5-2:猫と僕との関係 ごめん。待たせた
依城ナギさんの楽しいお仕事情報。
本日のお仕事は絶賛逃亡中の安藤さん(怪しいお薬使用中)の追跡です。
まず下準備として拘束中に安藤さんに仕込んだ発信機で何処にいるのかを確認します(関係団体の担当の方がやってくれます。私にも分かりやすいようにPCの地図上に時系列でプロットしてくれました)
おぉ、体一つなのに凄いスピードで移動しているのがよく分かります。しかも、都合が良い事に人目につかない山の中を爆走しています。
凄いですねー。安藤さんも少し人間辞めてますねー。丸一日以上は走りっぱなしらしいですよー。凄いですねー。
そして、次は今までの経路から行先の予測をします。可能であれば準備万端な状態で先回りしておこうって腹ですね。(これも関係団体の方がやってくれました。私じゃ地元の土地勘なんて無いですから)
予測地点への移動と諸々の準備、作戦地点周辺への連絡。そういうのも、もちろん地元の方々がやってくれました。
はい、私、何もしてませんね。
いいんですよ。私の仕事はもっと後なんですから。でも、とても暇です。昨日はお昼前に出発して、結局は半日待機して御飯食べて寝ただけ。今日は朝から待機してるだけ。行先っぽいとこは分かったから、そろそろ移動のはずですけど。
そんな事を思いながらダラダラ時間を潰していると
「車の用意が出来ました。お願い出来ますでしょうか?」
ガチガチなご様子のエスコート役(おじ様)に声をかけて頂きました。
怖くないよ?可愛らしいOL(偽)だよ?
・・・いや、いまは協会支給の戦闘用霊装(見た目はツナギ)着てるから偽OLモードじゃないや。でも、せめて、もうちょっと気楽に接して欲しいかも?
「ええ、では行きましょうか!」
ちょっと元気な感じで応えたけどリアクションは皆無だった。
別にいいですけどね。いいですけどねー。
そして無言の車移動。車中は非常に重い雰囲気。ちなみに事前情報は資料にすべてまとめられていました。目標が向かっているのは過疎が進んだ農村。広がる田園風景(休耕田)、のどかな里山(昔はね)、そんな景色が広がっている場所らしいです。そして、肝心の「何故そこに向かってるのか?」は見当も付かないそうです。というか周りは山ばかりですし、案外通過するだけかも知れませんけど?他には尋問の内容や逃亡された際の様子が書いてありますけど・・・あんまり関心は無いですね。どうせまた捕まえちゃうし。
そんなわけで、話し相手もいないし、考えておくべき事も無いし、とりあえず目をつぶっておくとしましょうか。早く東京に帰って、赤松さんが戻った時に何をして祝うか考えておかないと。こんな雑事パパッと終わらせて。
少し前の事なのに、三人で過ごした時の事が・・・なんだか遠い感じ。
そんな事を考えているといつの間にか眠っていたようです。
「起きて下さい。目標が停止しています。指示を」
なんか言い方が軍隊っぽいですね。まぁ、別にいいですけど。・・・起き抜けの頭で考えます。止まってるならやっちゃっていいかな?
「私が降りて対応します。まずは投降を呼びかけて、それでダメなら実力行使しますね」
「了解です。ご武運を」
大げさだなぁ。そう思いながら車から降りた。標的とはまだまだ距離がある。500メートルぐらいかな?
ぼんやり見ていると拡声器を渡された。使えと?・・・そういや投降を呼びかけるって言いましたね、私。
しゃーなしですか。プラプラと歩き、安藤さんらしき、白くてずんぐりむっくりした人影に向け距離を詰める。
こちらに背中を向けていますが、少し雰囲気が変わったような?逃げ出した時よりトゲトゲして大きくなった感じ?
『あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり』
拡声器のマイクテスト。お約束って奴ですよ。
『そちらにいらっしゃる安藤さん。あなたには違法な薬物の使用疑惑が出ています。大人しく連行されて下さい。逃亡は難しいですよ』
一応フワッとした感じで言ってみました。あんまりキツく言うと従い難いでしょ?
でも返事ありません。向こうには拡声器も無いですしね、返答し難いですよね?っていうか何の動きもないし、身じろぎ一つしてないのですけど。
ちゃんと生きてます?
『おーい、聞こえてますかー?』
めんどくさいなぁ、もう。
魔力を練り上げる。今回も足からにしましょうかね?そう考え、彼の足元まで魔力を伸ばし、グラインダーをイメージした形を作る。
最初の狙いは大腿部。右足から左足へと順に切断出来るよう横薙ぎに魔力の刃を振るう。
黒い刃が安藤さんの足に接触する。だけど、一瞬にして切り裂くはずの刃は、衝突した場所で甲高い金属音を奏でながら火花を散らすばかり。まぁ、ディスクグラインダーのイメージとしては正しいのですけど
「は?なんで??」
あの薬にここまで体を硬質化する効果が?それとも何かの魔術?どちらでもいいけど早く対応しないと反撃が来る・・・かもしれない。
刃に変えていなかった魔力を全て「地面から延びる黒い棘」に変換する。
「死ぬ事は無いでしょ。あんなに硬いんだから」そう呟きつつ白い巨体を次々と穿っていく。
一撃で貫通する事は難しいものの、数の暴力で白い巨体を削り取る。
そして少しずつ安藤さんを削っているうちに、ジワジワと進んでいた足の切断作業も無事完了。やけに重い音を立てながら白い巨体が地面に崩れ落ちた。
気分は「生きてたらいいなぁ」って感じ。やり過ぎましたかね?とりあえず動きが無いみたいだし、詳細を確認すべく距離を詰めて行く。
というか、結局最初から最後まで動かなかったし、薬の副作用でポックリ逝ってたとかなのでは?
数歩しか離れていないところまで近づいた。やはり安藤さんはピクリとも・・・
その時、ピシリピシリと何かが罅割れるような音が聞こえてきた。
「なんでしょ?」
よく見ると安藤さんの体があちこちで罅割れ中。なんぞ、これ?
あら?腕が崩れ落ちましたし。副作用?硬質化の果てにあるのは崩壊でした?みたいな??
その時、ゾクリと冷たい感覚が体をよぎる。
とっさに体の前面に魔力の盾を展開。それと同時、何かが激しく衝突した。
「くっ!!!」
押し込まれる!
魔力の盾の形からアンカーを延ばし地面に突き刺す事で身体を固定する。ひとまず衝突は受け止めるも、盾の向こうから何者かが押し込もうと力をかけ続けてくる。
体勢を立て直すため、盾の前面から棘を出現させた。
硬質な衝突音を響かせ、盾を押し込んでいた何者かが後方へと飛び退く。
盾の脇から見たそれは・・・
「白い犬?」
なに、これ?
前方に倒れていたはずの安藤さんの体が砕け散っている事、何処からともかく突然犬が出てきた事から考えると
「薬中の成れの果て」
あまりに哀れなので速攻で方をつける事にする。
人間の形をしていた時より硬度自体はありそうですけど、盾で弾いた時の感触からして、それほど極端に上がっている事は無いように思えた。だから
「物量で行かせてもらいますよ」
辺り一面に広げておいた魔力を全て針に変換し、全方位から突撃させる。
数百本の針、いやサイズ的にはもはや槍といった方が正しいか、それらが犬を目掛けて突き進む。これなら幾ら硬かろうが削りきる事は難しくないはず。
思ったより長い付き合いになったけど、安藤さんともこれでお別れです。次会う時はきっと来世でしょう。その時はよろしくお願いしますね。
そんな事を思いながらぼんやりと、犬のような物が貫かれる姿を想像していた。
だが、その時
「■■■ォォ■ォォォ!!!」
遠吠えのような人の叫びのような妙な声をその犬が発した。
その声は不思議と広く深く響き渡り・・・
白い犬に向かっていた槍のコントロールが失われ、ある物は地面に刺さり、ある物は犬にまで達するも速度不足により硬い表皮に弾かれる。
「そんな!」
油断した!力任せの攻撃しかしてこないと思い込んでいた。しかも、よりにもよって出てきたのが魔術の妨害。攻撃も防御も魔術に頼り切りな魔術師の天敵だ。私でも朱天がいないと勝ち目は薄い。だけど・・・
犬は針のコントロールが緩んだ事を確信したのだろう。自らの損害を無視して、こちらに突っ込んできた。
勢いを無くしたとはいえ魔力で出来た硬質な針。犬は槍衾のような中を体を削りながら突き進んでいる。
喰いつかれたら生き残れないでしょうね、なんとかして朱天を呼び出す時間を作らないと。でも、今は目の前の窮地を脱する事が先決。
まずは避け用の無い一撃を用意する。精緻なコントロールを行わず、魔力を形に変える事もせず、範囲攻撃としてそのまま解き放つ。それと同時に自分の前にさっきと同じ盾を用意して、それで頑張っている間に朱天を
「■■■ォォォォォォォ!!!!!!」
先ほどよりも力強い叫びが響き渡り、私の魔術は二つとも力を失い、指向性の無い魔力の塊へと返る。攻撃も盾も剥がされて全てが振りだしの状態に戻されてしまった。
魔力の塊は数秒あれば、また魔術として展開出来る。
妨害魔術は負担の大きさからも、そう何度も続けて発動出来るはずが無い。
だから、あと少しだけ時間を稼げれば、あの白い犬を葬り去る事は難しくない。
でも、既に犬は目の前だ。いつの間にやら、こちらの首筋に向かうための跳躍さえ終えている。
それこそ生き物とは思えない真っ白な口内の様子をうかがえる程には近い。
咄嗟の強化魔術で思考だけが妙に引き延ばされている。でも、この瞬間に打てる手なんて。
もう犬の牙が私の首に触れそうだ。
魔術の展開は・・・少しだけ間に合いそうにない。
その時、何の前触れも無く、衝突音を奏でながら、犬が弾き飛ばされた。
速すぎてよく見えなかったけど、黒い棒のような何かが、私の後ろ側から突き出され、白い犬の額を真っすぐに打ち据えて
黒い人影は瞬時に私の前方へと回り込み、犬に対して素手で牽制の打撃を加えて行く。
犬は後ろへと飛び退り、一旦こちらから距離を取って仕切り直しを図る。
感覚が加速している状態の私でも、その動きを完全に追い切る事は出来なかった。
私は朱天を呼び出す事も忘れて、その背中に見入っていた。
「ごめん。待たせた」
久しぶりのあの人の声だ。涙が出そうだった。




