表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国を捨て、悪役令嬢は優雅な旅に出る  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 婚約破棄と走る城


音楽が不自然に止まった。


視線が一斉に突き刺さる。

安っぽい香水の匂いがした。


王城の大広間。

数百の貴族が見守る中、壇上の男が高らかに声を張り上げる。


「エリカ・フォン・クロイツ! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」


第一王子、アルフレッド。

整った顔立ちだが、中身の薄さが滲み出ている私の元婚約者だ。

その隣には、彼にしなだれかかる小柄な少女がいる。

聖女リリア。

ピンク色のふわふわした髪と、計算され尽くした上目遣いの持ち主だ。


「アルフレッド様ぁ、エリカ様が怖いですぅ」

「案ずるなリリア。僕が守る。この女のような冷血な道具とは違う、君こそが真の癒やしだ」


会場がざわめく。

公爵令嬢である私に対する、あまりの侮辱。

普通なら泣き崩れるか、激昂して扇を投げつける場面だろう。


けれど、私の心は凪いでいた。

いや、むしろ小躍りしそうになるのを必死に堪えていた。


(やっと……やっと終わった!)


私は無表情を崩さず、ゆっくりと扇を閉じた。

パチン、という乾いた音が響く。


「謹んでお受けいたします、殿下」


私の声は、驚くほど冷静だった。

アルフレッドの眉がぴくりと動く。


「……なんだと? 弁明しないのか? 泣いて縋れば、側室くらいには」

「いえ、結構です。お二人の真実の愛、心より祝福申し上げます」


私は綺麗なカーテシーを披露した。

ドレスの裾を摘み、完璧な角度で頭を下げる。

その動作に一切の未練がないことに気づいたのか、アルフレッドが少し狼狽える。


「あ、ああ。そうか。ならば速やかに城から出ていけ! 貴様のような可愛げのない女は、王都の土を踏むことすら許さん!」

「承知いたしました。では、今すぐ」


私は顔を上げ、踵を返した。

あまりの展開の早さに、周囲の貴族たちが呆気にとられている。

誰かが止める前に、私は早歩きで出口へと向かった。


背後からアルフレッドの勝ち誇った声が聞こえる。

「ふん、強がりを。今夜の宿もなかろうに」


残念ながら、宿の心配は無用だ。

私には「家」があるのだから。



大広間を出た瞬間、私はドレスの裾をまくり上げて走り出した。

回廊を抜け、誰もいない裏庭へ。

夜風が熱った頬に心地よい。


(計画通り。完璧なタイミング!)


私は以前から、この日を予測していた。

アルフレッドは私の作った魔道具の利益を自分の手柄にし、リリアは私の魔力を吸って聖女のふりをしていた。

私が用済みになるのは時間の問題だったのだ。


だから、準備をしておいた。

すべての私財を投じて。


裏庭の奥、巨大な植え込みの陰に、それは鎮座していた。

月明かりに照らされた、漆黒の馬車。

いや、馬車ではない。

馬をつなぐ部分が存在しない、箱型の魔導機械だ。


私が開発した最高傑作。

居住型魔導車両、コードネーム『スイートホーム号』。


「待たせたわね」


私は愛車のボディを撫でた。

艶消しの黒い装甲は、ドラゴン素材の合金だ。

物理攻撃も魔法攻撃も弾き返す、移動要塞。


私は懐から魔石を取り出し、ドアにかざした。

『認証完了。オーナー、エリカ・フォン・クロイツを確認』

無機質な合成音声と共に、プシュウと音を立てて扉が開く。


中に入ると、そこは別世界だった。

外見からは想像もつかない広さ。

空間拡張の魔術を幾重にも編み込んだ室内は、2LDKの間取りを確保している。


足元にはふかふかの絨毯。

壁には間接照明が柔らかく灯る。

右手には最新鋭の魔導コンロを備えたシステムキッチン。

左手には王族も羨むほどの大きさのソファ。


「ああ、やっぱり我が家が一番」


私は重たいドレスを脱ぎ捨て、クローゼットから着心地の良い部屋着を取り出した。

綿素材のTシャツと、動きやすいパンツ。

コルセットで締め付けられていた内臓が、ようやく呼吸を始める。


運転席へと移動し、革張りのシートに深く座る。

目の前のコンソールパネルが、魔力に反応して次々と点灯した。


『動力炉、正常。結界維持リンク、接続中』


パネルの端で、赤い警告灯が点滅している。

これが、この国を支えている「王都結界」の制御ステータスだ。


アルフレッドも国王も、勘違いしている。

王都を守る強力な結界は、城の地下にある古代遺跡が発動していると思っているのだ。

だが、あの遺跡はとっくに壊れている。


今の結界を維持しているのは、私がこの車両に組み込んだ増幅装置と、私が供給し続けてきた魔力だ。

つまり、制御キーはこの車にある。


「さて、所有権の確認をしましょうか」


私は独り言ちる。

この車の開発費。

部品代、素材代、研究費。

すべて、亡き母が私に残してくれた個人資産の隠し口座から支払った。

商会の帳簿にも、私のサインしか残っていない。


王家からの予算?

一ゴールドたりとも受け取っていない。

彼らは私の研究を「道楽」と笑い、予算申請を却下し続けたのだから。


つまり、この車は100パーセント、私の私物だ。

そして、この車が生成している結界もまた、私の私的な魔力の産物に過ぎない。


「国を守る義務は、王族にある。追放された私には関係ないわよね」


私はパネル上の『結界維持リンク』というボタンに指をかけた。

迷いはなかった。

私を道具として使い潰そうとした彼らに、最後のプレゼントだ。


ポチッ。


軽い音と共に、リンク切断の表示が出る。


ズズズ……ン。


遠くで、地響きのような音がした。

空を見上げると、王都を覆っていた薄紫色のドームが、ガラス細工のように砕け散っていくのが見えた。


美しい光景だった。

まるで花火だ。


「さようなら、アルフレッド殿下。せいぜい蚊に刺されないように気をつけて」


結界がなければ、森の魔物たちは遠慮なく入ってくるだろう。

もちろん、騎士団が頑張れば防げるレベルだ。

ただ、今までのように「枕を高くして眠る」ことはできなくなるけれど。


私はアクセルペダルを踏み込んだ。

ヒュン、と静かな駆動音が鳴る。

『スイートホーム号』は滑るように動き出し、裏門を目指した。


門番たちは空を見上げて呆然としていた。

結界が消えたパニックで、黒い塊が横を通り抜けたことにも気づかない。


私は王都を出た。

街道を走り、夜の闇へと溶け込んでいく。

速度計は時速六十キロを示しているが、振動はほとんどない。

サスペンションにもこだわった甲斐があった。


「ふふ、ふふふ……」


笑いがこみ上げてくる。

自由だ。

誰の顔色も窺わなくていい。

好きな時に寝て、好きなものを食べて、好きな場所へ行く。


「まずは西へ向かおうかな。あそこには美味しいキノコが生える森があったはず」


ナビゲーション用の魔導地図を指先でスワイプする。

行き先なんてどこでもいい。

この快適な「家」さえあれば。


私は備え付けの小型魔導冷蔵庫を開けた。

中には、とっておきの果実水が冷えている。

栓を抜き、ラッパ飲みする。

甘酸っぱい液体が喉を潤し、カタルシスが全身を駆け巡った。



数時間ほど走っただろうか。

王都の灯りはもう見えない。

街道は鬱蒼とした森に囲まれていた。


そろそろ休憩しようかと思った矢先、ヘッドライトが何かを照らし出した。


「ん?」


道の真ん中に、何かが落ちている。

大きな石?

いや、違う。


私はブレーキを踏んだ。

車両はスムーズに減速し、音もなく停止する。


フロントガラス越しに目を凝らす。

それは人間だった。

ボロボロの鎧を纏った、大柄な男。

うつ伏せに倒れ、ピクリとも動かない。


「……死体?」


面倒ごとは御免だ。

そのまま横を通り抜けようかとも思った。

けれど、男の背中に背負われた大剣が目に入った瞬間、私の鑑定スキルが勝手に反応してしまった。


『素材:ミスリル銀。純度Sランク』


「……高い」


あれ一本で、この車のタイヤが四本とも新品に換えられる値段だ。

私は溜息をつき、サイドブレーキを引いた。

見殺しにするのは寝覚めが悪いし、もし生きているなら、どかさないと通れない。


私は護身用のスタンロッド(電撃棒)を片手に、車を降りた。

夜の空気は冷たいが、男の周囲だけ少し熱気がある。

まだ温かい。生きている。


近づいて、肩を強めに突っつく。


「もし。ここで寝られると邪魔なんですけど」


反応がない。

私は屈み込み、男の顔を覗き込んだ。

月明かりに照らされたその顔は、泥と血に塗れていたが、驚くほど整っていた。

長い銀髪。

切れ長の目元。

そして、額には特徴的な竜の紋章の刺青。


私の記憶にある知識が、この男の正体を告げる。

帝国の英雄。

単身でドラゴンを屠ると噂される、史上最年少の騎士団長。


「カイル・ドラグニル……?」


なぜ隣国の英雄が、こんな場所で行き倒れているのか。

疑問に思ったその時、男が微かに目を開けた。


金色の瞳が、ぼんやりと私を捉える。

そして、掠れた声で何かを呟いた。


「……飯」

「はい?」

「飯を……くれ……」


ガクッ。

男は再び意識を手放した。

同時に、彼の腹が盛大に「グゥ〜」と鳴り響く。


私はスタンロッドを下ろし、呆れて天を仰いだ。


「餓死寸前ってわけ?」


伝説の竜騎士が、空腹で行き倒れ。

あまりにも締まらない出会いだった。


けれど、私の頭の中で、そろばんを弾く音がした。

彼は帝国最強の戦力だ。

そして今、彼は私に借りができる状態にある。


魔力で動くこの車にとって、魔石代わりの魔力供給源はいくらあっても困らない。

ドラゴンすら倒す男なら、きっと上質な魔力を持っているはずだ。


「拾ってあげましょうか」


私は男の襟首を掴んだ。

見た目によらず、私は力持ちだ。

これも「身体強化」のスキルのおかげである。

ズルズルと彼を引きずり、車の後部ハッチを開ける。


とりあえず、余り物のスープでも飲ませて、恩を売っておくとしよう。

私の新しい人生、最初のお客様は、どうやら腹ペコの大型犬らしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ