませんよ。これを隊長さんに渡しておいてください」

私は封筒を手渡した。

表書きには『御見積書』と記されている。


「み、見積書……?」

「ええ。王都の結界を再稼働させたいなら、私の車(制御ユニット)のレンタル契約が必要です」


私はニッコリと微笑んだ。

商売人の顔で。


「月額、金貨一億枚。初期費用は別途請求。メンテナンス料は実費。……ああ、それと」

私は言葉を継ぐ。

「契約の条件として、王家からの正式な謝罪文と、今後一切の干渉を禁じる不可侵条約の締結を求めます」


若騎士は震える手で封筒を受け取った。

金貨一億枚。

国家予算の一割に相当する金額だ。

法外どころの話ではない。

だが、今の彼らに選択肢はない。


「つ、伝えます! 必ず!」

彼は脱兎のごとく走り去っていった。


「あこぎな商売だな」

カイルが呆れたように、けれど楽しげに笑った。

「国を一つ買い取るつもりか?」

「まさか。これは『お断り』の丁寧な言い換えですよ。彼らに払えるはずがありませんから」


払えないなら、諦めるしかない。

あるいは、破産覚悟で縋ってくるか。

どちらに転んでも、私にとっては痛快な結末だ。


「さあ、行きましょうカイル様。リゾート地が待っています」

「ああ。腹も減ってきた頃だ」


私たちは『スイートホーム号』へと戻った。

ドアを閉めると、外界の喧騒が遮断され、静かな空間が広がる。

エアコンの涼しい風が、火照った肌を撫でた。


車は再び走り出す。

バックミラーには、誰もいない街道だけが映っていた。

私の所有権は守られた。

そして、最強の「番犬」の性能も証明された。


これ以上ない、完全勝利だった。



数日後。

私たちは国境の検問をフリーパスで通過し(カイルの顔パスと、私の賄賂……もとい通行税の力だ)、隣国の領土へと入っていた。


そこは、王国の閉塞感とは無縁の場所だった。

街道沿いには珍しい果物を売る屋台が並び、吟遊詩人の歌声が響いている。

自由都市国家連合の中でも特に観光産業が盛んな、商業都市『ベルン』の郊外だ。


「空気が違うな」

カイルが窓を開け、風を感じている。

「王都のような、張り詰めた魔力の匂いがしない」

「ええ。ここは商業の神を祀る土地ですから。お金と快楽が全てです」


私はナビゲーションを操作し、目的地を設定した。

この近くに、温泉付きのオートキャンプ場……ではなく、貴族向けの保養地がある。

広大な湖のほとりに、コテージや魔導スパが点在するリゾートエリアだ。


以前から目を付けていた場所だった。

王城での激務に疲れた時、いつかここで泥のように眠りたいと夢見ていたのだ。


「カイル様、水着は持っていますか?」

「水着? ……ふんどしならあるが」

「却下です。現地で買いましょう」


私の断固とした拒絶に、彼は首を傾げた。

帝国の武人にとって、褌は正装らしいが、リゾート地でそれを晒されては私が困る。

彼ほどの美形が褌一丁で歩けば、治安が悪化する(主に貴婦人たちの鼻血で)恐れがある。


車は湖畔の道へ入った。

木々の間から、キラキラと輝く湖面が見え隠れする。

青い空、白い雲、そして澄んだ水。

絵葉書のような光景に、心が洗われるようだ。


「綺麗だな……」

カイルが見惚れている。

戦場しか知らなかった彼に、もっと色々な景色を見せてあげたい。

そんな保護者じみた感情が芽生えつつある自分に気づき、私は苦笑した。


「到着です」


私は湖に面した一等地に車を停めた。

ここが今日からの私たちの拠点だ。

車のサイドオーニングを展開し、テーブルと椅子を並べる。

まるで別荘に来たような優雅さだ。


「まずは温泉ですね。旅の垢を落としましょう」

「賛成だ。あのシャワーも良かったが、やはり広い湯船が恋しい」


私たちは車を降り、保養地の受付へと向かった。

もちろん、カイルには変装用の眼鏡をかけさせた。

竜騎士団長の正体がバレれば、静かな休暇は終わってしまうからだ。


だが、この時の私はまだ知らなかった。

王都での一件が、予想以上の速さで事態を悪化させていることを。

そして、私が突きつけた「請求書」が、宰相の胃袋に致命的なダメージを与え、彼にとある決断を迫らせていることを。


今はただ、この束の間の平和と、これからはじまる温泉イベント(健全な)に期待を膨らませていた。


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