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【第3章完結!】国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅
第2章

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第5話 盗まれた設計図


後悔は、いつだって遅れてやってくる。


地下工房の冷たい空気が、肌にまとわりついていた。

私の周囲には、剣や魔導銃を構えた屈強な傭兵たちが十人ほど展開している。

その背後で、ヴァインが余裕の笑みを浮かべていた。


「どうしました、エリカ様。顔色が悪いですよ」


彼は一歩近づいてきた。

その背後には、私の愛車を模した醜悪な鉄の塊たちが、不気味な影を落としている。

私の夢だった「快適な移動空間」が、人殺しのための「移動要塞」に書き換えられている。

技術者として、これほどの屈辱はない。


「……ヴァインさん。一つだけ聞かせてください」

私は震える声を抑え込み、彼を見据えた。

「貴方は、この兵器で何をするつもりですか? ただ売りさばくだけ?」


「まさか。それでは二流の商売人です」

ヴァインは肩をすくめた。

「私はこの都市国家連合の評議会に席を持ちたい。そのためには武力が必要です。帝国という脅威を煽り、この『移動要塞』を自衛のために配備させる。マッチポンプですが、確実な需要が見込めるでしょう?」


「戦争を起こして、その対策商品を売る……。最低ですね」

「最高のビジネスモデルと言ってください。……さあ、エリカ様。貴女もこちら側へ来ませんか? 私の妻となり、共にこの世界の富を支配しましょう」


彼は手を差し出した。

その手は、カイルのような温かさも、職人のような無骨さもない。

ただただ、冷たくて乾いた欲の手だった。

カイルの警告が脳裏に蘇る。

『奴は敵だ』。

あの時、素直に彼の言葉を聞いていれば。

いや、今さら悔やんでも仕方がない。私は商人だ。損切りをして、次の手を打つ。


「……お断りします」

「ほう?」

「私は平和主義者ですし、何より、私の技術を愛のない模造品に変えられるのは我慢なりません。契約不成立です!」


私はポケットの中で握りしめていた球体のピンを抜いた。

高光量閃光弾、通称『目潰し君2号』。


「伏せて!」

私は叫びながら、それを地面に叩きつけた。


カッッッ!!!


地下空間が真昼のような白光に包まれた。

傭兵たちの悲鳴が上がる。

「ぐああっ!」「目が、目があっ!」


私はその隙を見逃さず、走り出した。

目指すは入り口の昇降機だ。

距離にして約三十メートル。

閃光の影響を受けないよう、偏光グラス機能を搭載した伊達眼鏡をかけて全力疾走する。


(いける……!)


心臓が早鐘を打つ。

昇降機の鉄扉が見えた。

あれに乗って地上へ出れば、街の人混みに紛れられる。


だが、私の甘い計算は、すぐに打ち砕かれた。


ガゴンッ。


昇降機の扉が閉まり、操作盤のランプが赤く点灯した。

ロックされたのだ。

遠隔操作で。


「……残念です、エリカ様」


背後から、ヴァインの声が聞こえた。

目が慣れてきたのか、彼はハンカチで涙を拭いながら、冷ややかな視線を向けていた。

傭兵たちも体勢を立て直し、逃げ道を塞ぐように展開している。


「少し、お仕置きが必要なようですね。……捕らえなさい。多少手荒でも構いません。頭脳さえ無事なら」


男たちがにじり寄ってくる。

私は背中を冷たい鉄扉に押し付けた。

スタンロッドを構えるが、多勢に無勢だ。

恐怖で足が竦む。


(カイル様……)


助けて、と言いかけて、唇を噛んだ。

私が拒絶したのだ。

私が「来るな」と言ったのだ。

都合の良い時だけ頼るなんて、そんな虫の良い話があるわけがない。


一人の傭兵が、下卑た笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。

「へへっ、別嬪さんだ。傷つけないように優しくしてやるよ」


その手が私の肩に触れようとした、その時だった。


ズドオオオオオォォォッ!!!


轟音と共に、地下工房の壁が爆ぜた。

土煙が舞い上がり、巨大なコンクリートの塊が宙を舞う。

何事かと男たちが動きを止める。


煙の向こうから、黄金色の光が見えた。

それは、私がよく知っている光。

竜の息吹にも似た、圧倒的な闘気。


「……遅刻だ、エリカ」


低い声が響いた。

土煙を切り裂いて現れたのは、銀髪の男。

私の夫であり、最強の護衛。

カイル・ドラグニルだった。


「カイル、様……?」


信じられなかった。

彼は車で謹慎していたはずだ。

いや、私が置いてきたはずだ。


「なんで……」

「『何かあったらすぐに呼べ』と言っただろう」

カイルは呆れたように、けれど優しく笑った。

「まあ、呼ぶ前に来てしまったがな。虫の知らせというやつだ」


彼は剣を抜き放ち、傭兵たちの前に立ちはだかった。

その背中は、以前よりもずっと大きく見えた。


「き、貴様、どこから入ってきた!?」

ヴァインが叫ぶ。

カイルは壁に空いた大穴を親指で示した。

「そこからだ。正規の入り口は混んでそうだったからな」


「馬鹿な……ここは地下三階だぞ!? 壁の厚さは……」

「紙きれ同然だったよ。……さて」


カイルの瞳が鋭く細められた。

「俺の大事な雇い主を随分と怖がらせてくれたな。違約金は高くつくぞ」


「や、やれ! 殺せ!」

ヴァインの命令で、傭兵たちが一斉に襲いかかる。

魔導銃の銃口が火を噴き、剣が振り下ろされる。


けれど、カイルには届かない。

彼は暴風のように動き、銃弾を剣の腹で弾き、襲いくる刃を受け流した。

一閃。

ただの一振りで、三人の傭兵が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

峰打ちだ。

殺してはいないが、骨の二、三本は折れているだろう。


「化け物か……!」


残った傭兵たちが戦意を喪失して後ずさる。

カイルは剣を振って血糊ついていないがを払う動作をし、私の方へ振り返った。


「怪我はないか、エリカ」

「……はい」


私はへなへなと座り込みそうになるのを必死で堪えた。

安堵で涙が出そうだった。

怒られると思った。

「だから言っただろう」と責められると思った。

でも、彼の手はただ私の頭をポンと撫でただけだった。


「無事でよかった」


その一言に、張り詰めていた糸が切れた。

ごめんなさい。

ありがとう。

言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。


「さて、あとは元凶を片付けるだけだな」


カイルがヴァインに向き直る。

ヴァインは青ざめ、後ずさりながら操作盤に手を伸ばしていた。

まだ何か奥の手があるのか。


「おっと、動くな」


カイルが一歩踏み出そうとした瞬間。

頭上から、別の衝撃音が響いた。


ドオォォン!


今度は天井だ。

天井の一部が崩落し、瓦礫と共に数人の影が降りてきた。

砂埃の中から現れたのは、赤い軍服に身を包んだ兵士たち。

そして、その中心に立つ、レイピアを構えた赤髪の女性。


「そこまでだ、違法製造業者!」


凛とした声が地下に響き渡る。

帝国皇女、セシリアだった。

彼女はカイルと私、そしてヴァインを交互に見回し、不敵に笑った。


「カイル。貴様が暴れている反応があったから、突入の手間が省けたぞ。……礼を言うつもりはないがな」


状況は混沌としてきた。

私とカイル。

ヴァインと私兵団。

そして、セシリア率いる帝国軍。


三つ巴の睨み合いの中、私はカイルの背中をギュッと握りしめた。

もう離さない。

この手だけは、絶対に。


次話、帝国軍の介入により事態は急変する。脱出への強行突破。


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