第5話 盗まれた設計図
後悔は、いつだって遅れてやってくる。
地下工房の冷たい空気が、肌にまとわりついていた。
私の周囲には、剣や魔導銃を構えた屈強な傭兵たちが十人ほど展開している。
その背後で、ヴァインが余裕の笑みを浮かべていた。
「どうしました、エリカ様。顔色が悪いですよ」
彼は一歩近づいてきた。
その背後には、私の愛車を模した醜悪な鉄の塊たちが、不気味な影を落としている。
私の夢だった「快適な移動空間」が、人殺しのための「移動要塞」に書き換えられている。
技術者として、これほどの屈辱はない。
「……ヴァインさん。一つだけ聞かせてください」
私は震える声を抑え込み、彼を見据えた。
「貴方は、この兵器で何をするつもりですか? ただ売りさばくだけ?」
「まさか。それでは二流の商売人です」
ヴァインは肩をすくめた。
「私はこの都市国家連合の評議会に席を持ちたい。そのためには武力が必要です。帝国という脅威を煽り、この『移動要塞』を自衛のために配備させる。マッチポンプですが、確実な需要が見込めるでしょう?」
「戦争を起こして、その対策商品を売る……。最低ですね」
「最高のビジネスモデルと言ってください。……さあ、エリカ様。貴女もこちら側へ来ませんか? 私の妻となり、共にこの世界の富を支配しましょう」
彼は手を差し出した。
その手は、カイルのような温かさも、職人のような無骨さもない。
ただただ、冷たくて乾いた欲の手だった。
カイルの警告が脳裏に蘇る。
『奴は敵だ』。
あの時、素直に彼の言葉を聞いていれば。
いや、今さら悔やんでも仕方がない。私は商人だ。損切りをして、次の手を打つ。
「……お断りします」
「ほう?」
「私は平和主義者ですし、何より、私の技術を愛のない模造品に変えられるのは我慢なりません。契約不成立です!」
私はポケットの中で握りしめていた球体のピンを抜いた。
高光量閃光弾、通称『目潰し君2号』。
「伏せて!」
私は叫びながら、それを地面に叩きつけた。
カッッッ!!!
地下空間が真昼のような白光に包まれた。
傭兵たちの悲鳴が上がる。
「ぐああっ!」「目が、目があっ!」
私はその隙を見逃さず、走り出した。
目指すは入り口の昇降機だ。
距離にして約三十メートル。
閃光の影響を受けないよう、偏光グラス機能を搭載した伊達眼鏡をかけて全力疾走する。
(いける……!)
心臓が早鐘を打つ。
昇降機の鉄扉が見えた。
あれに乗って地上へ出れば、街の人混みに紛れられる。
だが、私の甘い計算は、すぐに打ち砕かれた。
ガゴンッ。
昇降機の扉が閉まり、操作盤のランプが赤く点灯した。
ロックされたのだ。
遠隔操作で。
「……残念です、エリカ様」
背後から、ヴァインの声が聞こえた。
目が慣れてきたのか、彼はハンカチで涙を拭いながら、冷ややかな視線を向けていた。
傭兵たちも体勢を立て直し、逃げ道を塞ぐように展開している。
「少し、お仕置きが必要なようですね。……捕らえなさい。多少手荒でも構いません。頭脳さえ無事なら」
男たちがにじり寄ってくる。
私は背中を冷たい鉄扉に押し付けた。
スタンロッドを構えるが、多勢に無勢だ。
恐怖で足が竦む。
(カイル様……)
助けて、と言いかけて、唇を噛んだ。
私が拒絶したのだ。
私が「来るな」と言ったのだ。
都合の良い時だけ頼るなんて、そんな虫の良い話があるわけがない。
一人の傭兵が、下卑た笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。
「へへっ、別嬪さんだ。傷つけないように優しくしてやるよ」
その手が私の肩に触れようとした、その時だった。
ズドオオオオオォォォッ!!!
轟音と共に、地下工房の壁が爆ぜた。
土煙が舞い上がり、巨大なコンクリートの塊が宙を舞う。
何事かと男たちが動きを止める。
煙の向こうから、黄金色の光が見えた。
それは、私がよく知っている光。
竜の息吹にも似た、圧倒的な闘気。
「……遅刻だ、エリカ」
低い声が響いた。
土煙を切り裂いて現れたのは、銀髪の男。
私の夫であり、最強の護衛。
カイル・ドラグニルだった。
「カイル、様……?」
信じられなかった。
彼は車で謹慎していたはずだ。
いや、私が置いてきたはずだ。
「なんで……」
「『何かあったらすぐに呼べ』と言っただろう」
カイルは呆れたように、けれど優しく笑った。
「まあ、呼ぶ前に来てしまったがな。虫の知らせというやつだ」
彼は剣を抜き放ち、傭兵たちの前に立ちはだかった。
その背中は、以前よりもずっと大きく見えた。
「き、貴様、どこから入ってきた!?」
ヴァインが叫ぶ。
カイルは壁に空いた大穴を親指で示した。
「そこからだ。正規の入り口は混んでそうだったからな」
「馬鹿な……ここは地下三階だぞ!? 壁の厚さは……」
「紙きれ同然だったよ。……さて」
カイルの瞳が鋭く細められた。
「俺の大事な雇い主を随分と怖がらせてくれたな。違約金は高くつくぞ」
「や、やれ! 殺せ!」
ヴァインの命令で、傭兵たちが一斉に襲いかかる。
魔導銃の銃口が火を噴き、剣が振り下ろされる。
けれど、カイルには届かない。
彼は暴風のように動き、銃弾を剣の腹で弾き、襲いくる刃を受け流した。
一閃。
ただの一振りで、三人の傭兵が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
峰打ちだ。
殺してはいないが、骨の二、三本は折れているだろう。
「化け物か……!」
残った傭兵たちが戦意を喪失して後ずさる。
カイルは剣を振って血糊を払う動作をし、私の方へ振り返った。
「怪我はないか、エリカ」
「……はい」
私はへなへなと座り込みそうになるのを必死で堪えた。
安堵で涙が出そうだった。
怒られると思った。
「だから言っただろう」と責められると思った。
でも、彼の手はただ私の頭をポンと撫でただけだった。
「無事でよかった」
その一言に、張り詰めていた糸が切れた。
ごめんなさい。
ありがとう。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。
「さて、あとは元凶を片付けるだけだな」
カイルがヴァインに向き直る。
ヴァインは青ざめ、後ずさりながら操作盤に手を伸ばしていた。
まだ何か奥の手があるのか。
「おっと、動くな」
カイルが一歩踏み出そうとした瞬間。
頭上から、別の衝撃音が響いた。
ドオォォン!
今度は天井だ。
天井の一部が崩落し、瓦礫と共に数人の影が降りてきた。
砂埃の中から現れたのは、赤い軍服に身を包んだ兵士たち。
そして、その中心に立つ、レイピアを構えた赤髪の女性。
「そこまでだ、違法製造業者!」
凛とした声が地下に響き渡る。
帝国皇女、セシリアだった。
彼女はカイルと私、そしてヴァインを交互に見回し、不敵に笑った。
「カイル。貴様が暴れている反応があったから、突入の手間が省けたぞ。……礼を言うつもりはないがな」
状況は混沌としてきた。
私とカイル。
ヴァインと私兵団。
そして、セシリア率いる帝国軍。
三つ巴の睨み合いの中、私はカイルの背中をギュッと握りしめた。
もう離さない。
この手だけは、絶対に。
次話、帝国軍の介入により事態は急変する。脱出への強行突破。




